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第七百四十一話 龍宮防衛戦(二)

 最前線は、まさに地獄そのものといっても過言ではない様相ようそうていしていた。

 ムスペルヘイムの燃え盛る大地は、空白地帯にまでその猛烈な熱気を押し流してくるようであり、戦場全体が物凄まじい熱量に飲まれていた。

 そして、その熱量こそ、スルト軍の幻魔たちに力を与えているかのようでもあった。

 スルト軍の幻魔は、大半が火の性質を持つ、火属性の幻魔なのだ。故に熱気に満ちた戦場がスルト軍に味方する。

「気をつけて! ただのガルムじゃないよ!」

 義一ぎいちが叫んだのは、幸多こうた飛電改ひでんかいが唸りを上げている最中だった。

 飛電改の銃口が秒間数十発の弾丸を吐き出していけば、ガルムがどれほど素早く動いたとしても、その巨躯に命中するものだ。そして、超周波振動弾による構造崩壊が、ガルムに致命的な事態を引き起こす。そこへ無数の銃弾が立て続けに直撃すれば、魔晶体の内部深くに埋め込まれた魔晶核を損壊させ、ガルムを死に至らしめるのである。

 その瞬間だった。

「なっ!?」

 幸多が慄然りつぜんとしたのは、ガルムの巨躯が突如として閃光を発したかと思うと、大爆発を起こしたのだ。爆風が周囲の幻魔を吹き飛ばし、大地に大穴を開ける。

 幸多には、幸いにも影響はなかった。離れていたからだ。

「爆発?」

 しかし、幸多が考え込んでいる時間はなかった。ガルムが次々と襲いかかってくるからであり、幸多は、高速滑走することによって距離を取りながら、引き金を引き続ける。

 銃撃を浴びせ続ければ、ガルムから攻撃を受けることなく、一方的に撃破できる。だが、それによって起こるのは、やはり、爆発である。

「爆弾だ……!」

 義一は真眼しんがん駆使くしして幻魔たちを見通しつつも、律像りつぞうを展開する。

 彼の眼には、幸多の放った銃弾や黒乃くろの攻型魔法こうけいまほうによって貫かれたガルムやケルベロスの魔晶核が、その瞬間、爆発的に魔力を膨張させる瞬間を捉えていた。

 そして、魔晶核にこそ、殻印かくいんが刻まれていることすら、把握する。

 スルトの殻印。

「そういうことか……!」

 義一は、次々と撃破され、それと同時に大爆発を起こす獣級幻魔たちの有り様に慄然とした。だが、冷静さは失わない。

「こちら真星しんせい小隊! 聞こえますか、本陣!」

『こちら本陣、真星小隊、どうぞ!』

「撃破した幻魔の爆発現象を確認。この現象は、スルトの殻印が関係しているものと思われます。殻印への攻撃は極力控えるようにしてください。殻印が魔力に反応し、魔晶核を爆発させる仕組みになっているようです。魔晶核に殻印が刻まれている場合はどうしようもありませんが」

『了解! 各員に通達――』

 戦団本陣の情報官が義一の報告に疑問を抱くこともなく復唱し、導士たちに通達していくのは、それだけ義一の眼を信頼しているからだ。

 義一の持つ真眼なればこそ、魔素の本質を見抜くことができる。

 そして、その情報の重要性は、つい先頃、誰もが理解したばかりだ。

 竜級りゅうきゅう幻魔オロチの存在を真っ先に確認したのは、義一であり、真眼なのだから。

「ということだよ! 気をつけて!」

「どういうことだよ!」

「気をつけるっていっても……」

 怒鳴どなりつける真白ましろはともかくとして、黒乃は、幻魔の反応にこそ、困惑を隠せなかった。

 黒乃が放った攻型魔法は、ケルベロスの三つある頭部の真ん中に刻まれた殻印ではなく、魔晶核のある胴体を狙ったはずだった。だが、ケルベロスは、どういうわけか、魔法を避けるのではなく、むしろ突っ込んでいったのである。

 頭から、魔力体へと。

 漆黒の魔力体がケルベロスの殻印に直撃した瞬間、ケルベロスの体内から魔力が溢れ、凄まじい爆発が起きた。

 黒乃の体が爆風によって吹き飛ばされたが、義一が魔法で編んだ腕を伸ばして受け止める。

「あ、ありがと……」

「いまのケルベロスの動き、明らかにおかしかったね」

「う、うん……なんか、突っ込んできてた……」

「魔晶核が爆発する仕組みを理解しているってことかな」

「だとしても、どうして?」

「……そう命令されているとしか、考えられない」

 義一は、最前線の各地で次々と引き起こされる魔晶核の爆発と、それによって蔓延まんえんする莫大な魔素に目が眩むような感覚に苛まれながら、つぎの魔法を編んだ。

 幸多が、ガルムやグリンブルスティ、ケルベロス、ヤトノカミといった獣級幻魔の大軍勢を相手に飛電改を撃ちまくれば、それらが連続的に爆発し、閃光と轟音を散乱させる。

 グリンブルスティ、ヤトノカミは下位獣級幻魔の一種である。

 グリンブルスティは、黄金に輝く体毛に覆われた猪のような姿をしている。獣級幻魔の中では小さい方といっていいのだが、大群でもって突進してくる様は圧巻だ。

 ヤトノカミも下位獣級幻魔だ。額から生やした鋭利な角は、さながら刀のようであり、実際、凄まじい切れ味を誇るという。

 グリンブルスティもヤトノカミも地属性を得意としている。

 そんな幻魔たちも、幸多の連射を受けて次々と爆発していくのだ。

「なんだよこりゃあ!」

 真白は、止むことのない爆発の連鎖のただ中で、範囲防衛用の魔法壁を解除した。すぐさま律像を形成し、防型魔法を発動する。選択した対象のみに作用する魔法盾である。

 範囲防衛用の魔法壁は、その範囲内にいる限り何人でも守れるという強みがあったが、今回のように戦場を広く使って戦わなければならないとなると、その途端、弱みになった。

 特に幸多の場合は、縮地改しゅくちかいの機動力を活かして幻魔の猛攻や爆発から逃れており、魔法壁の範囲内に留まっていられなかった。

 よって、真白は、個々に魔法盾を付与することにしたのだ。それも、生半可な魔法盾ではなく、魔晶核の爆発にも耐えられるものでなければならない。

 真白は全神経を集中して防型魔法を発動させると、後のことは幸多や黒乃たちに任せた。自身は、魔法盾の維持に全力を注がなければならない。

「あとは頼んだからな!」

「任せてよ!」

 幸多は真白に力強く応じつつ、戦場を縦横無尽じゅうおうむじんに駆け抜けていた。縮地改による高速滑走は、地形に囚われない。戦場を疾走しつつ飛電改を乱射すれば、それだけで敵の注目を浴びることになった。

 無数の獣級幻魔が幸多に殺到し、妖級幻魔までもが意識を向けてくる。

 そこを、黒乃と義一の攻型魔法が迎え撃つのだ。

 さらに他の導士たちによる様々な魔法が、獣級幻魔を次々と爆散させていくと、つぎに戦場を席巻したのは、大量の霊級幻魔である。

 火属性の霊級幻魔オニビとサラマンダーが、それこそ数え切れないほどに出現し、戦場を埋め尽くしたのだ。

 霊級幻魔は、人間が定めた幻魔の等級において最下級に類別される幻魔だ。その魔素質量は、獣級幻魔と比較しても圧倒的に小さく、魔力も少ない。

 魔法士の死とともに生じる莫大な魔力を苗床なえどことして誕生するのが幻魔だが、その誕生に失敗した結果、生じるのが霊級幻魔だといわれるほどだった。

 それほどまでに薄弱な存在なのだが、それこそが、霊級幻魔の強みだった。

 実体を持たないのだ。

 あらゆる物体をり抜けて移動することが可能であり、故に、場合によってとてつもない被害を引き起こすことだってあった。

 過去、霊級幻魔によって引き起こされたとされる大規模幻魔災害は、枚挙に暇がない。

 それほどまでに厄介な存在なのだ。

 そして、それは幸多にとっても同様だった。

 圧倒的に脆弱な霊級幻魔は、しかし、幸多の攻撃手段が一切通用しないからだ。

 飛電改がどれだけ唸りを上げようとも、銃弾の数々はオニビの火の玉のような体を擦り抜けてしまったし、サラマンダーの燃える蜥蜴とかげのような体も通過していった。後方の幻魔に直撃しただけならばともかく、射線次第では味方に当たりかねないということもあり、幸多は、慎重にならざるをえなくなった。

 黒乃の攻型魔法が大量の霊級幻魔を吹き飛ばし、義一が放った電光の帯が複数の霊級幻魔を消し去っていくのを見守ることしか出来ない。

『幸多ちゃんは、霊級を相手にしない!』

「は、はい」

 ヴェルザンディからの突然の脳内通信に驚きつつも、幸多は、戦場を掻き乱すように滑走した。

 敵は、霊級幻魔だけではない。

 獣級も数多といれば、妖級も多数、存在している。

 妖級では特にイフリートの数が多く、燃え盛る炎の巨人の如き威容は、戦場のそこかしこに見受けられた。イフリートが歩き回るだけで猛火が渦巻き、熱波が戦場を染め上げる。

 そこへ、水属性や氷属性といった弱点属性の魔法が次々と突っ込んでいき、凄まじい魔法の爆発が起きた。

 二個大隊、五百人余りの導士がこの戦場に展開しているのだ。

 無数の魔法が飛び交い、乱舞するかのようだった。

 幻魔の攻撃も熾烈しれつを極めていて、戦団側にも被害が出始めている。

 だが、傷つくたびに回復し、戦場に舞い戻るのが導士というものだったし、たった五百名で、何十万もの大軍勢を足止めしているのだから、大したものだと言わざるを得まい。

 幸多は、ヴェルザンディの忠告通り霊級は無視し、それ以外の幻魔を撃ち続けた。


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