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第七百四十話 龍宮防衛戦(一)

鬼級幻魔おにきゅうげんまアグニを肉眼で確認」

 義一ぎいちが告げたのは、戦団陣地から前線へと移動中のことだった。

 義一の真眼しんがんが、龍宮りゅうぐう北部の荒野を埋め尽くす大量の幻魔たちが発する膨大極まりない動態魔素どうたいまそを実体として捉えている。故に圧倒されるような感覚があったが、その中でも特に強烈な存在感を発揮した魔素こそ、まぎれもなく鬼級幻魔のそれであった。

 アグニの魔素質量まそしつちょうは、その進軍を食い止めようと立ちはだかる多数の妖級幻魔を遥かに陵駕りょうがするものであり、アグニが軽く手をかざすだけで、雪の化身のような妖級幻魔フィボルグの巨体が溶けるように消滅した。

 アグニは、鬼級幻魔というだけあって、人間に酷似こくじした姿形をしていた。頭髪が燃え盛る炎そのものであるという点では人間とは違うが、姿態したいの大部分は、人間と大差ない。無論、その肉体を構成するのは魔晶体ましょうたいであり、人体とは構成要素そのものが大きく異なるのだが。

 禍々《まがまが》しい光を放つ双眸そうぼうは幻魔らしく赤黒く、深紅しんくの衣を纏うその姿は、王者さながらだった。

 多数の獣級幻魔が食い下がろうとしてはき尽くされ、妖級幻魔が立ちはだかっては破壊される。

 鬼級とそれ未満の力の差というのは、圧倒的というほかなかったし、別次元という言葉も生温なまぬるいのではないかと思えるほどだった。

 そんな鬼級を打倒することが人間にできるのかといえば、できるのだから、人間の魔法士も捨てたものではない。

(ただし、星将せいしょうだけだ)

 義一は、確信を持って、オトヒメ軍の最前線が崩壊していく様を見ていた。

 鬼級幻魔と相対するには、三名以上の星将が必要不可欠であるとされる。

 それも星象現界せいしょうげんかいを発動中の星将である。

 でなければ、鬼級幻魔とまともに戦うことなどできるわけもなく、一蹴され、捻り潰されるのが落ちだ。

 つまり、だ。

「ぼくたちの役目は、アグニへの攻撃でもなければ、その進撃を食い止めることじゃないよ。くまで軍団長たちを援護することが任務だってこと、忘れないように」

「わかってるっての!」

 小隊長からの厳命げんめいに、真白ましろは苦い顔をした。

 既に戦闘は始まっている。

 オトヒメ軍の陣地の目前へとたった一人で侵攻してきたアグニに対し、オトヒメ軍の幻魔たちは、急速に巨大な壁を形成しようとしていた。

 大量の獣級、妖級幻魔たちが、マルファスの命令に従って、魔法壁を構築したのだ。

 妖級以下の幻魔たちでは相手にならないことくらい、マルファスも理解しているのだ。だからこそ、マルファスは、戦団に救援を要請した。戦団が、過去、鬼級幻魔を打倒したという実績があり、その頃よりも格段に強くなっているという確信があったのだろう。

 マルファス自身は、アグニへの攻撃に参加しないところを見ると、指揮に専念するようだ。

 マルファスは、オトヒメ軍にとって最も重要な戦力である。

 いざというときのために力を温存しておくという考えは理解できないではないが。

「だとしたら利用されるだけってことじゃないか?」

「こっちとしても散々利用してるけどね」

「ああん?」

「前線で、大量の幻魔が死んでるよ」

「そりゃあ……」

 真白は、幸多こうたに反論しようとして、口をつぐんだ。

 龍宮を護るためにこそ、オトヒメ軍の幻魔たちは、戦場に飛び出した。命懸けの戦いに身を投じた。そして、散っていっている。

 それが龍宮を護らなければならないという想いの結果なのか、マルファスに命じられるまま命を投げ出したからなのか、真白にはわからない。

 理解できるのは、大量の命が、ものの数時間で失われ続けているという事実だけだ。

 無論、幻魔が死ぬことに感傷を覚えたりはしない。

 幻魔は、所詮、幻魔だ。

 人類の天敵であり、相容れぬ存在なのだ。

 共闘するとはいえ、それもこれも人類のためであり、央都の安寧あんねいのためだった。

 それに、オトヒメ軍の幻魔たちとの間に交流もなにもなかったし、あったとしても、わかりあおうともしなかっただろう。

 人外異形じんがいいぎょうの怪物たちと話し合い、理解し合い、分かち合うなど、考えるだけで鳥肌が立った。

 それでも、真白は、龍宮の幻魔たちが命懸けで戦っていることそのものを否定するつもりはなかった。

 彼らの戦いも、戦団の戦いも、似たようなものだ。

 己の命を燃やし尽くすように、戦っている。

 遥か前方、アグニの周囲に高密度の律像りつぞうが展開し、つぎの瞬間、大爆発が起きて魔法壁が吹き飛ばされる様を目の当たりにする。多数の幻魔が消し飛んだ。

 そこへ、巨大な氷塊が降り注ぎ、アグニの前進を止めた。

「師匠!」

 幸多は無意識的に叫んだが、しかし、真星小隊の進路はアグニの方向ではない。

 そのさらに後方、怒濤どとうの如く押し寄せてくるスルト軍の最前線へと、戦団の二個大隊は向かっているのだ。

 二個大隊。

 総勢五百名の導士たちが、それぞれの小隊ごとに隊伍たいごを組み、敵陣へと至る。

 鬼級幻魔の相手ができるのは、星将だけだ。それは誰もが理解していることだったし、口惜しいだとか、悔しいだとか考える導士はいなかった。

 少しでも星将への負担を減らすためには、アグニの後に続くスルト軍の幻魔たちを攻撃し、合流を妨害ぼうがいすることだ。

 オトヒメ軍の最前線は崩壊し、生き残っている幻魔も多くはない。

 そこへ、荒井あらい大隊、躑躅野つつじの大隊が参戦し、燃え盛る炎の門を目の前に部隊を展開したのである。

 緋焔門と名付けられた燃え盛る巨大な門は、地上数百メートルはあろうかという建造物だ。そして、その門扉が完全に開放されていて、〈クリファ〉の内側から、大量の幻魔が雪崩の如く溢れ出してきている。

 それに対抗しているのが、オトヒメ軍の幻魔たちであり、幻魔同士が相争う様は、激しく、破壊的というほかなかった。

 一見、オトヒメ軍とスルト軍の幻魔を見分けることは不可能に思える。

 幻魔は幻魔だ。

 それらが取っ組み合って乱戦を繰り広げれば、どれが味方でどれが敵なのか、まるでわからないというのは、人間の視点からすれば当然だった。

 だが、いま、導士たちの眼には、オトヒメ軍の殻印かくいんがはっきりと見えており、それによって明確に判別できていた。

 殻印が光を発しているのがオトヒメ軍であり、それ以外の幻魔は攻撃対象なのである。

 技術局が殻印を解析し、得られた情報を元に組み上げられた特殊な情報構造体が、導衣や闘衣に入力されたのだ。導衣にせよ、闘衣にせよ、装着者と神経接続を行っている。

 つまるところ、殻印が発する波形を視覚情報として獲得できるようになったのだ。

 そのおかげで敵と味方がはっきりとわかるようになったのであり、それがなければ、オトヒメ軍の幻魔を巻き込みかねなかった。

 マルファスとしては、それでも構わないという話だったが、そんな話があっていいわけもない。

『情報通り炎系ばっかりだ! 火属性魔法は禁止だよ!』 

 瑠衣るいの大声が荒井大隊の導士たちに響き渡る中、真星小隊も最前線へと辿り着いた。

 幸多は、闘衣・天流てんりゅうに加え、鎧套がいとう銃王弐式じゅうおうにしきを身に纏い、両手に飛電改ひでんかいを装備していた。そして、縮地改しゅくちかいを装着することによって高速移動を可能としており、いままさに空白地帯の荒れ果てた大地を疾走している。

 ムスペルヘイムの前方、その周囲一帯が龍宮防衛戦の最前線であり、主戦場である。

 そしてそこはまさに死屍累々《ししるいるい》という惨状さんじょうであり、オトヒメ軍、スルト軍の幻魔の死骸しがいが山のように積み上がり、あるいは無数に散乱していた。

 そして、炎の門の向こう側から続々と進軍してくるのは、瑠衣の警告通り、火属性を得意とする幻魔ばかりであり、紅蓮の猛火がそれらを包み込んでいるようにすら見えた。

『あたしらの目的は、スルト軍の侵攻を食い止めること! いいね!』

 瑠衣のその声は、真言しんごんだったのだろう。

 上空に鳴り響く金切音かなきりおんが、地上に向かって闇の波動を降り注がせたかと思うと、妖級幻魔イフリートの燃えたぎ巨躯きょく寸断すんだんしたのである。

 幻魔の断末魔だんまつまが響き渡る中、獣級幻魔ガルムとケルベロスが群れをなして飛び出してくれば、上位獣級幻魔フェニックスが紅蓮の翼を広げて空高く舞い上がり、火の雨を降らせた。

白き大盾(ハードシールド)!」

 真白の防型魔法ぼういけいまほうが発動し、真星小隊の頭上に天蓋の如く広がれば、火の雨のことごとくを寄せ付けなかった。

 すると、フェニックスは、氷の槍に貫かれて絶命する。

 どこかの小隊のだれかの魔法が、見事に命中したのだ。

 幸多は、戦場のむせ返るような熱気を感じながら、前方の敵を睨みつけた。引き金を引く。

 二丁の飛電改が火を噴き、ガルムの群れを次々と吹き飛ばした。


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