第七十二話 皆代幸多
「なぜだ、なぜ……!」
真には、なにがなんだかわからなかった。
七支宝刀は、彼が全身全霊を込めて紡ぎ上げ、構築した最大最強の魔法だ。
擬似召喚魔法という極めて高度な形式の魔法だが、それを完成させることができたのは、血の滲む修練のおかげだった。そして、実を始めとする部員たちが、彼の提案に乗り、厳しい訓練に付き合ってくれたからでもある。
合性魔法による時間稼ぎは、生半可な努力で出来ることではない。
それこそ、真に匹敵する修練が必要だった。
そのおかげもあって、真の擬似召喚魔法・七支宝刀は完成し、発動した。
それはまさに彼の考えていた通りの、想像通りの結果をもたらした。
まず、万が一にも敵の得点源にならないために、叢雲の部員たちの幻想体を破壊した。これは手筈通りであり、作戦である。叢雲の誰一人として、他校の得点にはさせないという強い意志があった。
大会を台無しにするのだ。それくらい徹底しなければ意味がない。
このくだらない茶番の全てを否定して、戦団も社会も全てを嗤ってやる――。
そのための一年だった。
そのためだけの一年間だった。
そして、その一年の修練が見事に結実し、対抗戦の全てが水泡に帰す――はずだった。
だのに、彼が生きている。
真に向かって、猛然たる勢いで向かってくる。
皆代幸多。
黒髪に褐色の目を持つ、どことなく丸い印象を与える少年。しかし、その印象とは裏腹に類い希なる身体能力と、それを裏付ける鍛え上げられた肉体を持っていることは、閃球で幾度となくぶつかり合ったことではっきりと理解した。
しかし、彼は、生粋の魔法士である皆代統魔とは異なり、生粋の魔法不能者だ。
しかもどうやら完全不能者だと、いう。
完全不能者。
一時期話題になったが、すぐに央都の情報の海に埋もれて消えた話題が、今になって再燃しているのは、彼が天燎高校の主将であり、皆代統魔の兄弟だからだ。
それは、真にとって気に食わない事象の一つだった。
皆代統魔という存在そのものが、真には、どうしても認められなかった。
眩しかった。
幻板に映る皆代統魔の姿は、燦然と輝く超新星そのものであり、目が、網膜が、意識が、草薙真という人間を構成する全てが灼かれるようだった。
そこには本来自分がいるはずなのに。
自分こそが、そこにいるべきなのに。
導士になりたかった。
導士になって、活躍したかった。
褒められたいとか、敬われたいとか、そんなことはどうだってよかった。
輝きたかった。
戦団の多くの導士のように、星の如く、光を放っていたかった。
それが許されない以上、惨めに地に這いつくばって夜空を仰ぎ、闇に瞬く星々に怨嗟の声を上げる以外にどうすることができるというのか。
どうすることもできないのだ。
それが父の定めたことだ。
草薙家の長男に生まれた宿命だ。
受け入れるしかなかった。
血の宿縁は、なによりも濃い。
それが魔法社会の常識だ。掟といってもいい。
魔法史は、血の宿縁によって紡がれているといわれる。
血の宿縁、血によって紡がれた絆こそが、魔法の歴史なのだ。
そして、魔法史の果てにある現代において、そうした理から逃れる術はなかった。
だから、真は、全てを恨んだ。憎み、妬み、蔑み、否定し、拒絶した。
徹底的に破壊してやると誓った。
この大会を。
対抗戦決勝大会という大舞台を根底から否定して、それで、これまでの暗澹たる自分との決着にしよう――そう、考えていた。
なのに、それができそうもないという現実を突きつけられて、真は、叫んでいた。
「なんでだよ!」
七支宝刀が皆代幸多を狙わず、対象を追尾誘導するはずの焔撃も、彼に躱された後、地面に激突して爆発した。
それからは、逃げの一手だった。
残る力を振り絞り、全速力で逃げながら、絞りかすのような魔法を連発する。追尾誘導式の魔法が無意味ならば、直接狙い撃てばいい。
「火剣!」
真は、右手に炎の剣を生み出し、左手からは牽制のために火球を放った。
しかし、火球は、幸多には易々と避けられてしまう。さらに直線的な熱光線を連射したが、これも回避された。まるで撃つ場所がわかりきっているかのような、見抜かれているかのような動きだった。
そして、幸多の動きの予想は、真にはできない。
幸多は、魔法士ではない。
魔法不能者だ。
魔法不能者の戦い方を、彼はまったく知らなかった。
(凄いな、彼は)
一方で、幸多は、素直に感心する。
心の底から、褒め称えることしか出来ない。
草薙真は、いまや力を消耗し尽くしているはずだった。
七支刀の擬似召喚魔法を使うために、大半の魔力を費やしたことは想像に難くない。でなければ、戦場全域を攻撃範囲とすることはできないだろうし、魔法士たちの防御魔法を貫き、幻想体を破壊することは出来ない。さらにいまもなお熱光線を乱射し続けているのだから、彼があの魔法にどれだけの魔力を込めたのか、わかろうというものだ。
もっとも、幸多は、魔法不能者であって魔法士ではない。それがどれだけの疲労と消耗を伴う物なのか、想像すら出来ない。
魔力の消耗と体力の消耗は、根本的に異なる物だという話は聞いたことがあるのだが。
それほどの消耗をしながらも、真は、一切気後れすることもなければ、隙を見せる素振りさえなかった。幸多の接近を阻むために魔法を連発し、追尾誘導式の魔法が無駄だとわかると、狙い撃つ方式に切り替えた。
即座に戦法を切り替えられるのだから、頭もいい。手慣れている。余程訓練を積んだのだろう。猛特訓といってもいいのかも知れない。
彼ならば、すぐにでも戦団の導士になれるのではないか、とさえ思えた。
だが、それでも、幸多には、真の動きが手に取るようにわかった。
真は、魔法士相手の戦いには慣れているのだろう。熟練者といっていいほどに手慣れていて、だからこそ、幸多には、彼の行動が予測できた。
一挙手一投足が、綺麗だった。洗練されている。見事なまでに研ぎ澄まされ、無駄な動きが一つもなかった。
完璧だ。
完成されている。
そして、だからこそ、幸多には、彼の動きが読めるのだ。
真の完璧な魔法士としての戦い方は、幸多が子供の頃から、この肉体と脳に、無意識の深度にまで叩き込んできた魔法士の戦い方そのものだった。
だから、読める。
幸多は、真が左手から放った熱線がこちらに到達するよりも遙かに速く、右に飛んで躱して見せた。そして、地を蹴り、加速する。間合いを詰めれば、強力な魔法は使えない。自分を巻き込む可能性もあれば、それだけの時間的猶予がないからだ。
「おれはっ――!」
真が、声にならない声を上げるのを、幸多は、彼の首を握り締める最中に聞いた。彼が振り抜こうとした炎の剣は、左手で殴りつけて叩き落としている。
首を絞めながら、地面に叩きつける。
「ぐうっ」
「きみは本当に凄いよ」
幸多は、真の群青の目を見つめながら、いった。真の意識はまだあった。首を絞められ、地面に叩きつけられてなお、その目は死んでいない。振り解こうと藻掻くが、幸多の膂力には到底かなわなかった。
身体能力で幸多にかなうものはいない。
そして、首を絞めている以上、魔法を発動することもできない。
魔法の発動には、真言の発声が必要不可欠だ。首を絞められ、声を出せない以上、魔法は完成しない。
もっとも、激痛に苛まれ、魔法を想像することもできない状態かも知れないが。
「あれは、あの擬似召喚魔法は、統魔にだって真似の出来るものじゃない。少なくとも、そういう点においてきみは統魔以上だとぼくが保証するよ」
「な、にを……!」
真は、足掻く。だが、抗えない。なにをしようとも、幸多の力が強すぎて、振り解けないのだ。圧倒的な力だった。まさか魔法不能者に理不尽を感じることがあるなど、考えたこともなかった。
「統魔は大雑把なところがあるからね。完璧さでは、きみに遠く及ばないんだ。魔法の美しさや完成度で勝負したら、きっときみの勝ちだよ」
幸多がなぜ、そんなことを言い出してきたのか、真にはまったく理解できなかった。ひたすらに混乱する。頭の中が真っ白になって、なにもわからなくなっていく。
ただ、悪い気分ではなかった。
「でも、だから、きみはぼくに負ける」
幸多は、空いていた左手で拳を握り締めると、全身全霊の力を込めて、真の腹に叩き込んだ。拳が腹筋を貫く感触があって、真の顔面が苦痛に歪んだ。
そして、幻想体が閃光を発しながら消滅する。
再起不能と判定されたのだ。
幸多は、拳に残る感触に気持ちの悪さを覚えながら、立ち上がった。
顔を上げれば、蒼穹に向かって光が昇っていく光景が見えた。
まるで魂が天に昇るようだ。
七支刀も消え、爆音も止んだ。
もはや原型一つ留めていない戦場には、静けさだけがあった。




