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第七百二十六話 龍宮からの使者(一)

 央都おうとが誕生してから、五十一年が経過した。

 魔暦まれき百七十年五月七日、ネノクニにおいて発動された地上奪還作戦は、神木神威こうぎかむい率いる地上奪還部隊によってすみやかに実行に移された。

 実働部隊五百名と後方支援部隊五百名、総勢一千名からなる部隊を構成するのは、選りすぐりの魔法士まほうしばかりであったが、同時に、ある種の被験者ひけんしゃたちでもあった。

 いうなれば、実験体である。

 ネノクニを支配していた統治機構とうちきこうは、長らく地上への進出を望んでいた。

 なぜならば、ネノクニを管理運営するための統合情報管理機構とうごうじょうほうかんりきこうユグドラシル・システムと断絶され、復旧すらできないまま何十年もの歳月が過ぎていたからだ。

 地上の様子を確認することもできなければ、ユグドラシル・システムの復旧すら叶わない状態が、あまりにも長い間、続いた。

 ごうやした統治機構は、大昇降機を用い、地上の状況を確認するための部隊を派遣した。

 しかし、これは見事なまでの失敗に終わる。

 というのも、統治機構は地上の様子を知らず、魔天創世まてんそうせいが起き、環境そのものが変わり果てていたという事実を把握はあくしていなかったからだ。

 地上に向けて出発した調査部隊は、大昇降機が上昇している途中で全滅したのである。

 魔素濃度まそのうどの大幅な変化に、膨大な魔素の凶悪な圧力に、調査隊の肉体が耐えきれなかったのだ。

 そうした事態を受けて、統治機構は、様々に研究を行った。

 十年後、魔素圧に耐えられる装備群が完成すると、二度目の調査部隊が編成され、地上に送り込まれた。

 これは、地上への到達には成功している。

 だが、地上が想像していたものとは大きく変わり果てており、もはや幻魔以外の生物の存在しない世界と成り果てていたという絶望的な事実が、調査部隊を破滅へと追い遣った――という。

 耐魔素圧装備は、確かに有効だった。

 ただし、幻魔との戦闘が起きることのない限定された状況ならば、だが。

 魔界において、そのようなことは決してありえない。

 どこにだって幻魔がいて、どう足掻あがいたところで戦闘が起きるからだ。

 そして、そういった幻魔との戦闘こそ、第二次調査部隊を壊滅させることになった原因である。耐魔素圧装備が戦闘中に傷つけば、それだけで装着者は死に直面した。

 統治機構は、考えに考え抜いた。

 どうすれば、地上をくまなく調査し、幻魔と戦い抜くことができるのか、と。

 そしてどうすれば地上に人類の橋頭堡きょうとうほを、人類復興じんるいふっこうのための一大拠点を築き上げることができるのか、と。

 そうして誕生したのが、異界環境適応処置いかいかんきょうてきおうしょちと呼ばれる技術だ。

 生体強化技術の応用であるそれは、生物の魔素生産量を大幅に増幅させることによって、肉体そのものが魔素圧への耐性を得るためのものであった。

 そうすることで地上での無期限かつ自由な活動を可能としたのであり、地上奪還部隊に配属された魔法士たちは、全て、異界環境適応処置を施術された魔法士である。

 大半が、二級、三級市民であり、一級市民の中から参加したのは、伊佐那麒麟いざなきりん朱雀院火流羅すざくいんかるら上庄諱かみしょうくらいのものだったはずだ。

 なぜならば、異界環境適応処置の完成には人体実験が必要であり、人体実験に差し出されるのは、二級、三級の市民ばかりだったからだ。

 伊佐那麒麟にせよ、朱雀院火流羅にせよ、上庄諱にせよ、一級市民でありながら異界環境適応処置を受けさせられたのは、立場の弱さが故にほかならない。

 つまりは、地上奪還部隊とは、統治機構によって実験動物扱いされていたものたちの集まりといっても過言ではなかったということだ――。

「なにを……考えられておいでなのですか?」

「いや……」

 不意に思索しさくを断ち切るように飛び込んできた声に、神威は、まぶたを開いた。顔を上げれば、目の前の幻板げんばん麒麟きりんの顔が浮かんでいる。

「少し、昔のことを思い出していた」

「地上奪還作戦のことでしょう?」

「よく……わかったな」

「閣下の考えていることで、わからないことなんてありませんよ」

「ふむ……」

 神威は、麒麟が微笑とともに告げてきた言葉に一切の嘘が含まれていないことに悪寒を覚えないではなかったが、言葉にはしなかった。

 そんなことをすれば、麒麟にどのような対応をされるものか、わかったものではない。

 戦団本部棟総長執務室に、彼はいる。

 神威が一人でいるには広すぎる部屋だが、問題はない。

 一人の方が集中できるというものだ。

「これで良かったのか、と、考えるよ」

「良かったもなにも、これから先のことは、だれにもわからないでしょうに。そのことで閣下が思い悩む必要など、なにもありませんよ」

「しかしだな」

「これまで散々先延ばしにしてきたのです。そのつけを払うときが来た、ということでしょう」

「つけ……か」

 神威は、渋い顔で、彼女の言葉を反芻はんすうした。

 だとすれば、なんだというのか。

 考えれば考えるほどにわからなくなる。

 人類がどれほどの罪を犯したというのか。

 どれほどの間違いを繰り返してきたというのか。

 滅びるほどのことをしたというのか。

 生き残ったわずかばかりが、再び立ち上がることすら許されないようなことなのか。

 幻魔の脅威きょういおびえ続けなければならないほどのことをしてきたとでもいうのか。

 そこまで考えて、頭の中で首を横に振る。

 その通りだ。

 人類は、数え切れない罪を犯してきた。

 魔法という万能のわざに酔いれ、万物の霊長れいちょうを名乗り、我が物顔で地球を改良してきた。生命を冒涜ぼうとくし、蹂躙じゅうりんし、世界そのものを思うままに改変しようとさえしてきたのだ。

 その結果が二度に渡る魔法大戦であり、魔法時代の終焉しゅうえんと混沌時代の到来であり、幻魔戦国時代の勃発ぼっぱつなのだろう。

 魔天創世まてんそうせいが起きたのも、その結果だ。

 それでも、つけは払い終わっていない。

 少なくとも、神威たちのつけは、まだ。

「央都が四市になってから、三十年。人口は百万人にまで増え、戦力も大幅に増強しました。今こそ打って出るという総長の判断、わたしは支持しますよ」

「そのために多くの血が流れてもか」

「はい」

「ふむ……」

「犠牲を払わずに勝利を得られましょうか。もちろん、戦争とは、確実に勝利を得られることがわかってこそ、起こすもの。しかし、人類がそんなことを言っていられるような状況にないことは、だれもが知っています。ただ待ち構えていれば、滅び去るしかない。ですが、前に進めば、未来を切り開くことができるかもしれない」

「ああ、そうだな。そうだとも」

 それでもなお渋い顔をする神威に対し、麒麟は、こういうのだ。

「それとも、こういえばよろしいかしら?」

「ん?」

「全ての責任は、あなたが背負えばいい、と」

「……ふ」

 神威は、麒麟の目を見た。

 黄金色こがねいろの瞳は、若い頃からなにひとつ変わらない光を帯びている。いや、より洗練され、美しさに磨きがかかっているのは間違いない。

 そんな目で見られれば、心の奥底まで見透みすかされるのも当然なのではないか、と思えるほどだった。

 神威は、しかし、それが心地よいものだと思うのだ。麒麟にならば、全てを打ち明けることが出来る。

 この五十年の苦楽を共にしてきた同胞であり、半身のような存在だからだ。

「そうだな。それでこそ、だ」

 神威が静かにうなずいたその直後だった。

『大変大変大変よ! 神威ちゃん、麒麟ちゃん!』

『神威様、麒麟様、お取り込み中のところ、申し訳ございません』

『大変だー』

「なんだ?」

「どうしたのかしら?」

 三女神シスターズが同時に通信に割り込んでくるなど、今まで一度だってなかったことであり、神威と麒麟は目を見合わせ、同時に困惑した。

『第九拠点が鬼級幻魔を招き入れたのよう!』

「なんだと!?」

「第九拠点? 美由理みゆりがいる拠点よね?」

『そうなの! 美由理ちゃんの指示なのよ!』

「どういうことだ……?」

 想像だにしない事態に神威たちが混乱していると、左前方に幻板が出現した。幻板が映しだしたのは、美由理の冷徹な表情であり、その極めて冷ややかな眼差しは、彼女を氷の女帝と呼ぶものの多さを理解させるには十分だった。

『……こちら、第七軍団長・伊佐那美由理。総長閣下の指示を仰いでいる場合ではないと判断し、独断で対応したところです』

「一体、なにが起きている?」

『それについては、彼から説明させましょう』

 そして、もう一枚の幻板が開くと、第九衛星拠点の敷地内に佇む一体の鬼級幻魔が、その禍々《まがまが》しさと美しさを兼ね備えた漆黒の魔晶体ましょうたいを見せつけるようにして、立ち尽くしていた。


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