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第七百二十五話 杖長・荒井瑠衣(四)

「話!?」

 瑠衣るいが素っ頓狂とんきょうな声を上げたのは無理はなかったが、しかし、彼女は冷静そのものだった。

 マルファスの反応を、一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくを見逃すまいと凝視ぎょうしし続けていたのだ。

 幻魔げんまが発した想定外の一言は、彼女の脳内を席巻せっっけんし、わずかばかりの混乱をもたらす。

 故にこそ、瑠衣は警戒した。

 鬼級幻魔は、人知を超えた怪物だ。その知能たるや人類を陵駕りょうがしているのではないかといわれていたし、そうであったとしてもおかしくはない。魔素質量そのものが人間とは比較にならないほどに強大であり、魔法技量など、いわずもがなだ。

 人語をかいし、言葉を交わすことができる相手だ。

 油断を招くための方法として、話術を用いるも十二分に考えられた。

 事実、〈七悪しちあく〉の鬼級幻魔たちは、人間に擬態ぎたいし、双界そうかい暗躍あんやくした。

 目の前の鬼級幻魔が〈七悪〉と同じように混乱を撒き散らさないという保証は、どこにもない。

 言葉一つで信用などできるわけもなければ、心が揺らぐようなこともない。

 だから、瑠衣は超高密度に魔力を練り上げ、昇華しょうかへと至らせようとしていたのだが、マルファスは、そんな瑠衣の反応や、導士たちの様子を見て、多少、困ったような顔をした。

 そうした微妙な表情の変化が余りにも人間臭いが、そんなことで気を許してはならないことは、この場にいる誰もが理解していることだった。

 幸多こうたもまた、マルファスの予期せぬ発言に耳を疑ったが、しかし、即座に飛電改に装弾している弾丸を貫通弾に変更し、銃口を幻魔の頭部に向けている。

 真白ましろ最高硬度さいこうこうど防型ぼうけい魔法を練り上げれば、黒乃くろのもまた、攻型こうけい魔法の律像りつぞうを構築していく。複雑な魔法の設計図が、次々と組み立てられていた。

 義一ぎいちは、マルファスの魔晶体ましょうたいに満ちた膨大な魔素の流れをていたし、そして、その流れがどこから溢れているのかを確認していた。すかさず、共有する。

「奴の魔晶核ましょうかくは右胸辺りです!」

「了解!」

「さすがは真眼しんがん!」

「便利ですね」

 全員が義一の大音声だいおんじょうに反応して、攻撃地点を定める。

 幻魔を打倒するには、魔晶核を破壊する以外にはない。

 鬼級幻魔ならば尚更だ。

 下位獣級幻魔程度ならば、肉体を大幅に損傷させるだけでも時間稼ぎにもなれば、大打撃にもなるのだが、鬼級幻魔にはそうはならない。

 莫大な魔力が、魔晶体を瞬く間に復元してしまうからだ。

 すると、マルファスが両手をげてきた。まるで降参するといわんばかりの仕草だった。

「待て。待ってくれ。話を聞いてくれないのか?」

「なんたって幻魔の話を聞かなきゃならないんだ? 幻魔殲滅(せんめつ)こそ、あたしらの使命なんだよ」

「この戦力でわたしを滅ぼせる、と?」

「……まあ、出来ないだろうけどね」

「ならば、無駄なことはしないことだ。無意味に命を散らせることがきみたち戦団の教義きょうぎというのであれば止めはしないが……わたしとしても、貴重な戦力を減らしたいわけではないのだ」

「貴重な戦力?」

「どういうこった?」

「さあ?」

 マルファスの発言の意図がまるで読み取れず、真白と黒乃は顔を見合わせた。

 確かに、瑠衣が苦々しくも認めたとおりだということは、この場にいる誰もが理解している事実だ。

 圧倒的な戦力差が、マルファスとこちらの間に横たわっている。

 どうしようもなく埋めようのないそれは、絶望的といっても過言ではないほどのものだ。

 マルファスは、いまのところ、一切本気を出していない。こちらの攻撃に対応しているだけであって、攻撃する素振りすら見せてきていないのだ。

 それなのに圧倒的な力の差を感じるのは、黒乃の最大威力の攻型魔法ですら、マルファスには、大したものではなかったからだ。痛撃になどならず、黒衣についた傷すらもあっという間に塞がれてしまった。

「鬼級程度倒すこともできない戦力ならば、竜級りゅうきゅうなど不可能だということは、理解しているはずだろう?」

「……竜級? なんの話だ?」

 瑠衣は、仕方なく部下たちに攻撃を中止するように命じたのは、マルファスと強引に戦うことの無意味さに気づかされたからだ。そして、星神力せいしんりょくへの昇華を完了したからでもある。

 幻魔を信用したわけではないのだ。

 いつでも星象現界せいしょうげんかいを発動できる準備を整えておけば、自分を囮にして、時間を稼ぐことは不可能ではない。少なくとも、部下を無駄死にさせることだけは防げる。

 そうはいっても、だ。

 相手に攻撃する意志が見受けられない以上は、話を聞くのも悪い選択肢ではないのではないか、とも、彼女は考える。

 幻魔は、すべからく滅ぼすべきだ。

 だが、それはこちらの戦力が相手を大きく上回っている場合か、勝算がある場合に限った話であり、勝てる見込みのない状況ならば考えを改めることも必要だ。

 逃げるという選択も時には必要だったし、であれば、対話を試みるということを考えても悪くはないだろう。

(ロックじゃないが……)

 瑠衣は、部下たちを見回して、息を吐いた。そんなことをいっている場合ではない。

 瑠衣一人がマルファスを足止めするために死ぬのであればまだいいが、将来有望な若手導士たちを道連れにしてしまうのは、あまりにも馬鹿げている。

「竜級幻魔。きみたち人類が定義づけた幻魔の区分だ。それくらいの知識がないわけではあるまい?」

 両手を挙げた姿勢のまま、マルファスが導士たちを見回す。彼の目には、無数の律像が魔法を発動させる瞬間を待ち侘びているのがわかっている。特に導士たちの指揮官と思しき女の律像は、高密度であり精細だった。

 しかし、彼の周囲には律像はない。

 魔法には律像が必要不可欠であり、それは幻魔も変わらない。

 つまり、マルファスは、防御魔法の準備すらしていないということだ。

 そうでもしなければ話し合いに応じて貰えないと判断したのである。

あおってんのか?」

「兄さん」

「それくらい、知っているさ。ただ、いまあんたがしようとしている話とやらに竜級が関係しているのか、気になってね。関係ないだろ?」

「ある。大いにあるのだ。だからこそ、わたしたちは協力者を探し求めているのだから」

 マルファスは、瑠衣の目を見つめた。人間の目には、幻魔への憎悪や怒りが宿っているようだが、そんなことを気にしている余裕など、あろうはずもない。

「きみたちのことは、多少、聞き及んでいる。五十年前、地の底から這い上がってきた人類の生き残り、その末裔まつえいたち。その生命力の高さには、驚嘆きょうたんするほかなかったし、賞賛しょうさんあたいする」

「やっぱり煽ってやがる」

「兄さんってば……」

「んだよ……」

「幻魔が人間を下に見るのは仕方のないことなんだと思うよ」

 幸多は、九十九つくも兄弟の間に割って入るように話しかけつつも、その照準はマルファスの右胸部に合わせ続けていた。右胸部に魔晶核があるということは、そこを撃ち抜けば、撃滅げきめつできるかもしれない。

 飛電改が撃ち出す貫通弾がどこまで通用するかわからないが、それでも、なにもしないよりはずっといい。

 もちろん、瑠衣の指示次第ではあったし、マルファスの行動次第だったが。

 瑠衣は、マルファスと距離を取りつつも、その身動みじろぎ一つしない態度に余裕さえも感じてもいた。

 マルファスにとって、導士八名に包囲されているというこの状況は、なんら不利に思っていないのだ。

「わたしと同じ鬼級であった幻魔リリスの〈クリファ〉バビロンを制し、そこに人類の都を築き上げた。それが五十年前だったな。それから月日が流れ、いまや四つの〈殻〉を制圧したきみら人類だが、存亡そんぼうの危機を迎えているという事実には、気づいてはいまい」

「存亡の危機だって? そんなの、いつだってひんしているさ」

 マルファスの大仰おおぎょうな言い様に、瑠衣は鼻で笑った。

 実際問題、央都は、人類生存圏じんるいせいぞんけんは、常に存亡の危機の真っ只中にあるといっても過言ではなかった。

 央都の安寧あんねい平穏へいおんは、仮初めの、欺瞞ぎまんに満ちたものに過ぎない。

 常日頃から幻魔災害の脅威きょういさらされているし、毎日のように死傷者が出ている。

 大規模幻魔災害が頻発するようになってからは、悪化の一途をたどっている。

「いまだって、そうさ。あんたが央都に向かうだけで、それだけで非常事態になりかねないんだ。だから、さ。あたしは命をけてでも、あんたを止める」

「……そうではない。そういうことではないのだよ。もっと、致命的なことだ。きみたち人類にとってだけではなく、我らにとっても致命的な事態に至ろうとしているのだ」

「……それが、竜級と関係している何事か?、ってことかい」

「話が早くて助かる」

「皮肉をいわずにはいられねえのかよ」

「本当に……」

 ついには黒乃までもが真白の意見に同調し始めたが、幸多としても思うところは同じだった。

 幻魔は、信用できない。

 天使型ですら、完全に信用したわけではないのだ。

 あの日、あのとき、あの場所で、幸多がドミニオンと協力することになったのは、それ以外に打開策がなかっただったし、天使が悪魔の敵だということがわかったからだ。

 敵の敵は、味方。

 利害りがい一致いっちしたからこそ、共闘した。

 その結果があのような事象じしょうを引き起こしたのは、どう考えればいいのかわからないが。

「わたしは、オトヒメの主宰しゅさいする〈殻〉龍宮りゅうぐうに属している。これがその証だ」

 そういって、マルファスは、右手の甲を見せてきた。そこには、確かに複雑怪奇な紋様が刻まれており、その殻印かくいんは、戦団の〈書庫しょこ〉に記録されている龍宮の殻印と一致した。

「そして、龍宮は、オトヒメが竜を神としてまつるために作り上げた神殿なのだよ」

 マルファスの告白には、その場にいた誰もが驚愕するほかなかった。


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