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第七百二十四話 杖長・荒井瑠衣(三)

「気づかれた、だって?」

 瑠衣るいは、義一ぎいちの悲鳴にも似た報告を聞いて、すかさず地上に視線を落とした。思わず天を仰いでしまったのは、紛れもない失態しったいだった。内心、舌打ちをする。

 鬼級幻魔おにきゅうげんまが現れたというのであれば、それを注視しておくべきだったし、目を離すべきではなかった。

 こちらの存在に気づいたというのであれば、瞬時に攻撃してきたとしてもおかしくはない。

 今まさに、そのような隙が生まれた。

白き大盾(ハードシールド)!」

参拾漆式さんじゅうしちしき守甲壁しゅこうへき!」

 二人の防手ぼうしゅがほぼ同時に防型魔法ぼうけいまほうを発動させると、瑠衣たちの前方に分厚く巨大な魔法壁が構築された。それも二重にだ。

 だが、安心するのは、まだ早い。

(早すぎる)

 瑠衣は、漆黒の鬼級幻魔を見ていた。

 全身黒ずくめのそれは、やはり鬼級幻魔らしく人型でありつつも、異形感を併せ持っている。背中から生えた一対の翼は、ちた天使を想起そうきさせた。

 上空の天使たちを撃ち落とした、堕ちた天使。

「どうします、隊長」

「どうしましょう、杖長じょうちょう?」

「どうするったって、ねえ」

 瑠衣は、鬼級幻魔が確かにこちらを認識していることを確信すると、渋い顔になった。

 鬼級幻魔は、妖級ようきゅう以下の幻魔とは比べものにならないほどの力を持った存在だ。

 まさに次元が違うといっても、言い過ぎではない。

 妖級以下の幻魔ならば、自分さえいればどうとでもなるという意識が瑠衣にはあった。たとえ上位妖級幻魔が相手であれ、大敗をきっするようなことはないという自信があるのだ。

 過信でもなければ、自惚れでもない。

 だが、相手が鬼級となれば、話は別だ。

「ど、どうしよう?」

「決めるのはおれらじゃねえ」

 真白ましろは、黒乃くろのが震える手で肩を掴んでくるのを感じて、苦い顔をした。

 黒乃は黒乃で、真白が真っ先に防型魔法を発動させたことに感動すらしたのだが、しかし、心がざわつくのを抑えられなかった。

 鬼級幻魔である。

 いま前方に佇むそれが絶大な力を持っていることは、天使たちを瞬く間に撃墜げきついせしめたことからもはっきりと伝わってくるのだ。

 それが、こちらを見ている。

 そして、歩み出した。

 こちらに向かって、だ。

「来る」

 幸多こうたは、飛電改ひでんかいを握りしめる手に力が籠もるのを認め、息を吐いた。呼吸を整え、意識と研ぎ澄ませる。

 冷静に。

 こういうときこそ、冷静さを忘れてはならない。

 幸多は、これまで何度となく鬼級幻魔と対峙してきた。もしかすると、戦団の中でも指折りになるくらいには、鬼級幻魔と接触しているかもしれないし、交戦しているのではないか。

 それくらい、鬼級幻魔との遭遇そうぐうというのは、稀有けうな出来事だった。

 そして、だからこそ、誰もが絶望的な気分になるのだ。

 対抗手段もなく、鬼級幻魔と遭遇すれば最後、命を落とすしかない。

「逃げるよ」

 瑠衣は、あっさりといった。

「逃げる!?」

「当たり前だろ。鬼級幻魔を相手にするなら、星将せいしょう三人は欲しいってのが決まりなんだ。あたしらじゃあ相手にもならないし、無駄死にするだけさ」

「放って置いていいんですか?」

「あれがこのまま衛星拠点まで南下してくるっていうんなら、そのときはそのときさ。拠点の全力で迎撃し、撃退するしかない」

 そして、それが最善である、と、瑠衣は考えていた。実際、それ以上の妙手みょうしゅなど思いつかない。

 鬼級幻魔が現れ、こちらを認識したのだ。

 逃げ切れたなら御の字というほかなかったし、その結果、衛星拠点が攻め込まれることになったのだとしたら、むしろ好都合と考えるべきだ。

 第九衛星拠点には、伊佐那美由理いざなみゆりがいる。

 戦団最高峰の魔法士にして、最強の星将がいるのだ。

 そこに杖長たちが力を合わせれば、撃退することくらいはできるかもしれない。

「ロックじゃないかもしんないけどね」

 苦笑とともに、瑠衣は、木陰から飛び出した。

 前方へ向かって、だ。

「隊長!?」

「杖長!?」

「時間は稼ぐさ。あんたらは、全力で逃げるんだよ!」

 瑠衣はそう告げると、全速力で鬼級幻魔へと飛びかかっていた。

 赤黒い死の大地の真っ只中。歪に湾曲した地面、牙のように突き出た岩石群、凍てつくような蒼穹の下、無数の天使たちが落ちてくる最中。

(これなら、ロックだろ)

 瑠衣は、己を鼓舞するように胸中で告げると、法機ほうきを手元に転送させた。ギター型法機ロックスターは、彼女の特注の法機である。そして、ロックスターを手にした瞬間、彼女の意識は戦闘状態へと移行する。

飛翔フライ・ハイ!」

 法機に仕組んだ簡易魔法を発動させ、空を舞う。一瞬にして最高速度に達すると、黒い羽が視界を舞った。はっとしたときには、眼前に幻魔の翼が広がっている。

合い言葉は音(スラッシュビート)!」

 瞬時に攻型魔法こうけいまほうを唱えた瑠衣だったが、彼女の魔法は空を切った。金切音かなきりおんが鳴り響き、黒い軌跡が無数に走る――ただそれだけのことが、瑠衣の目の前の虚空こくうに起きたのだ。

 黒い翼は、既に彼女の視界から消えていた。

 振り向けば、そちらにいる。

 男性型の鬼級幻魔だ。人間に酷似した姿形をしているからなのか、青ざめたような白い肌が陽光の下で痛々しくさえ思えた。顔立ちは整い、美形といっていいだろう。赤黒い虹彩こうさいを持つ両目は、深いまつげに縁取られている。

 翼と同じく漆黒の髪は長く、風に揺らめいていた。

 長身痩躯ちょうしんそうく。痩せこけた体に纏うのは、闇そのもののような衣であり、無数の羽毛によって飾り立てられている。

 殻印かくいんは、見えない。

「なにも恐れることはない」

 冷ややかな男の声は、しかし、瑠衣を大いに警戒させるだけだったし、敵意を燃やさせるには十分過ぎた。ロックスターをかき鳴らし、魔法を発動する。

「|うねる波動は虚空を引き裂く《ウェーブオブサウンド》!」

 瑠衣を中心とする全周囲を飲み込む闇の魔力が、幾重もの波動となって響き渡り、破壊の限りを尽くす。

 威力こそ低下するものの、範囲を広げることも可能であり、このとき、瑠衣は、出来る限り広範囲に魔法を行き渡らせることとした。

 鬼級幻魔は、超高速で移動する。

 それこそ、瑠衣程度では追い切れないほどの速度で、だ。

 ならば、避けきれないくらいの範囲を攻撃すれば良い。

 短絡たんらく的だが、これ以上の良策は思いつかない。

 しかし、響き渡る音色が、破壊の波動を周囲に撒き散らすものの、鬼級幻魔は、平然とした顔でその嵐の中にいた。

 無数に舞う羽が結界を構築し、瑠衣の攻型魔法を防いでいる。

 瑠衣の魔法が終わると、鬼級幻魔が口を開いた。

「マルファス」

「え?」

「わたしの名だ、導士よ」

「なにを……」

 言い出すのか、と、瑠衣は、思わず唸った。そして、閃光が瑠衣の視界を白く塗り潰す。破裂音が、遅れて聞こえてきた。

『杖長!』

 通信機越しに聞こえてきたのは、幸多の叫び声であり、飛電改による銃撃が鬼級幻魔に直撃したということがわかったときには、瑠衣はその場を飛び離れていた。 

 速やかに距離を取り、状況を確認する。

 巨大な暗黒球が頭上にあり、それが黒乃の攻型魔法だということも理解した。そして、先程の閃光がなんの威力もない目眩めくらましだったことを思い出すと、瑠衣は小さく笑った。

「まったく、ロックだよ、あんたたち」

 瑠衣の前面には分厚い魔法盾が纏わり付いるのだが、それは真白の魔法だった。視界の片隅には、義一の姿もある。

 真星小隊しんせいしょうたいの面々が、瑠衣の命令を無視して、救援に来たというわけである。

 そして、そんな真星小隊に引き摺られて、なのか、ロックハート小隊の隊員たちも戦場に飛び込んできていた。

 黒乃の攻型魔法が鬼級幻魔を飲み込み、破壊の限りを尽くしていく。

 彼の持つ最大威力の攻型魔法・大破壊デストラクションは、まさにその名の通りに凄まじいとしか言いようのない破壊をもたらす。理不尽なまでに暴圧ぼうあつ奔流ほんりゅうであり、蹂躙そのものだ。

 並大抵の導士には真似のできないだろう攻型魔法の威力には、瑠衣も見惚みとれかけてしまうほどだったし、その場にいた誰もが唖然とするほどだった。

「ますます威力が上がってるんじゃない?」

「そ、そうかな」

 黒乃は、義一にめられたことが嬉しくてたまらなかったが、同時に全くといって良いほどに手応えを感じていなかった。

 当たったのは間違いない。

 あの鬼級幻魔は、幸多の閃光弾に気を取られ、そちらに注意を向けた。その瞬間を狙った一撃は、確かに直撃したのだ。それだけは間違いなかった。

 闇属性攻型魔法。

 義一によれば、黒乃と真白には得意属性の偏りがないということであり、そのことを踏まえた訓練も行ってきたのだが、黒乃はどうしても闇属性の魔法を使いがちだった。

 慣れているからだ。

 魔法の属性を決めるのは、想像だ。

 想像力こそ魔法の全てであり、だからこそ、瑠衣がギター型の法機を用いているのだし、黒乃は闇属性に拘るのだ。

 瑠衣は想像力を喚起かんきする手段として法機を用い、黒乃は魔法の精度を高める手段として属性を固定する。

 そうして完成した大破壊は、その名の如く空間そのものを破壊し尽くしたのだが、全てが終わると、そこには当然のように鬼級幻魔の姿があった。

 マルファスと名乗った幻魔は、多少なりとも損傷したような姿を見せている。身に纏う黒衣が、だ。素肌には、傷一つつけられていない。

 虚を突いてもなお、その程度だった、ということには、少なからず衝撃を受けた黒乃だったが、黒衣につけた傷すらもあっという間に修復されてしまうのを見れば、どうでもよくなった。

 黒乃程度の魔法では、痛撃すら与えることができないのだろう。

 そして、マルファスは、予期せぬことをいってきた。

「話を聞いてくれないか、戦団の導士たちよ。人類の守護者よ」


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