第七百二十一話 出撃、真星小隊(三)
無数の赤黒い眼光は、大量の幻魔がその窪地に潜んでいることを示すのと同時に、こちらの接近に気づいたという事実を知らせるものだった。
「巣だな」
「巣だね」
「巣かあ」
「巣だよ」
真星小隊の四人は、ほとんど同時に同様の感想を述べると、森の窪地から無数の影が飛び出してくるのを目の当たりにした。
瞬時に対応する。
破裂音が連続したのは、幸多が飛電改の引き金を引いたからであり、無数の弾丸が空中の幻魔に直撃し、炸裂した。魔晶体が肉片の如くばらまかれ、魔力が飛散する。
「天破裂!」
黒乃の攻型魔法が、頭上から飛びかかってきた複数体の獣級幻魔を貫き、粉砕すると、雷光の帯が周囲に飛散し、別の幻魔たちを次々と攻撃していく。
義一の攻型魔法・閃飛電だ。
真白は、防型魔法・白き大盾を展開、維持することによって小隊全員を幻魔の猛攻から護っていた。
幻魔は、殺到とともに大攻勢を展開したのだ。
襲いかかってきたのは、下位獣級幻魔ケットシーの群れである。
愛らしい小型の猫のような姿をした幻魔は、しかし、いまやその凶暴性を剥き出しにしており、双眸を見開き、殺意そのものを魔法として発現させていた。
大量の水球が乱舞し、破壊的な水滴が大量に降り注げば、窪地の周囲一帯がさながら洪水に飲まれたかのような有り様となる。
周辺の結晶樹が根こそぎ打ち倒されていくが、そんなことを気に留めている暇はない。
幸多は、水圧を避けるようにして窪地に飛び込むと、その闇の中に向かって飛電改の引き金を引き続けた。閃光と銃撃音。それにより、巣の中に蠢くケットシーたちが、様々に声を上げた。怒号であり、悲鳴でもあっただろう。
魔晶核に直撃せずとも、魔晶体を破壊することによって再生に時間と魔力を使わせれば、それだけこちらにとって有利になる。
その間、戦場に現れたケットシーに対しては、黒乃と義一が対応した。黒乃の破壊的な攻型魔法がケットシーたちを無慈悲に殺戮し、撃ち漏らした幻魔は義一が打ち倒す。
ケットシーの猛攻も、真白の鉄壁の防型魔法が徹底的に無力化してしまうため、なんの意味もなさない。
ケットシーたちが断末魔の悲鳴を上げながら撃滅されていく光景は、一方的な殺戮にも見えた。
ついに巣の中のケットシーを殲滅したころには、飛電改から銃弾が飛び出さなくなってしまっていた。
「えーと……」
『あー……』
幸多の通信機に飛び込んできたのは、伊佐那義流のなんともいえないような、そんな声だった。
『えーと……なんていったらいいのかな……』
「はい……なんとでもいってください……」
幸多は、飛電改の多少は軽量化しつつも、より攻撃的な印象を受けるようになった形状を見つめながら、自分がしでかしてしまったことについて考えていた。
銃弾が出なくなったということについて、だ。
『超周波振動弾って、貴重、なんだよね……』
「高級品、なんですよね……」
『そうなんだよね……』
「しかも、新製品、ですもんね……」
『しかも、この間、どういうわけか武器庫に保管しておいた炸裂弾が大量に消滅していたんだよね……』
「すみません……」
幸多は、平謝りに謝る以外になかった。
義流がいった、この間、というのは、法子との幻想訓練のときのことだ。
あのとき、幸多は幻想空間に実体で干渉しており、幻想空間上に情報として転送されるはずの武器や防具も、本物を利用してしまっていたのだ。当然、その際に用いた銃弾も、本物だった。
あのとき、幻想空間上の木々を爆砕した銃弾は、完成したばかりの炸裂弾だったのだが、幸多は無闇矢鱈に撃ちまくったのだ。幻想訓練ならば、どれだけ弾を消費しても構わないという頭があったからだが。
しかし、実際の銃弾を消費してしまっていた。
故に、大量に消費されてしまったというわけである。
その上、今回の戦闘でも撃ちまくったが故に、炸裂弾の在庫が切れた、というわけだ。
とはいえ、だ。
まさか炸裂弾を撃ち尽くしてしまったというのは、問題だろう。
『いや、冗談だよ、冗談。きみが生き残ることのほうが重要だ。銃弾なんてまた作ればいい。というより、いまも全力で製造中なんだ。気にせずに撃ってくれればいい』
「は、はあ……」
『ただ、装弾数は気にしたほうがいいね。今回は殲滅した後だったからいいものの、撃ち尽くした後の隙というのは決して馬鹿にならない』
「は、はい!」
『良い返事だ。そして、きみの戦闘経験は、全て、こちらに共有されるからね。がんがん戦って、経験を詰んでくれよ。そうすれば、きみの装備はさらに強力なものになるんだからね』
「強力なものに……はい!」
幸多は、義流との通信を終えると、窪地の奥を覗き込んだ。窪地の奥は、洞窟のようになっていて、そこに大量のケットシーが潜んでいたようだった。
いまや、その洞窟に横たわっているのは、ケットシーの死骸ばかりだ。
少しだけ後味の悪さを感じたのは、ここが空白地帯だからであり、ケットシーたちが野良の幻魔だからだ。
野良と呼ばれる幻魔に共通するのは、殻印を持っていないという一点である。
殻印を持たないということは、〈殻〉に所属しておらず、鬼級幻魔に支配されていないということだ。
それがなにを意味するかといえば、なにものにも支配されず、自由気ままに生きていたということであり、そんな幻魔たちを一方的に攻撃し、斃し尽くしたと言うことには、少なからず罪悪感を覚えそうになる。
彼らもまた、懸命に生きようとしていただけではないのか。
だが、人類がその生存圏を拡大しようというのであれば、空白地帯に跳梁跋扈する幻魔と戦わずにはいられなかったし、野良の殲滅もまた、避けては通れない道だ。
幻魔は、人類の天敵だ。
滅ぼす以外の選択肢など、あるだろうか。
幸多は、そんなことを考えながら窪地を出ると、その横をヤタガラスが通過していった。洞窟の奥まで視てくれるのだろう。
黒乃が、心配そうに幸多の顔を見てくる。
「なにか通信してたみたいだけど、怒られてたの?」
「なんでまた?」
真白がびしょ濡れになってしまった導衣の重みに苦い顔をしながら、会話に入ってきた。ケットシーの攻撃から身を守れこそしたものの、濡れるのだけは避けられなかったのだ。
「弾を撃ち過ぎちゃってさ」
「んだよ。そんなことかよ」
「それだけ?」
「うん。それだけ」
「だったらいいけど……なにか困ってることがあったら、ちゃんといってね。隊長なんだから……」
「そうだぜ、隊長。なんもかんも一人で抱え込むなよな!」
「きみにはそういうところがあるという評判だからね」
「どういう評判?」
幸多は小首を傾げながら、隊員たちの顔を見回した。
すると、ひゅうという口笛が聞こえたものだから、そちらに目を向ければ、荒井瑠衣率いるロックハート小隊が結晶樹を薙ぎ倒しながら姿を見せたところだった。
音を立てて倒れ行く結晶樹だったが、その枝葉の天蓋に狭間にケットシーの死骸を抱えていることがわかれば、なぜ彼女たちが結晶樹を打ち倒したのかわかろうというものだ。
こちらの隙を狙っているケットシーを発見し、攻撃した、というところだろう。
「ロックだね」
杖長・荒井瑠衣の賞賛に満ちた言葉は、幸多たち真星小隊全員に向けられたものだ。
葡萄色の頭髪を長めに伸ばしており、緑色の虹彩が鋭い視線を生み出している。背丈は平均程度だが、筋肉質な肢体は鍛え上げられたものであり、堂々たる体格である。
漆黒の導衣には当然のように第七軍団の団章が輝き、煌光級三位を示す星印が、彼女の魔法技量の高さを見せつけるようだった。
第七軍団の杖長の一人であり、同時に第七軍団を代表する導士の一人だ。
彼女が隊長を務めるロックハート小隊には、彼女のお眼鏡にかなった人材が揃えられているという。
杖長ということもあって戦団の内外において知らないものはいないくらいの知名度を誇るが、幸多は、今回の任務に当たるまで直接対面したことがなかった。
幸多が戦団に所属し第七軍団に入っていながら、軍団での活動というものがほとんどなかったからだ。
なにかしら事件に巻き込まれるか、それ以外では訓練ばかりだった。
初任務では成井小隊の一員として行動したが、思い返せばそれくらいではないか。それも決して良い想い出ではない。
とても辛く、悲しい記憶だ。
だが、忘れられない記憶でもある。
バアルと遭遇し、なにもできないまま命が散っていく様を目の当たりにしたのだ。
忘れるわけにはいかなかった。