第七百二十話 出撃、真星小隊(二)
「さっきからケットシーばかりだね」
黒乃は、獣級幻魔の死骸を見下ろし、つぶやいた。
真星小隊結成後の初任務だ。
彼は、気合いを入れて任務に当たっているのだが、出てくる幻魔が全て下位獣級幻魔ケットシーだということが多少、気にかかった。
「ケットシーの巣があったりしてな」
「そんなのあるの?」
「しらね」
「また適当なことを」
「あるかもしれないよ」
黒乃が兄の軽口に憮然とするのを見て、義一がいった。
真星小隊の四人は、ケットシーの群れとの戦闘を終えたばかりだったが、既に次の地点に向かって移動を始めていた。
真白、黒乃、義一は導衣を身につけている。いずれも黒を基調としつつもそれぞれ形が異なっているのは、導衣は個人の好みに合わせて改造することができるからだ。
自分の好みや、戦術、任務に合わせて、導衣や法機などの装備を改良、変更するのは、導士ならば当たり前のことだった。
その上で、三人の導衣には第七軍団の団章が浮かび上がっている。
黒地に銀の月という紋章である。
幸多は、闘衣の上から鎧套・銃王を身につけているのだが、そのどちらにも当然のように第七軍団の団章が浮かび上がっている。
そして、幸多が現在身につけているF型兵装は、衛星拠点への出発に先立ち、イリア率いる技術局第四開発室が用意してくれた最新型であった。
第二世代型闘衣・天流は、第一世代型闘衣・地流に手を加え、あらゆる機能を強化、改修したものである。幸多の身体能力の向上に合わせただけでなく、幸多の体内に潜む分子機械との連動も考慮しているという。
幸多の体内の分子機械は、幸多の身体能力を向上させ、自然治癒力を極限にまで高めている。
分子機械が常時細胞を大量に生成し、新陳代謝を続けているからこそ、幸多は肉体を維持できているのであり、その分子機械を上手く活用することができれば、闘衣や鎧套の性能を向上させることも不可能ではないのではないか。
イリアたち第四開発室は、即座に研究し、検証に検証を重ね、闘衣および鎧套、そして武器群に大幅な改良を加えたのである。
そうして完成したのが、闘衣・天流だ。
天流を身につけた幸多が実感したのは、さらなる体の軽さであり、打撃の威力の向上である。そして、身体能力が飛躍的に向上したことも、疑いようがなかった。天流を装備するだけでも問題なく幻魔と戦えるのではないかと思えるほどだ。
試作型の闘衣でも戦えていたのだから、不可能ではないのだろうが。
鎧套も全種、改造されている。
いま幸多が装備しているのは、銃王弐式と名を改めた銃王であり、以前の銃王よりも軽量化が図られている。その上で性能が向上しているのは、幸多の肉体に現れた特性、分子機械との連携を加味した結果なのだという。
導衣は、装着者の魔素や魔力を感知し、性能を向上させるという機能を持つ。導士が防型魔法を用いずともそれなりに防御力を持つことが出来るのは、そうした導衣の性能のおかげだ。
一方、闘衣や鎧套には、そういった機能はなかった。当然だ。幸多には魔素はなく、同様の機能を内蔵する意味がなかった。
しかし、幸多の体内に大量の分子機械が存在し、機能し続けているということが判明したのであれば、話は別だった。
それら分子機械が幸多の存在を維持し続けるためだけのものだとしても、とてつもない超技術の結晶であり、途方もない力を有しているということは明らかだ。
さらには、悪魔を殴りつけることができたという事実もある。
分子機械が発する熱と魔素の摩擦が生み出した青白い燐光。
それは超周波振動にも似た現象であり、であれば、利用できないはずはない、と、イリアは結論づけた。
寝る間も惜しんで行われた三日三晩に渡る研究の末、ついに窮極幻想計画《きゅうきょくげんそうけいかk》に活用する目処が立ったのだという。
そして、そこからは各種兵装の改造に時間を費やしたのだ。
そうして完成した各種兵装が、今まさに幸多の全身を包み込んでいる。
闘衣・天流、銃王弐式、二十二式突撃銃・飛電改。
飛電改もまた、その名の通りに改造された飛電であり、その性能たるや、大幅に向上いていることは一発撃った瞬間にわかった。
まず、発射音が小さくなった。
以前の飛電は、雷鳴の如き爆発音がしたものだが、飛電改の銃撃音は乾いた破裂音であり、広範囲に響き渡るということもなかった。
もし、以前のままの仕様ならば、飛電の銃撃音が大量の幻魔を引き寄せた可能性もあっただろう。
そして、当然のことながら、威力も向上している。
超周波振動弾自体に種類が増えたということも大きい。
今回幸多が用いているのは、直撃と同時に破裂し、一定範囲に破壊をもたらす炸裂弾である。
実際、通常弾ならば小さな穴を開けるだけだった一撃が、ケットシーの首を吹き飛ばすほどのものとなっている。
さらなる火力を得て、幸多は、攻手として申し分なくなったというわけだ。
「巣……か」
幸多は、義一の発言を受けて、周囲を見回した。
銃王弐式にも万能照準器が標準搭載されているだけでなく、ノルン・システムとの接続がさらに強固なものとなっており、魔素濃度や律像を視ることが可能となっていた。
魔素濃度は、迷いの森に足を踏み入れたときから大幅に増大しており、幻魔の位置を特定することは不可能だった。
ただし、万能照準器の性能では、だ。
「あっちに動態魔素が密集しているね。ケットシーの巣かもしれない」
義一がその黄金の眼を輝かせながらいったものだから、幸多たち三人もそちらに目を向けた。結晶樹の森の、進路とは異なる方角。
結晶樹の枝葉が無数に折り重なって天蓋を作り、幻想的な光景を生み出しているのだが、どこか禍々《まがまが》しく感じるのは、ここが魔界だという前提があるからかもしれない。
結晶樹は、まさに宝石のような結晶体の塊とでもいうべき物体だ。太陽光を浴びて、光り輝いている。故に陰鬱さは感じない。
「杖長、聞こえますか?」
『聞いてたよ、あんたたちの会話。ケットシーの巣があるかもしれないって話だね』
「はい。義一くんの目は確かだと思います」
『だろうね。そして、ケットシー程度ならあんたたちでも余裕だろうさ』
「それってつまり……」
『行ってみな。そっちのほうが、ロックだろ?』
「は、はい」
幸多は、瑠衣からの指示を受けて、部下たちを見回した。
「ロック?」
「そうかなあ?」
瑠衣の発言を受けて九十九兄弟が顔を見合わせるのは、これで何度目だろうか。
荒井瑠衣は、その判断基準にロックかどうかを置いている、らしい。
そして、彼女は、今朝、幸多と初めて会ったときから気に入ってくれているような様子を全身で現してきたものである。
幸多こそロックの体現である、などと言い出してきたときには、さすがの幸多も頭を抱えかけたものの、瑠衣が気難しい上司などではなかったことには感謝した。
「まあ、なんだっていいんじゃないかな。真星小隊の初任務なんだ。それなりの戦果は持って帰りたいよね」
「そりゃあ、まあ」
「うん。そうだね」
「確かに」
幸多は、義一が軌道修正してくれたことに感謝しつつ、彼の視線の先へと足を踏み出した。
慌てて、真白が先頭を行く。
その後ろを黒乃が進み、義一、幸多の順番で隊列を作っている。
最後尾を幸多が行くのは、万が一にも後方からの奇襲が遭った場合に幸多ならば対応できると考えたからだ。
魔法は、発動までにどうしたところで時間差が生じる。
しかし、幸多の場合は、瞬時に迎撃することが可能だ。
もちろん、法機や導衣に仕込んだ簡易魔法を使えば、対応も可能なのだろうが。
万一に備えるのは、当然のことだ。
やがて、義一の真眼が、分厚い霧のような静態魔素の濁流を突破するのを認めた。
そして、動態魔素の密集地帯へと至る。
そこは迷いの森の真っ只中に穿たれた窪地であり、その影に無数の赤い光点が瞬いていた。
幻魔の眼光だ。