第七百十九話 出撃、真星小隊(一)
林立する結晶樹の影から影へ。
獣級幻魔ケットシーがその小さな体を飛び移らせていく様を目の当たりにしたときには、幸多は飛電の引き金を引いていた。
撃発と同時に鳴り響くのは乾いた破裂音であり、閃光のように虚空を貫くのは銃弾である。そして、その銃弾はケットシーが今まさに別の木陰に飛び移ろうとしたところを捉え、眉間を撃ち抜いた。
(直撃っ)
ケットシーの小柄な頭が、超周波振動弾の炸裂によって吹き飛ぶ様を見届けるまでもなく、さらに銃弾を撃ち込む。
幻魔は、どれほど矮小であろうとも、魔晶核を破壊しない限り活動をし続ける。
頭部を復元することくらい、あまりにも容易い。
人間やその他の生物ならば致命傷となるほどの痛撃も、幻魔には、毛ほどの痛みにもならないのだ。
合計三発の銃弾がケットシーに着弾し、その肉体を粉々に打ち砕いた。魔晶核に致命的な一撃を叩き込むことに成功したのは、魔晶体が崩壊したことからも明らかだ。
「三体目」
「さっすが隊長!」
幸多の声に反応してきたのは、真白だ。
彼は、真星小隊の防手として先陣を切っており、この結晶樹の森の真っ只中で防型魔法を展開していた。
そして、真星小隊の面々は、真白の防型魔法をこそ頼りに、この森の中で戦闘行動を続けているのだ。
九月四日。
衛星任務の初日である。
昨日、第九衛星拠点に到着したばかりの真星小隊一同は、その日一日を休養に当て込んだ。
普段ならば休養日にも訓練を行いがちだが、夏合宿を終えたばかりということもあってなのか、休むということにすら貪欲になれたのは、良い傾向だっただろう。
導士にとっては、休養も大事な仕事だ。
肉体だけではない。
精神の休息も、時には必要なのだ。
常に戦い続けることも、鍛え続けることも、人間には不可能だ。いずれどこかに無理が生じ、破綻が起きる。
そういう導士を数多く見てきた、とは、美由理の言葉だ。
美由理が星将にまで上り詰めることが出来たのは、類い希な魔法の才能があるということもそうだが、しっかりと休養を取ってきたからでもあるのだ。
物凄まじい特訓の日々の最中にそんな話を聞けば、幸多たちの考え方も変わるというものである。
休養の重要性を思い知った、ということだ。
そして、休み明けの今日、初めての衛星任務に赴くこととなった。
この結晶樹の森は、第九衛星拠点の北東部に広がる広大な樹海である。
混沌の大地たる空白地帯を埋め尽くすかのように横たわる結晶樹の森は、高低差が激しく、複雑に入り組んだ地形もあり、迷いの森などとも呼ばれているらしい。
実際、過去、何人もの導士が森の中で自分の居場所を見失ったといい、何時間もの間さ迷い続けたという。
それは、この結晶樹の森の中では、現在地を確認するのも困難だから、であるらしい。
この迷いの森は、結晶樹と呼ばれる魔界特有の樹木が所狭しと生えており、どこもかしこも似たような景色だった。複雑な地形なのだが、しかし、どこもかしこも似たような風景であるため、道に迷うのも致し方のない話だった。
しかも、大量の結晶樹が密集しているということによって、はぐれ、さ迷う導士の魔力を検知するのが困難なのだ。
だから、はぐれないように小隊全員足並みを揃えて行動するように、と、真星小隊は指示を受けていた。
小隊での活動そのものは初めてではない。
義一などは何度となく小隊任務を行っているし、九十九兄弟も、散々小隊から弾き出されたとはいえ、任務そのものは何十回も行っているのだ。
幸多にしても、そうだ。
初任務で小隊が壊滅する様を目の当たりにした幸多だが、八月の合宿中には、小隊任務を行っている。
そのときの臨時教官を務めた杖長を中心に組まれた小隊には、合宿仲間である金田姉妹、菖蒲坂隆司も編成された大所帯だった。
それもまた合宿の一環だったのであり、夏合宿が幸多たちをただ鍛え上げるためだけのものではないことがわかるだろう。
幸多たちを一人前の導士にすることこそ、夏合宿の最大の目的だったのだ。
さて、真星小隊は、今回、第七軍団杖長・荒井瑠衣を隊長とする小隊ロックハートと任務をともにしている。
小隊長である幸多にとって初めての衛星任務ということもあり、美由理が気を回してくれたのかもしれない。
現在、荒井瑠衣率いるロックハート小隊が先行しており、真星小隊は、その後を追いかけるようにして、この迷いの森の真っ只中を駆け抜けているのだ。
そして、幻魔を発見次第撃破する、というのが、今回の任務だった。
『やるじゃないか、皆代輝士! ロックだね!』
「は、はあ」
幸多は、通信機越しに聞こえてきた荒井瑠衣からの賞賛の声に生返事を浮かべながら、黒乃の攻型魔法がケットシーを粉砕する様を見ていた。
真星小隊は、四人編成の極めて平凡な構成の小隊だ。
つまり、攻手二名、補手一名、防手一名という編成である。
攻手は、幸多と黒乃が務める。これは、黒乃が攻型魔法を得手としていることもあれば、幸多の武装が攻撃向きだからだ。
補手は、義一が名乗りを上げた。
『この四人なら、ぼくしかいないんじゃないかな』
彼は当然のように告げたものだったし、誰も異論を挟まなかった。義一ほどの魔法技量の持ち主ならば、どんな役割でもこなせるに違いない。
そして、防手は、先程も述べた通り、真白である。
真白が展開する広域防型魔法は、真星小隊の要といっても過言ではなかった。
防手は、小隊の先陣を切ることが多い。もっとも守りが堅く、防御魔法の得手である防手が、幻魔の存在を確認する役割をも担うのだ。仮に幻魔に発見され、奇襲を受けたとしても、防手ならば耐えられるからだ。
防手が敵を集め、攻手がその敵を撃破する。補手は、その間、様々な役割を持つ。傷ついた仲間の治癒や、補型魔法を駆使し、戦闘の援護を行ったり、あるいは攻撃、防御にと、様々にだ。
だからこそ、義一のような万能な魔法士が補手に向いている。
「四体目!」
「さっすが弟!」
「さっきからそればっかりだね」
「仕方ないだろ!」
真白は義一の茶々《ちゃちゃ》に声を荒げつつも、小隊が集うのを待っていた。
真白が小隊の先頭に立っているからだ。
防手は、小隊任務における要だ。視野を広く持たなければならないし、仲間のことをよく見ていなければならない。ただ闇雲に先陣を切ればいいというわけではないのだ。
真白は、そんなことが自分に出来るものなのか、疑問だった。
自分の性格はよく知っている。せっかちで直情的で激情家だ。特に黒乃のことになると制御が効かなくなるのは、明確な弱点だったし、欠点だということを理解している。
そんな自分に、防型魔法を得意としているという理由だけで、防手が務まるのか。
『賭けだぜ、それは』
真白は、幸多にいったが、彼は頭を振った。
『きみだから頼むんだ』
そういわれてしまったら、もうどうしようもない。
真白の脳裏には、真っ直ぐすぎるくらいの幸多の眼差しがいまもはっきりと残っている。
迷いの森の真っ只中。
頭上にこそ青空が覗くものの、そんなものでは現在地を特定することはできない。
ヤタガラスを自動操縦で飛ばしているものの、それも当てになるものか、どうか。
(まあ、今回は杖長が一緒だからな)
真白は、多少、楽観的になりながら、しかし、緊張感を忘れないようにもしていた。
ここは、空白地帯。
魔界のただ中だ。