第七十一話 草薙真(二)
「おれがきみを斃し、このくだらない茶番は仕舞いだ。すべて御破算。戦団の目論見も、観衆の興奮も、市民の熱狂も、なにもかもが水の泡。そうだろう。だれがこのような惨状を喜ぶ? だれも喜ぶまい。誰一人、おれの勝利を、おれだけの優勝を褒め称えはしない」
草薙真は、七支刀を翳したまま、そんなことをいってきた。
幸多には、彼がなにをいいたいのか、さっぱりわからなかった。
幸多の目には、草薙真の才能の素晴らしさしか映らなかったからだ。
才能だけではない。その実力、技量たるや、才能にあぐらをかいたものが身につけられるものではなかった。どれだけ希有な才能を持っていようとも、その上にあぐらをかき、努力を怠れば、瞬く間に錆び付き、使い物にならなくなる。
弛まぬ努力に基づく、血反吐を吐くような鍛錬と研鑽の賜物に違いなかった。そこに疑問を挟む余地はない。
魔法を使えない幸多にも、それだけはわかる。
努力を重ねなければ辿り着けない境地というものがあるのだ。
そうした努力の形跡は、会場にいる観客や、テレビを通して観戦しているだろう一般市民には伝わりづらいかもしれない。
だが、対抗戦を人材発掘の場と見ている戦団のお偉方や、熟練の魔法士たちからは、はっきりと、草薙真の実力の凄さがわかるはずだ。
幸多ですらわかることが、その道の熟練者にわからないわけがない。
だから、彼の恨み言が、幸多には理解できないのだ。
彼はきっと、評価される。
そんなことは、わかりきっている。だのに。
「そんなこと、わかりきっている」
草薙真は、そう断言したが、幸多は即座に否定した。
「ぼくにはわからないな」
「なに?」
「きみは、凄いひとだ。きみがここまで叢雲高校を牽引してきたのだろうし、実際、閃球における得点源はきみ一人だった」
幸多が思ったことを口にすると、草薙真は、虚を突かれたような顔をした。そのとき、その瞬間の表情は、年相応、いや、それ以上に幼く見えた。
「……そうならざるを得なかったのは、きみらのせいだ」
「ん?」
「天燎が競星で一位を取り、閃球で大量得点するから、わざわざあれだけの得点と取って、引き離す必要が出てきてしまった。当初の予定とは大違いだ」
「……なるほど」
草薙真の言を信じれば、彼は、競星と閃球には本腰を入れるつもりがなかったのだ。幻闘で全ての決着をつけるつもりでいたに違いない。
だが、今大会は彼らの予定とは大きく異なる推移となってしまった以上、閃球で少しでも得点を稼がなければならなくなった。それが彼には、多少なりとも腹立たしいのかもしれない。
「だが、結果は同じことだ。おれが全てを終わらせてやる。この対抗戦という茶番を台無しにしてやる」
「台無しにはならないと思うよ」
「なるさ」
草薙真が、七支刀を天に翳した。
幸多は、地を蹴る。一足飛びに間合いを詰めようとしたのだ。が、七支刀の七つの切っ先が火を噴き、無数の熱光線となって降り注ぎ、幸多の視界を遮るほうが早かった。熱光線は、まるで光の滝だった。
七支刀の切っ先から直線上に放たれ、すぐさま曲線を描き、地上へと落下する。無数の光線が地面に直撃し、炸裂して粉塵を撒き散らす。けたたましい爆音が連鎖し、鼓膜が破れるのではないかと思うほどだった。
しかし、幸多は、傷ひとつ負っていなかった。
草薙真への進路を光の滝に遮られた瞬間、右に飛んで躱したからだ。
(躱した?)
幸多は、自分の導き出した結論にこそ、疑問を持った。
草薙真の七支刀は、擬似召喚魔法によって生み出された魔力体、つまり、剣の形をした魔力の塊だ。その形が彼にとってもっとも想像しやすく、使いやすいからこそ、七支刀という形状なのだろうが、その七つの切っ先は、いまもなお熱光線を発していた。
無数の熱光線が上空へ向かい、急角度の曲線を描いて、地面に降り注ぐ。
そこに幸多はいない。
あるのは破壊され続ける地面だけだ。光の雨によって地面が抉られ続け、爆煙が立ちこめていた。粉塵が舞い上がり、視界が遮られる。
熱光線は、幸多を狙っていない。
「きみは、なにをした?」
濛々《もうもう》と立ちこめる粉塵の向こう側から、草薙真が幸多に問う。草薙真にも、七支刀が幸多を攻撃していないことがわかっているのだ。
当然だった。
幸多は魔法不能者で、防御魔法を使うこともできなければ、防御魔法に守られている状態でもなかった。仮に防御魔法が幸多を包み込んでいたとしても、あれだけの熱光線を浴びれば、瞬く間に貫かれ、幻想体の損壊によって天に昇ったことだろう。
だが、そうはならなかった。
幸多は、いまもなお降り注ぐ光の雨と、立ちこめる粉塵の向こう側に、草薙真の姿を見据えている。
「なにも」
幸多は、そういった。
実際、その通りなのだから仕方がなかった。
なにもしていない。なにもできるわけがない。幸多は魔法不能者で、完全無能者なのだから。
そして、完全無能者だからこそ、幸多は、無傷で突っ立っている。
幸多は、そう確信した。
「ふざけたことを」
「なにかをしたとすれば、きみのほうだよ」
幸多は、草薙真が七支刀の切っ先をこちらに向ける様子を見ていた。だが、彼がいくら七支刀を幸多に向けようとも、切っ先が放つ熱光線は、幸多にではなく地面に向かっていく。
大地を叩き割り、爆砕していく。
まるでこの戦場そのものを根底から崩壊させようとでもしているかのようだ。それほどまでの勢いがあり、威力がある。
とてつもなく強力な魔法だった。
彼は、それを擬似召喚魔法といった。
極めて高度な技量を必要とする魔法であり、その魔法の設計図を組み上げるため、想像力を確かな物とするために三十分という時間を要したのだ。叢雲がそのために一致団結し、時間を稼いだ。そして完成し、発動した魔法は、おそらく草薙真の想像通りの働きをしたことだろう。
彼が発動した擬似召喚魔法は、七支刀という形を取り、切っ先から無数の熱光線を放出し続けた。戦場にいる全ての対象を射貫き、撃ち抜き、吹き飛ばして、徹底的に破壊していったのだ。
誰一人、その破壊の嵐から逃れる術はなかった。
誰一人として、抗うことが出来なかった。
黒木法子ほどの魔法巧者ですら、自分の身一つ守り切れず、七支刀の熱光線によって撃破された。誰も彼もやられてしまった。
それも致し方がなかった。
それほどの威力と精度、そして攻撃範囲を誇る、とんでもなく強力かつ正確無比な魔法だったのだ。
これには、賞賛の言葉しか思い浮かばないというのが幸多の正直な感想だった。
しかし、草薙真は、ただ一つだけ、理不尽としか言いようのない間違いを犯した。
幸多は、拳を握り締め、力を込めた。草薙真がどれだけ七支刀を振り翳そうと、魔法の向かう先は幸多ではない。全く逸れて、地面に向かっていく。
目標が存在しない以上、もっとも膨大な魔素が蓄積しているであろう大地に向かうのは、七支刀という魔法の仕組みから考えれば、当然の帰結だったのだろう。
幸多は、前へ、踏み込む。真との距離を一瞬にして詰めようとしたのだが、しかし、それは叶わなかった。真が魔法の剣を振り回し、際限なく放たれ続ける熱光線で壁を作ったからだ。
熱光線がたとえ幸多に向かわなくとも、剣の使い方次第では直撃させることだってできるはずだ、と、真が考えたのかどうか。
いや、そうではなかった。
真は、既に七支刀を手放していた。
空中に投棄された七支刀は、ただ地面に向かって熱光線を放ち続ける。爆音と爆煙が撒き散らされるが、そんなことは知ったことではないというように、真が右の手を幸多に翳す。
「焔撃!」
真の右手の先に巨大な火球が生じ、幸多に向かって飛んでいった。が、幸多は、瞬時に左に飛んで、火球を回避する。熱風が頬を撫でた。
熱光線によって常勝した気温のせいで、とっくに全身汗だくだったが。
火球は、幸多の後方で方向転換し、そして、地面に激突して小さな爆発を起こした。
その光景を見届けたわけではないが、なにが起こったのかは、幸多には、想像がついた。
七支刀と同じ現象だ。




