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第七百十八話 統魔、家に帰る(三)

「まさか統魔とうまが女の子を二人も連れてくるだなんて、母さん、本当に驚いたわ」

「あのね、母さん。二人はおれの部下で――」

「もちろん、知っているわよ。冗談に決まっているでしょう。なにを勘違いしているのかしら、この子」

「えーと……」

「統魔のお母様って面白いひと?」

「そうかもしれませんね?」

 ひそひそとささやき合うルナとあざなの声を聞きながら、統魔は、二人を連れてきたのはやはり大失敗だったのではないかと思わないではなかった。

 四人がいるのは、皆代みなしろ家の居間である。

 大きなテーブルを囲んでいるのだが、そのテーブルの上には山盛りの手料理が並んでいた。いずれも奏恵かなえが腕によりをかけたものばかりであり、それを目の当たりにするなり、ルナは目を輝かせたものである。

 ちょうど、夕食時だった。

 窓の外は赤く燃えているような空模様であり、直に日が沈みそうな気配があった。気温も少しずつ下がっていることだろう。

 皆代家の居間は、冷房がしっかりと効いていて、汗をかくことすらなかったが。

 そんな室内にあって熱気を帯びているのが、出来たての状態が維持された手料理の数々だ。最新とはいえないまでも決して古くもない魔具まぐが、料理の鮮度や状態を保存し、維持してくれているのである。

 魔法社会様々とはまさにこのことだが、こうした魔具も、幸多こうたが小さい頃は使わなかったのが皆代家だった。

 今となっては使うことに躊躇ためらいがなくなったのは、幸多が魔法社会でも存分に生きていけることを証明したからにほかならない。

「それにしたって……」

 統魔は、テーブルの上に並べられた食器の数々と、それらに盛り付けられた料理の山々に呆然とする気分だった。まさに料理の山岳地帯である。様々な種類の料理が、それぞれ山のように用意されているのだ。

 とても一晩で食べきれる量ではなかったし、数日は保つのではないかと思えるほどだった。

「……いくらなんでも量多過ぎだよ、母さん」

「幸多なら食べてくれるんだけどなー」

 奏恵が統魔を見る目は、期待に満ちている。

「そりゃあそうだけどさ」

「じゃあ、わたしが残さず食べます! お母様!」

「まあ、なんて頼もしいの! お母さん、嬉しいわ」

「……頼もしいのかよ、嬉しいのかよ」

 奏恵がルナの大食いぶりを囃し立てるものだから、統魔は、小さくつぶやくしかなかった。

 ルナが大食いだということは、統魔が奏恵との通話やヒトコトのやり取りの中で教えてあったし、だからこそのこの料理の数々なのだろうが、それにしても、と思わざるを得ないのが統魔だ。

 無論、統魔も食べたし、どれもこれも絶品だった。

 久方ぶりの母の手料理は、涙が出るほどに美味しかったし、感動ものだった。

 その点で、統魔は実家に帰ってきて良かったと心底想ったものである。

 とはいえ、料理が多すぎた。

 もしルナがいなければどうなっていたものか、わかったものではない。

 ルナは、それこそ周囲の食欲すらも食い尽くすほどの勢いで食べているのだが、それらが彼女の華奢きゃしゃな体のどこに消えているのか、さっぱりわからなかった。

 どれだけ食べても全く肥大する気配がない。

 そのことが字や香織かおりうらやましがられているのだが、ルナからすれば、それはそれで喜ばしいこととは思えなかった。

 美味しいご飯をたくさん食べられることは、幸福だ。いままさに幸福の絶頂の中にいたし、食事をしている限り、なんの不安を抱くこともない。

 腹が満ちている間も、そうだ。

 その間、ルナを悩ませるものなど一つも無いのだ。

 しかし、満腹感が去り、幸福感が消えて失せ、思考力が復活してしまうと、やはりこれほどの大食いは、人間のそれではないと考えてしまうのである。そして、悪循環の堂々巡りが始まるのだ。

 が、いまは、多幸感に満ちたまま、様々な料理に手を伸ばしているだけだ。

 そんなルナの幸せそうな顔が、奏恵にはたまらなく愛おしく思えた。まるで娘が増えたような感じがある。

 ただでさえ息子が増えたばかりだというのに、だ。

 最近になって増えた息子とは、無論、九十九つくも兄弟のことだ。

 伊佐那いざな家本邸で生活をともにしていたこともあれば、二人が幸多と仲が良かったということもあり、奏恵も真白ましろ黒乃くろのの兄弟を特別可愛がっていたのだが、その結果、二人は奏恵のことを母のように慕ってくれるようになったのだ。

 奏恵も、自分の子供が増えたみたいで嬉しかったし、だから、際限なく甘えてくる二人を甘やかし放題にして、美由理みゆりから怒られたりしたことは、記憶に新しい。

 その二人が幸多の部下になったという報せが、数時間前に届いた。

 それも、奏恵にとっては嬉しい報せだったが、複雑な気分ではあった。

 九十九兄弟は、奏恵の前では、それこそ幼子のようだった。そんな二人を戦場に送り出すことになるのが、辛いのだ。

 無論、導士にそのような感情を抱くほうがどうかしているということは理解しているのだが。


「そういえば、赤羽あかばさんが閉院したのは聞いているかしら?」

 不意に奏恵が予期せぬことを言ってきたものだから、統魔は、箸を止めた。

 奏恵の言う赤羽さんとは、赤羽医院への親しみを込めた通称であり、かつては統魔の実父である赤羽亮二(りょうじ)が院長を務めていた診療所だ。

 総合魔法医療をうたう診療所は数あれど、赤羽医院の赤羽亮二は名医として知られていた、という。

 元々体調に問題を抱えていた奏恵は、赤羽亮二の腕を見込んで通院していたといい、身籠みごもったことが判明したのも、定期検診でのことだった。そして、奏恵の胎内の子供が完全無能者であることが判明したのである。

 赤羽亮二が手を尽くしたからこそ奏恵は幸多を出産することが出来たという話だったし、幸多が生きていられるのも赤羽亮二の手腕と技術力があればこそだ、というのだが。

 統魔には、赤羽亮二に関する思い出がない。

 実の父だというのに、見ず知らずの赤の他人のような感覚さえあった。

「ん? ああ、聞いてるよ」

「理由、知ってたりしない?」

「それは……わからないな」

 奏恵は、統魔が言葉をにごしたことから、なにかを知っているのではないかと思ったものの、そのことを追求しようとはしなかった。

 追求したところで、はぐらかされて終わりだ。

 統魔は、導士なのだ。仮に何か赤羽医院に関する情報を知っていたとして、奏恵に話してくれるわけもない。

「……幸多のこともあるでしょ。これから、幸多の定期検診はどうすればいいのかしら」

「幸多のことなら、技術局と医務局に任せておけばなんの心配も要らないよ。幸多のための特別チームが組まれたって話、聞いただろ?」

「そうね。安心していいのよね」

「大丈夫だよ。幸多のことは、なんの心配もいらない」

「ええ。大丈夫よ、ね」

 奏恵は、自分に言い聞かせるように言った。しかし、胸中に浮かぶのは、幸多に関するいくつもの不安だ。

 幸多にはいくつもの不思議がある。

 最たるものは、完全無能者という点だが、それ以外にも色々と幸多の体には普通ではありえないことが起きていた。

 奏恵は、赤羽医院が閉院した理由が幸多に関連することなのではないか、と、疑っていた。

 ただ閉院したのではないからだ。

 戦団によって接収されており、敷地内の全てが戦団の管理下に置かれているという話だった。

 

「戦団による接収か」

 統魔は、夜の闇に包まれた御雷山みかづちさんんの真っ只中にあって、赤羽医院が廃墟同然に沈黙している様を見ていた。

 実家での母との食事会を終えた統魔は、腹一杯で身動きの取れないルナを字に任せ、一人、赤羽医院を訪れたのだ。

 戦団の管理下に置かれた施設に導士だからといって勝手に入れるはずもない。

 なぜ、閉院することになったのか、なぜ、戦団に接収される羽目になったのか。

 そこに幸多が関連しているのかどうか。

 なにもかも、統魔にはわからないことばかりだ。

 幸多ならば知っているかもしれないが、聞いたところで意味はないだろう。

 おそらくは重要機密であり、いくら統魔相手とはいえ、幸多が口を滑らせるとは思えない。

 統魔は、人っ子一人いなくなってしまったかつての我が家の成れの果てを見つめながら、小さく息を吐いた。

 思い入れなど一つもない。

 だから、心がざわつくこともないのだが。

「おれは……ここで生まれたんだよな」

 統魔は、墓標ぼひょうのように聳え立つ赤羽医院の建物を見つめながら、やはり感慨のわかない事実にむなしさすら覚えた。


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