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第七百十五話 第九衛星拠点

 第九衛星拠点は、全十二の衛星拠点の中でもっとも北に位置している。

 出雲市いずもしの北方に横たわる空白地帯に建造された城塞じょうさいであり、堅牢強固けんろうきょうこな城壁によって四方を護られた敷地内には、基地きち兵舎へいしゃなど、様々な建物が存在する。

 医療施設、訓練施設のほか、日夜衛星任務で精神を磨り減らす導士たちが心身を休めるための遊興ゆうきょう施設も充実している。

 義一ぎいちからそんな説明を受けながら幸多たちが向かったのは、兵舎である。

 第九衛星拠点の兵舎は、城壁内の北側に立ち並んでおり、そこに最大一千人の導士が生活することができる。

 もちろん、衛星拠点に滞在しているのは、戦闘部の導士だけではない。

 医務局や技術局、情報局の導士もいれば、戦闘部と同じ戦務局に属する作戦部からも複数名の情報官が衛星任務に随行しているのだ。

 そして、それらの導士たちもまた、月毎の交代制であり、故にこそ、戦団に所属するということは死にに行くようなものだ、という声があるのだ。

 衛星拠点ほど死に近い場所はない。

 空白地帯には大量の幻魔が跳梁跋扈ちょうりょうばっこしており、いつ何時なんどき、拠点が攻撃されるのかわかったものではないのだ。

 先日、大規模な戦闘が起きたばかりだ。

 戦闘部に所属していないというのに衛星任務に行くことが決まったがために退職届たいしょくとどけを出すものがいたとしても、誰も責められないし、責めなかった。

 誰だって自分の命は惜しい。

 命をけて最前線で戦い続けている戦闘部の導士たちのほうが、異常なのだ。

「そういわれてしまったら、返す言葉もないよね」

 義一は、第三兵舎三階の通路を歩きながら、私見を述べた。

 戦闘部や作戦部の導士、情報官が衛星任務を嫌がるという話は聞いたことはなかった。

 戦闘部、作戦部は戦務局内の別部署だから、というのもあるだろうし、作戦部の情報官たちもまた、命懸けで職務に当たっているという感覚があるからだろう。

 情報官は、作戦部が立案した作戦、戦術を導士たちに伝えるだけでなく、任務中に適切な指示を行ったり、情報を共有するという重要な役割を持つ。

 自分たちの指示の一つ一つが導士たちの生死を分けかねないということもあり、情報官の使命感たるや凄まじいものがあった。

 だからこそ、衛星任務に随行することを名誉めいよとすれ、嫌がるようなことはないのだ。

 戦務局は、一丸となって、事に当たらなければならない。

 戦闘部の導士だけが戦っているわけではないのだ。

 もっとも、戦務局以外の、戦団に所属する導士の誰もがそのような覚悟の持ち主だというわけではなく、ごくごく一般的な感覚の持ち主がいたとしても不思議ではない。

「そりゃあ……まあ……」

 幸多は、義一の意見に異論を述べることさえできなかった。

 自分のこれまでを振り返れば、さもありなんとしか思えない。

 散々、命の危機に瀕してきたのだ。死にかけてきた。それこそ、奇跡的に助かったとしか言いようのないことばかりだ。

 そんな戦いの渦中に身を置くことになるかもしれないともなれば、即座に戦団を辞めると言い出すような人達がいたとして、誰がそれを責められよう。

 命は、一つだ。

 失ったらそれまで。

 死は絶対であり、覆すことなどできない。

「身勝手すぎる。誰だって死にたくねーっつの」

「そうだけど……でも……気持ちはわかるかな……」

「おれにはわからん」

「兄さん……」

 黒乃くろのは、真白ましろの投げやりな言葉になんと返せばいいものなのかわからず、口をつぐんだ。

「ここだね」

 義一が足を止めたので、幸多たちも止まった。三階の端だった。

「四人部屋だけど、良かったよね?」

「ぼくは構わないけど」

「おれもー」

「ぼくも……この四人なら」

「それなら良かった」

 義一は、安心すると、厳重げんじゅうに閉ざされた扉の取っ手に触れた。それだけで魔紋認証まもんにんしょうが働き、扉の鍵が外れる。

 魔紋認証は、固有波形に基づく認証形式であり、故に、絶対に欺瞞ぎまんすることはできないし、誤認することもなかった。

 固有波形は、その名の通り、魔素が持つ固有の波形であり、一人一人異なるものなのだ。全く同じ波形は存在せず、生涯を通して変化もしない。

 よって、魔法犯罪などが起きた場合には、現場に残留した魔素から固有波形を検出すれば、それだけで犯人を割り出すことが可能だった。

 魔法犯罪の検挙率がほぼ十割なのも、そのためだ。

 央都市民は、固有波形を央都政庁に登録しているものである。

 当然だが、魔素を持たざる幸多には固有波形は存在しない。擬似的に魔紋認証を行うための魔具を携帯端末にぶら下げており、それを使うことでどうにかこの魔法社会に順応できていた。

 魔法社会において、魔紋認証ほど便利で必要不可欠なものはないのだ。 

 部屋に入ると、広々とした空間が待ち受けていた。

「なんか、広いな?」

「うん。思ってたのと違うかも」

「戦団本部の兵舎よりも快適なんだよね、衛星拠点の兵舎って」

「そうなんだ?」

 幸多は、我先にと奥へ奥へと進んでいく九十九つくも兄弟を目で追いながら、靴を脱いだ。真白と黒乃の靴が土間に散らばっているので、直しておく。

 廊下も広ければ、左手にある洗面所も広い。浴室もあれば、もちろん、便所もある。

 廊下の右手に個室が二つ、並んでおり、ほかに二部屋、個室があるようだった。

 四人部屋とはつまり、そういうことらしい。

「おおー」

「良い感じかも」

 真白と黒乃の感想を聞きながら、義一が天井照明を点灯させると、柔らかな光が頭上から降り注ぐ。

 幸多は、三人に遅れて一番最後に奥の部屋に辿り着いた。

 居間である。

 大きなテーブルが部屋の中心にその存在感を発揮していて、ゆったりとした長椅子がその周囲を取り囲んでいる。

 大きな荷袋を適当に放り出した真白が長椅子に寝そべっていて、黒乃は、室内を見回していた。

 室内全体が清潔せいけつだった。塵一つ、埃一つ見当たらないほどであり、潔癖とさえいっていい。

 天井照明の光を淡く反射する水色の壁紙もまた、清潔感を助長しているように思える。調度品ちょうどひんの類も、綺麗だった。

 つい先日まで誰かが利用していたはずの部屋は、しかし、誰が使った様子も見当たらない。痕跡こんせき一つ残っていないのだ。

 兵舎の管理者によって完璧に手入れされているからだろうし、魔法を使えば、そんなことは容易いからに違いない。

「今日からここで一ヶ月、か」

「部屋は全部で四室。誰がどの部屋を使うか、どうやって決めようか?」

「そんなの適当でいいだろ」

「よくないよ」

「むー」

 そんなことを言い合いながら始まった真星しんせい小隊の最初の仕事は、部屋の割り当てを決めることだった。

 もっとも、結局じゃんけんで決まった順番で選ぶこととなり、幸多は一番奥の部屋となり、その隣が義一で、廊下の右手に並んだ二部屋に真白と黒乃がそれぞれ荷物を放り込んでいる。

「任務は明日から……だよな?」

「そうだね。今日一日は、ゆっくり休んだほうがいいと思う。訓練もしないで、ね」

「本当にそれでいいのかな?」

「疲れをため込むよりは、余程いいと思うよ」

 幸多は、黒乃の不安げな顔を見つめながら、柔らかく笑いかけた。黒乃が常になにかに怯えているような表情をしているのは、彼に自信がないから、ということではないはずだ。

 魔法技量においては、彼は並外れたものを持っているし、その事実を認識していないはずもなかった。

 黒乃生来の人柄によるところも大きければ、これまでつちかってきた経験や積み重ねてきた記憶によるところもあるに違いない。

 そんな彼を支えてあげることもまた、小隊長である幸多の務めだ。

 幸多は、黒乃が少しばかり明るい表情になったのを確認すると、大きく伸びをした。

 この三日間、特に何をしたということもないのだが、疲れが出ていた。

 気づくと、長椅子に横になっていたが、そうなってしまったらもう止められなかった。真白にからかわれるまま、眠りについた。

 夢を見た気がする。

 悪い夢ではなかった。

 だから、覚えていないのだろうが。


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