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第七百十三話 真なる星を目指して

 幸多こうたたち四人と龍野たつの小隊を乗せた輸送車両が央都大地下道おうとだいちかどうを走り抜け、出雲市いずもしの北側に広がる空白地帯へと至ったのは、戦団本部を出発して四時間程が経過してからのことだった。

 中天にあった太陽は、ゆっくりと傾いているが、それでもまだまだ高く感じられた。

 九月三日。

 夏が終わるには早すぎるし、日が落ちるまでの時間が長いのも頷けるというものだろう。

 央都おうと四市、いわゆる人類生存圏じんるいせいぞんけんを抜けると、そこはなにもかもが壊死し、赤黒く塗り潰された大地が横たわっている。

 空白地帯とは、〈クリファ〉と〈殻〉の狭間、〈殻〉と霊石結界セフィラけっかいの狭間に存在する、何者にも支配されざるまさに空白の領域のことだ。

 この地球上においては、空白地帯以外のほとんどの領域が何者かによって支配されていると考えていい。

 その何者かとは、無論、幻魔である。

 この天地の支配者として我が物顔で君臨くんりんしているのが、万物の霊長れいちょうを名乗る幻魔たちであり、その事実を覆すことなど今の人類では到底不可能だった。

 地球上には何十億、いや、何百億では足りないくらいの幻魔が満ちていて、それらが常に勢力争いを繰り広げているのが現状なのだ。

 幻魔が跳梁跋扈し、領有権を巡って闘争を繰り返す世界。

 故に、魔界まかいとも呼ばれる。

「ここが魔界……」

 幸多は、肉眼では初めて見る空白地帯の荒廃こうはいしきった有り様には、なんだか圧倒されるような気がした。

 赤黒く変色した大地からは一切の生気を感じ取ることはできず、なにもかもが死滅しているという話が事実なのだろうと思えた。

 生命の、万物の素ともいえる魔素まそが充ち満ちているというにも関わらず、だ。

「そう、ここが魔界。人類生存圏の外だよ」

 義一ぎいちは、幸多が窓の外の景色に熱中する様を見ていた。

 自分が初めて空白地帯を目の当たりにしたときのことを思い出したのだ。自分も、彼のように車の窓に張り付くようにして、外を見ていたものである。

 ただし、義一と幸多とでは、見えているものに大きな違いがあったはずだ。

 義一の眼には、膨大極まりない魔素がえている。

 それこそ、あらゆる生命が失われた大地からも、大量の魔素が溢れ出ていて、大気中の魔素と混ざり合って、より濃密なものとなっていく様がわかるのだ。あまりにも濃厚すぎて、吐き気を催しかねないほどだ。

 それらは、人類生存圏、つまり央都四市でも然程違いはない。

 ではなぜ人類生存圏に生命が満ちあふれているのかといえば、戦団が央都の土壌そのものに手を入れ、大幅に改良したからであり、魔界に適した自然環境を作ったからにほかならない。

 人類生存圏に存在するあらゆる生物が、魔導強化法まそうきょうかほうによってこの地上の、魔界の環境に適応しているのだ。

 だからこそ、人々も、それ以外のあらゆる生物、微生物も、存在できている。

 膨大な魔素に対抗しうるだけの魔素を生産し続けることによって、肉体を維持しているのだ。

 それができていないのは、幸多だけだ。

 彼だけが、魔素を内包していない。

 大量の魔素によって肉体を護るという、当たり前のことをしていない。できていない。

 義一の眼を通して視ても、幸多の体内には一切の魔素が見受けられなかった。彼が身につけている第七軍団の制服や下着だけが、微量の魔素を宿しているのだ。

 それなのになぜ彼が生きていられるのかについては、先日、義一だけは特別に説明を受けていた。

 幸多の体内に注入された大量の分子機械ぶんしきかいが、常に彼の肉体を維持するために活動しており、彼を生き長らえさせているのだ、と。

 そして、その分子機械と魔素の反発があの青白い燐光を生じさせているのではないか、という話も聞いている。

 義一が幸多の部下になったのは、彼の間近で、彼のことを見守るためだ。

 義一の真眼しんがんならば、彼の体内で起こるであろうなんらかの変化を見逃すことはないのではないか。

 淡い期待が重くのし掛かってくるような気がしたが、いまは気にしないようにした。

「なにもかもが死に絶えた世界で、我が物顔で歩き回っているのは幻魔ばかり。まさに魔界だ。幻魔たちの世界。ぼくたち人間こそが異分子いぶんしで、排除されるべき存在なのかもしれないね」

「幻魔の味方か?」

「まさか。ここが、この空白地帯が、人類生存圏にはなり得ないというだけのことだよ」

「なり得ない?」

「空白地帯は、〈殻〉と〈殻〉の、〈殻〉と結界の狭間にどうしようもなく生じるものだからね。こればかりは、本当にどうしようもないんだよ」

「本当かよ」

「結界を広げることは、できないのかな?」

「どうだろうね。結界に用いられるのは霊石と呼ばれる特別な力を持った石だ。霊石の力が、央都四市を護っていることは、きみたちだって知っているだろう?」

 とはいえ、霊石がどんなものなのか、義一以外の三人は知らない。見たこともないはずだ。

 霊石の存在そのものは公表されているし、霊石の結界によって央都四市が護られているということも、市民の誰もが知っていることだ。

 しかし、霊石がどのようなものなのかについては、重要機密として扱われており、公にはなっていない。

 霊石が生み出す結界は、〈殻〉の結界と同じだ。

 〈殻〉の結界が、殻石かくせきの承認を得ていない、殻印かくいんを持たない幻魔の存在を拒絶するように、霊石の結界もまた、霊石の承認を得ていない幻魔の侵入を阻む。そして、霊石は幻魔を承認することがない。

 当たり前だ。

 霊石は、戦団によって管理されている、人類生存圏の要石なのだ。幻魔の存在を容認するはずがない。

 ただし、結界内で生まれた幻魔の場合は、その限りではないという問題もある。

 〈殻〉内で誕生した幻魔が殻印を持つように、霊石結界内で誕生した幻魔は、結界への耐性を持つという。

 そして、結界は、幻魔の誕生を抑制できない。

 結界が出来るのは、無関係な幻魔の侵入を阻むことだけであり、それも絶対的なものではなかった。

 殻主によって命令を受けた殻印持ちの幻魔たちが、敵対する〈殻〉へと侵攻するように、なんらかの使命を帯びた幻魔の軍勢が、霊石結界に護られた央都四市へと攻め込んでくることはありえることだった。

「仮に霊石の力を増幅することができたとして、それで結界を広げることができたとしても、どうしたところで空白地帯は生じるものだよ。そして、無理にそんなことをしても良いことなんてひとつもないんだ。結界の力が弱まり、野良の侵入を許す可能性もある」

「むう……」

「ましてや、霊石がその力を失う可能性だってある。だったら、無理をさせる必要はないだろう?」

「そうだね」

 幸多は、義一の結論にただ頷くばかりだった。

 結界が失われた央都がどうなるのかなど、光都こうと事変の例を思い出すまでもなく想像がついた。

 空白地帯に生息する幻魔がよってたかって襲いかかってくるに違いないだろうし、周囲の〈殻〉から戦力が繰り出されてくる可能性も大いにあった。

 人類生存圏が、大規模幻魔災害とは比較にならない、未曾有の危機に陥るだろう。

「どれだけ結界を広げても空白地帯は存在し続ける。空白地帯を消し去るには、地球全土を一つの結界で覆う以外に方法はないし、現状、そんな途方もないことができるわけもない」

 義一は、空白地帯に満ちた大量の魔素が一方向へと流れていく様を見遣りながら、車外の風の強さを感覚として把握した。魔素が気流を、大気の流れを魏市に認識させる。

「ぼくたちは、できることからするしかない」

「できることから、か」

「そりゃあつまり、小隊名を決めることから、ってことか」

「ええ?」

「だって、そうだろ。小隊名が決まっていない小隊なんて、どう扱うってんだ」

「それは……確かに」

「一理あるね」

「だろ」

「兄さん……」

 真白の得意げな顔に、黒乃はなんともいえない気持ちになったりしたが、兄が嬉しそうなのでそれ以上なにもいわなかった。

 実際問題として、それはそれで重要なことではあったからだ。

 衛星拠点が目前に迫っている。

 真白が言ったとおり、小隊名も決まっていないような小隊など、放置されてしまうかもしれない。

 そんな焦りが、幸多の頭脳を最大限に回転させた。

 様々に提案しては、却下されたり、物議を醸しだしたりしたものの、いくつかの候補が定まった。そして、その候補の中からどれにするべきかと話し合い、ついに小隊名が決定した。

「まあ、それでいいと思うよ」

「ぼくも異論はないかな」

「幸多にしては上出来だな」

「なんだか散々な言われような気がするけど……まあ、いいか」

 幸多は、携帯端末から戦団の公式サイトに飛び、小隊名を記入した。

 真星しんせい小隊。

 星は、戦団の象徴だ。

 導士たちは戦団という宇宙で瞬く星々なのだという。

 そんな星々の中で最も強い光を放つ真なる星になる、と、幸多たちは小隊名に誓いを立てたのだ。


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