第七百十話 小隊結成(三)
「仕方がないよ。完全無能者なんだし」
幸多は、大荷物を椅子代わりにその場に座り込んだ九十九兄弟を見ていた。
二人の胸元に輝く第七軍団の団章は、いま、幸多の目には眩しいものとして映っている。
二人が第八軍団から移籍してきたことの証明がその紋章に現れているのだ。
戦闘部導士の制服は、黒を基調としつつも他の部署とは明確に異なる意匠であり、誰が見ても戦闘部の導士であることがわかるようになっている。
その上で、胸元や背中などの各所に浮かび上がる紋章が、所属する軍団ごとに異なっているのである。
そして、それらの紋章は、制服が生体認証によって自動的に変化するため、所属する軍団が変わったからといって、新たに制服を用意する必要がなかった。
余程のことでもない限り、軍団専用の制服や導衣などはないのだ。
「でもよお、いまをときめく皆代統魔様の兄弟様だぜ?」
「兄さん……」
「んだよ?」
「それじゃあ幸多くん自体に人気がないみたいだよ……」
「そりゃあ戦闘部の魔法士連中には受けないだろ」
「すっごい直球」
「事実だろ」
真白が真っ直ぐかつ避けようのない剛速球を投げつけてきたものの、幸多は、そんなことでたじろいでいる場合などではなかった。
彼の言ったことは、一言一句間違いではない。
事実として、幸多の隊員募集に乗ってきたのは、幸多のひととなりをよく知っている九十九兄弟だけなのだ。
それに、二人が隊員になってくれる理由こそ、幸多の能力よりも、人柄にあるようだった。
幸多ならば、自分たちを受け入れてくれるのではないか――そんな想いが、二人からは感じられた。そして幸多は、それでも良かった。
何せ、幸多は、二人を評価しているからだ。
合宿を通して、二人の魔法技量の素晴らしさ、戦闘能力の高さをこれでもかと理解したのだ。
だから、幸多は、どんな理由であれ、小隊の一員になってくれることを喜んでいた。
また、幸多のことを全く知らないほかの導士たち、魔法士たちからすれば、魔法不能者を小隊長に仰ぐ理由がないということは、道理だとも思うのだ。
当たり前の、ありふれた結論。
だが、だとすれば、問題だ。
「事実だけどさ」
「もう少し……言い方とか考えようよ……」
幸多はただ困ったような顔をしているが、黒乃は、兄の歯に衣着せぬ物言いはやはり心臓に悪いと思うのだ。
だからほかの小隊でやっていけなかったというのに、幸多の器の大きさ、懐の広さに甘えて言いたい放題いっていいわけではあるまい。
とはいえ、真白に注意したところでどうにもならないこともわかっているから、黒乃は、頭を抱えたくなるのだが。
「言い方ってなんだよ。嘘はつけねえぞ」
「別に嘘をついてほしいとか、そういうことじゃなくて」
「じゃあどうしろってんだ」
「ええと……」
幸多は、九十九兄弟が言い合いを始めたのを止めようとはしなかった。いつものことだ。二人の口論は、余程のことでもないかぎり、これ以上激しいものになったりはしない。
じゃれ合っているだけなのだ。
幸多がその事実に気づいたのは、合宿中のことだった。
そう考えれば、あの合宿があればこそ、二人を隊員として迎えることになんの問題も感じないのだろうと思ったりもした。
そうしていると、本部棟から正午を報せる音色が鳴り響いた。本部棟の大食堂や、各施設内の飲食店が混み始める頃合いである。
そしてそれは、同時に幸多にある決定的な事実を突きつけるものでもあった。
「時間だな」
幸多が携帯端末を確認したのは、後一人でも入隊希望者がいないものかと思ったからだ。しかし、残念ながら通知はなかった。故に彼は懐に携帯端末を収め、駐車場に視線を向けた。
既に大半の車両が動き始めていた。
時間が来たのだ。
三つの軍団の導士たちを乗せた大量の車両が、出発するための順番待ちさえしている。
「時間って?」
「制限時間。今日の正午の便で、最後だからね。第七軍団の移動」
「なるほど。で、それがなんなんだ?」
「間に合わなかった、ってこと」
「なにが?」
「小隊結成が、だよ」
幸多は、それを言葉にするのが少しばかり悲しくて、悔しかった。
仕方のないことだと言うことは、わかりきっている。
自分が何者なのかを考えれば、当然の帰結だった。
魔法不能者にして完全無能者。
そんなものを隊長とする小隊に入りたがる導士など、そういるものではない。
しかし、それでも、期待した。
期待するくらいは構わないはずだと想った。
実際、期待を上回る出来事が起きたのだ。
九十九兄弟が隊員になってくれるなど、想定外どころの騒ぎではない。
だが、結局、小隊結成に必要最低限の四人には満たなかった。
「それは、残念だな」
不意に、爽やかな風が吹いたのは、幸多の気のせいではあるまい。
柔らかな声は、気品さえ感じられるほどのものだった。
「ぼくも小隊に入れて欲しかったんだけど」
振り向けば、声音に相応しい優雅さを持った少年がそこに立っていた。幸多たち同じ第七軍団の制服を身につけた少年。
伊佐那義一である。
彼の黄金色の瞳が、幸多をまっすぐに見つめていた。透き通った黄金は、すべてを見透かすかのような輝きを帯びている。
「義一くんが!?」
幸多が思わず声を上擦らせると、それを聞き、また間の抜けた表情を見て、真白が怒気を発した。
「はあ?」
「兄さん……」
「え?」
幸多は、きょとんとするほかない。が、真白は構わず、荷袋から腰を浮かせると、幸多に飛びかかるようにして噛みつくのだ。
「なんだよ、その反応。おれらと全然違うじゃねーかよー!」
「兄さん、仕方がないでしょ」
「どこが!?」
「だって、義一くんだよ、義一くん。ぼくたちと違って引く手数多だし、それに……」
「それに、なんだよ」
「近いうちに輝士になってもおかしくない人だから」
「おう、それはわかる! けどなあ、幸多の反応はだ!」
真白がそんなことをいいながら胸ぐらを掴んできたものだから、幸多は、彼の手に触れた。
「ぼく、ふたりのことも、ものすっごく喜んだんだけどな」
「……あ、あー……そうだった」
真白は、はっとすると、すぐさまバツの悪そうな顔になった。幸多から離れ、へなへなと荷袋に座り直す。
一人取り残された義一が困り果てているが、こればかりは、どうしようもない。
幸多にもよくわからないからだ。
「なんなの?」
「兄さん、幸多くんの反応があまりにも恥ずかしすぎて頭の中から抜け落ちてたんじゃないかな」
「それはそれで酷いと思う」
「そうだね」
黒乃は、幸多の言葉に頷くしかなかった。
「そっちは、終わったかな?」
「あ、うん。なんか、ごめんね」
「いいよ。いつものことだから」
義一は、微笑とともに幸多を見た。
九十九兄弟とここまで仲が良いのは、幸多くらいのものだろう。
合宿仲間である隆司や金田姉妹とも多少なりとも仲良くなってはいたが、しかし、幸多ほど気の置けない間柄とはいえまい。
九十九兄弟は、幸多に対しては全力で甘えているように見えた。幸多にならばなにをいってもいいだろうと考えている節があるし、なにをしても問題ないと思っているようなのだ。
それが、義一を含めたほかの合宿仲間にはなかった。
まだまだ大きな壁があり、深い溝がある。
そんな感覚を抱いているのは、もしかすると義一だけなのかもしれないが。
「でも、本当にいいの? 義一くんがぼくの小隊に入るなんて」
「うん。いや、むしろ、きみの小隊に入れてくれないと、ぼくが困るかな」
「困る?」
「うん、困る。大変困るよ。本当に。ほかに行く当てがないんだ」
「そんなこと、ないと思うけど……でも、いいや。義一くんが入ってくれるなら、なんだってね」
義一は、幸多が心底喜んでくれているらしいという事実に対し、なんだか申し訳ない気分になった。
義一ほどの立場の人間が、なんの思惑もなく、幸多の小隊に入ることなどありえないということは、だれだって想像がつくだろう。
義一は、伊佐那家の将来を担う存在だ。
そしてそれは、戦団の将来そのものでもある。