第七百八話 小隊結成(一)
魔暦二百二十二年、九月一日。
その日、幸多は多忙を極めた。
まず、昨日行われた絢爛群星大式典の最中、幸多が輝光級三位に昇格したことが正式に発表された影響である。
式典後、幸多の携帯端末がひっきりなしに鳴り響く羽目になり、それは翌日まで続いていた。
輝光級三位。
つまり、輝士である。
輝士ともなれば、小隊長になる権利を得られるということもあり、ようやく一人前の導士になったという認識を持たれることが多い。
閃光級以下の導士は、二人前、三人前という評価なのだ。
だから、というわけではないが、一人前になった幸多を祝福するために親類縁者、友人知人だけでなく、学校の同級生や同じ学校に通っているだけの学生たちまでもが連絡を寄越してきたのだ。
親類縁者や親友たちとは通話する時間を設けたが、それ以外はヒトコトでのやり取りに留めた。
そうでもしなければ、時間がいくらあっても足りないからだ。
輝士昇格記念とでもいうべき熱狂は終わらない。
しかしながら、九月一日である。
月が変わり、幸多を取り巻く状況もまた、大きく変わろうとしていた。
まず、第七軍団の担当が央都防衛任務ではなく、衛星任務となったのだ。
今月、第七軍団が担当することになった衛星拠点は、第九・第十衛星拠点であり、幸多は、軍団長・伊佐那美由理が直接指揮を執る、第九衛星拠点に配置されることとなった。そのほうが美由理としても管理しやすいと考えてのことなのか、どうか。
ともかくも、衛星拠点に移動しなければならくなったということだ。
それだけではない。
輝士になったということもあり、一つの選択を迫られたのだ。
『きみは輝光級三位に昇格した。つまり、ひとつの権利を得たということだ。小隊を率いる権利をだ』
昨夜の美由理との会話を思い出しながら、幸多は、戦団本部の中心に聳える本部棟を歩いていた。
『きみがこうも早く輝士へと昇格できた理由のひとつは、上層部の、護法院の思惑があればこそだ。きみが完全無能者で、小隊を組ませるのがもっとも安全な運用方法だと考えられるからだ』
そして、なぜ幸多が小隊長にならなければならないのかといえば、魔法不能者ですら厄介だというのに、完全無能者などなんの役にも立たない、それどころか足手纏いにしかならないと考えられていたからだ。
そのような導士を小隊に組み込みたいようなものはいない。
だからこそ、一刻も早く、幸多には輝光級に上がって欲しい、というのが、神威たちから直接明言されていたことだった。
幸多が輝光級に上がりさえすれば、輝士にさえなれれば、幸多が小隊長となり、独自の小隊を編制することが可能となる。
隊員としては不要とされ、敬遠されたとしても、小隊長ならば、どうか。
『きみが小隊を編制するかどうかは、きみ次第だ。わたしとしても、総長や副総長の意向に従うべきだと思うが、きみの意志をこそ、尊重したいと考えている。それが戦団だ。なにごとも強制しない。小隊長になるのも、大変なことだからな』
と、美由理が苦笑を交えながらいってくれたことが、幸多には素直に嬉しかった。
美由理が、師匠として自分に寄り添ってくれているということが伝わってきたからだ。
とはいえ、小隊の一員にならなければまともに任務にもつけないという事実がある以上、幸多が小隊長になるのは既定路線ではあった。
隊員として誰にも必要とされないのであれば、隊長として、隊員を集め、小隊を編制する以外に道はない。
だから、幸多は、小隊長になるための申請書類を書き上げ、戦闘部に提出したのである。
すると、すぐさま受理され、小隊長としてやるべきことを提示された。
それこそ、小隊編成に必要な隊員を集めることだった。
隊員を集めるのが、小隊長の最初にして最大の仕事である、とは、よくいわれることだ。
逆を言えば、隊員を集めることさえできれば、後はどうにでもなるという話でもあるのだが。
『きみの場合、それが最大の難関だな』
幸多が小隊長になることを決めると、美由理が親身になって様々な提案をしてくれたのも、そのためだった。
前述の通り、幸多は、小隊の一員として敬遠されている。
魔法不能者にして完全無能者の隊員など、魔法士ばかりの小隊には不要どころか邪魔者なのだ。
せっかく統一規格で運用しているところに、まったく規格の異なるものが入ってこようものなら、齟齬が生じるどころの問題ではない。
致命的な問題が発生する可能性があった。
完全無能者を考慮した戦術を立てなければならないし、そのための訓練も行わなければならない。
魔法士のみの小隊としてやってきた数多くの小隊が、彼を敬遠する最大の理由が、そこにある。
いまや幸多は、数多くの幻魔を撃滅し、鬼級幻魔とも戦闘したという実績がある。
しかし、それでも、幸多の戦闘方法は、魔法士とは全く異なるものであり、特別で特殊なものなのだ。
小隊として組みたがらないのもわからなくはない。
幸多が魔法士ならば、幸多のような魔法不能者を編成しようとは思わないだろう。
『戦功だけでいえば、引く手数多となってもおかしくはないのだがな』
美由理の渋い顔が、幸多の脳裏に浮かぶ。
師は、幸多のことを心底考えてくれていた。
幸多は、そんな美由理のことをだれよりも尊敬していたし、自分のためにこれほどまでに時間を割き、考え込んでくれることがなによりも嬉しかった。
それだけで、十分だとすら思えた。
とはいえ、そんな美由理に恩返しをするためには、やはりなんとしてでも小隊を組む必要があった。
小隊を編制してこそ、第七軍団の一員なれる。
第七軍団長・伊佐那美由理が運用する兵力に数えられるのだ。
幸多は、本部棟二階の戦務局を後にすると、美由理から提案された隊員募集の方法を実行に移した。
『最悪の場合、軍団長権限で小隊を組ませることも出来るが……』
『それはちょっと……』
『そうだな。それでは、互いに命を預けられまい』
幸多が、美由理と考えが一致していることに小さな喜びを覚えたのは、彼だけの秘密だ。
それはそれとして、幸多がまず行ったのは、本部棟内の特大掲示板にある隊員募集欄に自身の名前を記入し、隊員を呼びかけることである。
そうすることによって、本部棟のみならず各軍団兵舎や戦団公式サイト、公式アプリでも隊員募集が行われるようになるからだ。
小隊の大半は、このような募集によって行われる。
余程のことでも無い限り、最初から四人揃っていることなどありえないのだ。
とはいえ、幸多には時間がない。
今日から三日までに人数が揃わなければ、小隊を組めないまま、衛星拠点に向かう羽目になる。
もちろん、衛星拠点で編成しても構わないのだが、それはそれで簡単なことではないだろう。
(いや、そもそも……)
幸多は、掲示板に載せてしばらくしても全くの反応がない隊員募集欄を見つめると、その場を離れた。
このような立体映像の掲示板は、本部棟のどこにでもあったし、全ての兵舎にも存在している。そして、全ての基地、衛星拠点にもだ。
つまり、全軍団の導士が閲覧する可能性があるということであり、だからこそ、まずは募集欄に記入するべきだと美由理が提案してくれたのだろう。
しかし、幸多を隊長とする小隊に入りたがるような導士が、そうそういるはずもなく、反応は芳しくなかった。
『なんだったらおれのところに来るか?』
昨夜、統魔がしてきた提案には、幸多は首を横に振った。
皆代小隊の一員になるということは、つまり、第九軍団に移籍するということだ。師の、美由理のいる第七軍団を離れる理由はなかったし、それは望むところではない。
幸多は、まだまだ美由理から学ばなければならないと思っていたし、なにより、統魔とは切磋琢磨する関係でありたかったのだ。
統魔の部下になりたいとは、思わない。
もちろん、統魔がそんなつもりで提案してきたわけではないことくらい、百も承知だったが。
「……困ったな」
幸多は、募集欄に一切反応がないことに対し、心底困り果てていた。
本部棟を後にする。
期限は三日。
幸多に許された時間は、わずかばかりしかない。