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第七百六話 魔界に吹く南風(二)

 アヴァロン。

 この大地における最大規模の〈クリファ〉は、鬼級幻魔おにきゅうげんまアーサーによって開かれた。

 アーサーは、かつて幻魔戦国時代に頭角とうかくを現した鬼級幻魔の一体であり、幻魔大帝げんまたいていエベルに忠誠を誓っていたことで知られている。

 エベルの騎士として、エベルの戦いにおいて常に先陣を切った鬼級幻魔であり、その圧倒的な力は、数多の幻魔を恐怖させ、戦慄せんりつさせたという。

 そのような話は、バアル・ゼブルの耳にも届いていた。

 まだ、バアルだった時代の話だ。 

 バアルは、幻魔戦国時代にあっても、人類を餌にすることだけしか考えていなかったし、鬼級幻魔たちの勢力争い、領土争いに関わろうとも思わなかった。

 馬鹿げているとさえ思っていたのだ。

 幻魔戦国時代は、人類の起こした馬鹿げた大戦争の果てに幕を開けた。

 当時の人類は、魔法の持つ圧倒的な力に酔い痴れ、酩酊めいてい状態だったのだろう。魔法の持つ万能性を疑うことも知らなければ、全能者にでもなったつもりだったのだ。

 誰もが正気を失い、狂気の淵を千鳥足で歩いていた。

 一歩踏み間違えれば、その瞬間、滅亡しかねないほどの事態が続いていたのだ。

 そして実際、その通りとなった。

 いまや人類など数えるほどしかいなくなってしまったのが、その証左だ。

 魔法時代と名付けられた輝かしい時代は、一部の人間の暴走によって幕を閉じた。

 二度に渡る魔法大戦が、世界中を、地球全土を絶望のどん底に突き落としたのだ。

 人類は、自らの力で滅亡へと突き進み、それによって大量の幻魔が誕生したのは、皮肉というよりは、運命というべきだ。

 数多に誕生した幻魔の中にこそ、鬼級幻魔が存在した。

 しかも、大量に、だ。

 バアルも、魔法大戦の最中に誕生した鬼級幻魔である。

 そして、それら鬼級幻魔たちが領土争いを始めた結果、幕を開けたのが幻魔戦国時代なのだ。

 鬼級幻魔にとっては地球全土が戦場であり、大地も、海も、空も、全てが領土の対象となった。

 そのためにわずかに生き残った人類がさらに数を減らしていくのだから、バアルにはたまったものではなかった。

 バアルは、むしろ、人類を保護するべきではないか、とすら考えていた。

 無論、自分の餌として、だが。

 バアルのそんな考えは、到底、他の幻魔たちに受け入れられるものではなかったし、だからこそ、彼は孤立したのだが、そんなことはどうでもよかった。

 バアルは、孤独であることに誇りさえ持っていたからだ。

 結局、人間のように群れることしかできない幻魔たちなど、こちらから願い下げだ――バアルのそんな想いは、しかし、バアル・ゼブルには受け継がれていない。

 もし、バアル・ゼブルがバアルの意志を引き継いでいるというのであれば、サタンの支配など受け入れられはしないだろうし、故に混乱し、自己崩壊を起こすのではないか。

 そんなことすら考えながら、彼は行く。

 ここは、アヴァロン。

 騎士王を名乗る鬼級幻魔アーサーの〈殻〉であり、城塞都市。

 天をくほどに巨大な山々をそのまま城壁として利用しているようだが、飛行魔法を自在に操る幻魔たちにそんなものの意味はない。

 やはり、人間の真似事に過ぎないのではないか、と、バアル・ゼブルは考えてしまう。

 馬鹿げた話だ。

 人類とは比較にならないほどに進化し、進歩した存在を自称し、万物の霊長れいちょううたいながら、結局は、やることなすこと人間の真似事というのは、どういうことなのか。

 皮肉にもならない。

 バアル・ゼブルが山岳地帯をひたすらに突き進めば、やがて、城塞都市の片鱗が見えてきた。

 人間にいわせると幻魔造りと呼ばれる建造物の数々が、次第に視界に飛び込んできたのである。

 幻魔造り、幻魔建築などとも呼ばれるそれらは、しかし、潔癖なまでに整った形をした建物ばかりだった。

 一般的に幻魔造りと呼ばれている建造物とは、まるで趣の異なる建物の数々には、バアル・ゼブルも唖然あぜんとするほかなかったし、その建物群の中を駆け抜けてくる幻魔の集団を目の当たりにして、目を見開くしかなかった。

「なんだありゃ」

 思わず声が漏れたのは、銀甲冑ぎんかっちゅうの騎士の群れを見たからにほかならない。

 まさに騎士である。

 さながら古の時代から飛び出してきたかのような時代錯誤も甚だしい甲冑に身を包み、あまつさえ大盾を構え、武器を携える姿は、とてもではないが幻魔のものとは思えなかった。

 バアル・ゼブルが度肝を抜かれるのも、当然だった。

 まず間違いなく、アヴァロンへの侵入者を排除するために動員された戦力なのだが、だからこそ、あり得ないと思うのだ。

 〈殻〉に棲んでいるのは、殻主かくしゅたる鬼級幻魔と殻印かくいんを持つ幻魔だけだ。当然、人間が住んでいるはずもなければ、人間如きを兵隊としてすら利用する理屈はない。

 人間を利用するくらいならば、獣級幻魔を使役したほうが遥かにましである。

 しかし、いままさにバアル・ゼブルに向かってきている騎士たちは、獣級幻魔には見えなかった。

 妖級幻魔の中には、確かに騎士のような姿態の持ち主もいるだろうし、鬼級幻魔になれば、姿形も自由自在だ。人間に近い姿となり、鎧兜を身につけることくらい造作ぞうさもない。

 だが、彼の眼前に展開し、布陣した騎士たちは、見るからに下位妖級幻魔にも満たない、つまり獣級以下の幻魔ばかりだった。

「侵入者ヲ発見! タダチニ排除セヨ!」

 もっとも大柄な騎士が、大槍を掲げて命令すると、甲冑の騎士たちが一斉に動き出した。大盾を前面に構え、突貫してきたのだ。

 バアル・ゼブルは、唖然呆然といった状態のまま、一方で右手で虚空を撫でるようにした。

 空間が波打ち、亀裂が走る。

 


「なにやら、侵入者のようですな」

 客のその一言に、アーサーは、兜の奥に輝く赤黒い双眸そうぼうを細めた。

 アーサー。

 このアヴァロンの主宰者たる殻主であり、鬼級幻魔である。

 とてつもない巨躯を誇る彼は、常にその全身を白金はっきんの甲冑で覆っていた。絢爛豪華ごうかけんらんとしかいいようのないきらびやかな甲冑には、複雑極まりない紋様が無数に刻まれており、まるで魔法そのもののような輝きを帯びている。

 騎士王の名に恥じない装いであり、玉座もまた、彼に相応しくあつらえられていた。

 この玉座の間そのものが荘厳そうごんであり、美しく、幻想的な内装をしていた。

「我がアヴァロンの南方からとなれば、バルバトスか、イタス、はたまたザハーク辺りか」

「あるいは、ここのところ遥か南方を騒がせている連中やも知れませんぞ」

「ふむ……」

 アーサーは、彼が君臨する玉座の間にあって、対等な立場で振る舞うことの許される唯一の客を見つめながら、静かに考え込んだ。

 客の名は、サナトス。

 アーサーと同じく、幻魔大帝エベルの腹心だった鬼級幻魔であり、今やその名を知らぬサナトス機関の長である。

 その姿は、赤黒い紋様の刻まれた黒衣に覆われていて、はっきりとはしない。

 もちろん、アーサーはその素顔を知っているし、彼が顔を隠している理由も知っていた。だから、玉座の間にあって、彼の目の前にあっても、その姿のままでいることを許しているのだ。

「サタンか」

 アーサーは、重々しく口を開いた。

 サタン。

 そう名乗る鬼級幻魔が、何体もの鬼級幻魔を率い、人間を相手に暴れ回っているという話は聞いていた。しかし、だからこそ、どうでもいいと考えてもいたのだ。

 人類など、滅んだも同然である。

 魔天創世によって地球上から一掃され、わずかに生き残った数十万人が、ようやく百万人程度に増えたばかりだ。

 そんな脆弱なものを相手に暴れている程度の低い連中など、眼中に入れる必要もない。

 だが、そんな連中であっても、このアヴァロンに牙を剥くというのであれば、相応の報いは受けさせなければならない。

 力こそ、全て。

 それがこの魔界の掟だ。

 


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