第七百四話 祭は終わり、そして(三)
十二人の軍団長がこうして一堂に会して話し合う機会など、そうあるものではない。
誰もが日夜職務に忙殺されているだけでなく、時間があったとしても鍛錬や研鑽に当てるような、向上心の塊ばかりだからだ。
向上心がなければ、ここにはいられない。
導士として適当に戦い、適当に給料をもらい、適当に生活する――というような考えの持ち主は、到底、昇格できるものではないのだ。
ましてや星将となれば尚更だ。
並外れた努力の結晶が、星将という地位であり、立場だ。
そして、相応の役目を持つ。
使命が、星将という形をしている。
「皆代統魔には、期待していいのよね?」
瑞葉の質問を受けて、蒼秀は、怪訝な顔をした。
「なにを疑問に思う必要がある?」
「疑問はないわ。ただ、彼が性急に生き過ぎているんじゃないかって、心配になっただけ」
「そんなにかあ?」
明日良が、瑞葉の心配性ぶりにこそ、心配になる。瑞葉にはそういうところがあるということは、軍団長ならば理解していることだ。
つまり、過保護めいているということだが。
「彼が導士になったのは一年と少し前のこと。そんなわずかばかりの期間で煌光級にまで上り詰めた導士は、存在しないわ。あなたたちのような才能の塊ですら、長い年月を必要とした。そのことは、あなた自身が一番よく理解しているはず」
「……そりゃあ、まあ」
瑞葉の淡々とした、それでいて親身としかいいようのない言葉の数々には、明日良も口を噤むしかない。
瑞葉は、明日良たちにとって大先輩であり、偉大なる先人であり、自分たちを鍛え上げてくれた大恩人である。
いまや同僚であり、対等な立場だからこそ生意気な口を利いているが、根っこの部分では、敵わないという気分があった。
それは明日良だけでなく、蒼秀や美由理だって同じだろう。
「確かに彼の才能は頭抜けている。それは間違いないわ。才能という面において、素養という面において、彼に敵う魔法士なんて一人もいないんじゃないかしら」
瑞葉の意見に異論を挟むものはいない。
誰もが、統魔の魔法士としての才能を認めているからだったし、中には羨んですらいるものがいたとしてもおかしくはなかった。
それほどまでに、統魔の才能というのは、圧倒的だった。
師である蒼秀が、筆舌《いhつぜつ》に尽くしがたいとするほどの才能。
だからこそ、統魔は、あっという間に階級を駆け上がり、煌光級へと至ったのだが。
それが、瑞葉には、彼が生き急いでいるように見えて仕方がない。
「そして、彼のような才能が戦団に必要なのも確かよ。彼が央都の、いえ、双界の人々に与えた衝撃と興奮はとんでもないものだというし、人気もうなぎ登りだものね」
「本当に大人気よね。いまや伊佐那美由理と双璧を為すほどの人気ぶりだとか」
瑞葉の発言を受けて、火倶夜が美由理を見遣った。美由理は、人気などどうでもいいとでもいうような表情をしていたが、実際にはどのように感じたのか。火倶夜は多少、気になったりするのだ。
火倶夜にとって美由理は、愛しい妹そのものだからである。
「戦団が、広報部が、彼を利用したいという気持ちは凄く理解できるわ。彼が戦団の顔になりつつあるという事実は、誰にも否定できないもの。いまや彼の名を知らない市民はいないし、彼の人気は高まる一方よ」
「なにが……いいたいんです?」
蒼秀が、瑞葉に問う。
瑞葉が統魔を不安視しているのは、直属の上司であり、直接の師匠である蒼秀には、実感として理解できることだ。
統魔が誰よりも訓練に時間を割いているということも知っているし、研鑽を積み重ねているということも知っている。だからこそ、その圧倒的な才能が開花したのだということも、だ。
彼が生き急いでいるように見えるというのも、あながち間違いではない。
彼は、皆代統魔は、一刻も早く強くなりたいのだ。
誰よりも強くなって、幻魔を討ち滅ぼし、サタンを打倒することこそが彼の目標であり、悲願なのだから、そのための努力を惜しまず、全力で走り続けているのは間違いなかった。
それが、瑞葉にも伝わるのだろうが。
「蒼秀くんは、彼の師匠でしょう」
「はい」
「あなたが彼の手綱を握ってあげることが大事だと、わたしはいいたいのよ」
「手綱を」
蒼秀は、瑞葉の言葉を反芻しながら、心に留め置いた。
「強い魔法士はいくらでも欲しい。でも、そのために命を投げ出すような、生き急ぐような必要はないのよ。戦団は、誰もが平穏無事に暮らせる世界を作るために活動している。でも、だからといって、そのために犠牲になる必要なんて一切ない。そうでしょう」
瑞葉の発言が真に迫っているのは、彼女の中に実感があるからだということをこの場にいる誰もが理解していた。
瑞葉の母、八幡ニイコは、光都事変において命を落とした星将の一人だ。
そして、そんなニイコたち星将に命を守られたのが美由理、火倶夜、明日良、蒼秀の四人であり、だからこそ、反論も異論も生まれなかった。
ニイコたち星将が身を挺して守ってくれたからこそ、自分たちは生きているという事実がある。
ニイコに、母に先立たれた娘として、瑞葉の中には複雑な想いがあるのだ。
しかし、瑞葉は、そうした自身の意見とは全く正反対のことを言ってのける。
「市民のために、誰かのために死ねるのなら、本望だけれどね」
そういって儚く微笑した瑞葉の本心がどこにあるのかなど、蒼秀たちにはわからなかった。
ただひとつ言えることがあるとすれば、彼女が、母親を失ってからというもの、生き急いでいるように見えるということだった。
まるで、統魔のように。
復讐心が、導士たちを駆り立てる。
それはごくごく当たり前の、誰もが持つ感情といっても過言ではなかった。
絢爛群星大式典が成功裡に終わり、絢爛武闘祭も無事に終わった。
央都、ネノクニという双界全土が騒然としているという報告を伝え聞けば、さもありなん、と、神威は思うのだ。
「閣下の想定通りですか」
副総長・伊佐那麒麟が問いかけてきたのは、総長執務室でのことだ。
幻想空間から現実世界へと回帰した彼は、速やかに総長執務室へと引き上げると、端末を立ち上げ、ネットワーク上での大式典の反応を見ていた。
そこへ麒麟がやってきたのだが、そのことにはなんの疑問もなかった。
彼女は、いつだって、彼の隣にいる。
「想定以上かな」
「以上?」
「想像よりも大騒ぎになっている」
彼は、苦笑とともにネットワーク上の反応をつぶさに伝えた。
市民が今回の大式典においてもっとも反応を示しているのは、神威が行った方針転換の表明演説に対して、だ。
これまで何度となく行ってきた大式典は、大抵の場合、主役の煌光級導士が話題を集めた。
当然だろう。
煌光級導士は、将来有望な導士であり、いずれ星将にも届くのではないかと思われる実力者ばかりだった。
そして、今回の主役は、あの皆代統魔だ。
今や戦団でも一、二を争う人気を集めつつある若手導士は、あっという間に煌士になってしまった。話題にならないわけがなければ、市民が興奮しない理由がなかった。
だが、それ以上の衝撃と興奮が、双界全土に波紋を広げている。
戦団の今後の方針は、市民にとって予期せぬものだったに違いない。
外征。
長らく央都に籠もり、沈黙を保ち続けてきた戦団が、ようやく打って出るというのだ。
しかも、近隣における最大規模の〈殻〉である恐府に攻め込むというのだ。
様々な情報が錯綜し、数多の意見が飛び交って激論を戦わせている光景が、レイライン・ネットワーク上のそこかしこで見受けられたし、ネットテレビ局の報道も加速度的に熱を帯び始めていた。
央都は、変わる。
元より戦団を中心とする社会だ。
戦団が動けば、社会そのものが動かざるを得ない。
しかも、三十年もの間、不動といっても過言ではない状態を維持してきた戦団が、突如として外征に打って出ると言い出せば、混乱すら巻き起こるのは必定だっただろう。
「が、悪くはない」
「そうでしょうとも」
麒麟は、神威の満足げな表情を見て、くすりとした。
戦団は、人類復興を大願と掲げる組織だ。そして、そのためには央都を、人類生存圏を守護しなければならないし、央都市民の安寧と平穏を護るのも大事な役割だ。
しかし、だからといって央都市民の御機嫌を窺わなければならない理由はない。
だが、それでも、市民の感情を慮ることほど大事なことはなく、故にこそ、戦団は、方針を改めたのだ。
その結果、双界全土が大騒ぎになることは、わかりきっていたことではあった。