第七百一話 絢爛武闘祭(一)
「さすがは、我が弟子だ」
「くじ運が良かっただけじゃねえか」
蒼秀が手放しで褒め称える様を横目に見て、明日良は、苦い顔をした。
「おれの弟子になった可能性だってあった」
「その場合、彼がいま星象現界に覚醒していたかどうかは不明でしょう。彼があのとき、あの場所で星象現界に目覚め、いまや戦団の重要な戦力になっているのは、蒼くんの弟子となり、味泥杖長という手本に出逢えたからだと思いますよ」
「そりゃあ……」
照彦の理路整然とした意見には、明日良も反論を諦める他なかった。
いま、星将たちは、類い希なる才能が開花し、まさに大輪の花を咲かせている様を目の当たりにしている。
皆代統魔。
その魔素質量の膨大さによって戦団に目を付けられた少年は、幻魔への復讐心から戦団に入ることを誓ったという。長じて星央魔導院に入学した彼は、あらゆる記録を塗り替え、たった二年で全課程を修了した。
そして、特例によって十五歳で入団、戦闘部に配属されたのだが、その際には、全軍団が彼の獲得に名乗りを上げた。
結局、全軍団長のくじ引きの結果によって権利を得た第九軍団に配属され、彼は、麒麟寺蒼秀と師弟の契りを結んだ。
光属性魔法の使い手・味泥朝彦を弟子としていた蒼秀にとって、統魔を育てることは苦ではなかったようだ。
明日良ならば、どうだったか。
明日良が得意とするのは、風属性の魔法だ。光属性と相反する関係ではない上、ある程度ならば光属性の魔法を使うこともできる。
なんなら、統魔のために光属性を極められるだけ極めたって構わない――とは、あの当時の軍団長の大半が思っていたのではないか。
しかし、結果として彼が蒼秀の弟子になったことが、最良の結果に繋がったと考えるしかない。
明日良は、皆代統魔の星象現界・万神殿の神々しいばかりの輝きを目の当たりにしながら、思うのだ。
自分が彼の師匠だったとして、その才能を開花させることができたのか、と。
彼の規格外としかいいようのない才能は、それこそ、稀有極まりないものだ。
だれも真似のできない、彼だけの才能。
彼だけの魔法技量。
莫大過ぎる星神力が、彼のみならず、彼の周囲の導士たちにも波及し、星装を貸し与えていく様は、神がその力を分け与えるかのように荘厳であり、幻想的だ。
皆代小隊だけでなく、何名かの導士が星装を纏ったのだ。
戦力は大幅に膨れ上がり、星神力もまた、その密度を加速度的に増幅させていく。
戦場全体の熱量が、飛躍的に高まっていくがわかる。
この情報だけで構成された幻想空間が、高密度の情報に塗り潰されていくのだ。
「彼一人いれば、最大十三人もの星装の使い手を確保できるというのは、それだけでとんでもないことですよ」
「まったく、その通りだが」
明日良は、照彦の感嘆の声に頷きながら、腕を振るい、暴風を巻き起こした。
明日良の星象現界・阿修羅は武装顕現型である。
絢爛たる装束を纏った上で四本の腕を追加するという代物だ。そして、いままさに、彼の体に追加された四本の腕それぞれが竜巻を生み出し、いまや陣形を整えつつある統魔の元へと殺到していったのだ。
六つの竜巻が大気を掻き混ぜながら強襲すれば、光の巨人が上空から降臨し、雷神そのものの如き蒼秀が突っ込んでいく。
さらに砲撃が驟雨の如く降り注ぎ、燃え盛る鳳凰が主戦場に舞い踊り、巨大な氷塊が林立すれば、大地が激変した。
とてつもなく巨大な岩塊を掲げて飛び込んだのは播磨陽真であり、八幡瑞葉が三叉の矛を振り翳して激流を起こせば、相馬流人の奏でる旋律が破壊の限りを尽くしていく。
十二軍団長の星象現界の響宴など、そう見られるものではない。
明日良だけでなく、その場にいる軍団長の誰一人として手を抜こうとはしていなかったし、全力を以て統魔率いる導士たちを殲滅しようとしていた。
吹き荒れる星神力は、壊滅的な力の洪水となって戦場を蹂躙し、爆砕の乱舞を引き起こす。
光の巨人の一撃が大地を砕き、砕かれた岩塊が自在に変形しながら導士たちに襲いかかる。竜巻が舞い踊り、雷撃が渦を巻く。激流と清流が幾重にも重なり合えば、砲撃と爆炎が響き合う。
統魔たちもただ攻撃されるばかりではない。
まず、真白が難攻不落の要塞を築き上げて見せた。星装を纏ったことによって星神力を得た真白は、常鳴らざる力に興奮するままに魔法を発動させ、それによって星将たちの攻撃から味方を護ったのである。
味方とは、無論、星将以外の全導士であり、皆代統魔の元に集ったものたちだ。
そのうち、星装を纏っているのは、統魔、ルナを含めた十人。
「これが今の限界なんだ」
とは、統魔。
星霊を同時に具現することができる限度が八体ということだ。そして、それら八体の星霊を他者に貸し与えている。
その上で、統魔自身も戦おうというのだから、とんでもないことだ、と、幸多は想わずにはいられない。
砲撃から逃れるために散開した一同だったが、統魔の呼びかけに応じて一点に集まっていた。
軍団長たちの力は圧倒的だ。
力を合わせなければ、どうにもならない。
統魔は、だからこそ、星象現界を発動し、星霊を最大限具現したのだ。
「絢爛武闘祭だかなんだか知らないけどさ。一方的にやられるのも癪だもんね!」
ルナは、三日月の光背を手にすると、大上段に振りかぶって、投げ放った。三日月の光背は回転しながら八幡瑞葉へと殺到し、三叉矛と激突して火花を散らせる。
「いくらなんでもそりゃないよって話!」
「まったくだ」
「まあ、やられて当然だと思うんだけどね」
「そうですね」
皆代小隊の面々がそれぞれの考えを述べていく中、次々と魔法を放つ。
皆代小隊は、いままさに日々の訓練の成果を発揮していた。
星装の扱いに慣れているのだ。
真白や黒乃は、突如として与えられた力の大きさに振り回されそうになっているのだが、皆代小隊の面々にはそれがなかった。一切の迷いなく律像を形成し、完璧に近く制御した魔法を発動している。
通常の何倍にも、いや、何十倍にも膨れ上がった威力の魔法は、それこそ、星象現界の恩恵を受けているからにほかならない。
真白の防型魔法が星将たちの攻撃を受けてなお持ち堪えているのも、そうだ。
その上で六甲枝連の防型魔法が重なっていることもあり、防御は盤石といっても過言ではないはずだった。
光の巨人が振り下ろした拳が、光り輝く魔法壁に激突して、閃光を奔らせている。一撃一撃が極めて重く、破壊的だ。
星装の加護がなければ、一撃で消し飛ばされたのは疑いようがない。
「黒乃!」
「わ、わかってる……!」
黒乃は、真白に名指しされて、律像の構築を急いだ。全身に満ち溢れる星神力もそうだが、星将たちの猛攻の真っ只中にいるという事実が、黒乃の意識をざわめかせた。全身総毛立っていたし、粟立っている。
ここまで激しい戦場は、彼の人生にとって初めてだった。
夏合宿の訓練も地獄のようなものだったが、そうした数々の訓練とは比較にならないのが、いま彼が渦中にいる戦場の有り様なのだ。
動悸がした。
すると、肩に手が触れたので黒乃が目を向けると、幸多と目が合った。
「だいじょうぶ。なんの心配もいらないよ」
幸多の自信は、どこから出てくるのか。
黒乃にはまるでわからなかったが、しかし、彼の褐色の瞳を見ていると、それだけで安心する自分がいることに気づいた。
幸多が見守ってくれているという事実が、精神を落ち着かせてくれる。
黒乃は、律像を紡ぎ上げ、真言を唱えた。
「大破壊」
破壊的としか言いようのない黒い光が、黒乃の全周囲を飲み込んでいった。