第七百話 絢爛武闘祭(三)
突如視界に差し込んできたのは、眩いばかりの黄金の光だった。
義一は、戦場に渦巻く爆煙の中に身を隠すと、九乃一がそちらに気取られているのを確認してから、幸多を解放した。幸多が九十九兄弟を地面に下ろす。
四人は、顔を見合わせ、それから、光源を見遣った。
光源には、皆代小隊がいた。
統魔を隊長とする六人小隊は、一人として欠けることなくそこにあり、黄金の光に包まれていた。
黄金の光を放っているのは、統魔である。彼は神々しい装束を纏っていて、光の輪を背負っていた。
「あれが統魔の星象現界……」
幸多は、記録映像でしか見たことのないそれを実際に目の当たりにすることができたことに興奮するだけでなく、感動すら覚えていた。全身に力が漲るような感覚さえ覚える。奮い立つのだ。
万神殿と名付けられた星象現界の神々しさには、それだけの価値がある。
統魔の隣では、本荘ルナもまた、星象現界を発動していた。月女神と名付けられたそれは、統魔の星象現界の対を為すかのようにも見えた。
統魔が太陽の化身ならば、ルナは月の化身だ。
太陽と月が降臨し、その光が混沌とした戦場を照らすことによって状況が一変する。
星将たちの攻撃が、統魔とルナに集中したのだ。
「そりゃそうなるよな」
「うん……」
「当然だね」
九十九兄弟も義一も、皆代小隊への集中砲火を目の当たりにして、その凄まじさに息を呑んでいた。
圧倒的だった。
四方八方から、多種多様な魔法が殺到しては、炸裂し、爆光が乱舞した。爆砕に次ぐ爆砕が、戦場そのものを震撼させ、根底から破壊し尽くしていくかのようだった。
どれもこれも破壊的な攻型魔法ばかりであり、幸多たちも素早くその場を離れなければ巻き込まれかねなかった。
「うへえ、容赦ねえ」
「仕方ないよ」
真白があんぐりと口を開ければ、黒乃は爆音に両耳を塞ぐようにした。
星象現界を発動したがために悪目立ちした結果がこれだ。
軍団長たちは、真っ先に統魔とルナを落とすべきだと判断したのだ。
それはつまり、星象現界の使い手は、他に生き残っている導士たちが力を合わせるよりも余程厄介だということにほかならない。
「さて、ぼくたちはどうしようか?」
「どうしようもない気がするけどね」
義一の質問に対し、幸多は、そういうほかなかった。
一矢報いたいという気持ちはある。あるにはあるが、現状、どうすることもできないのではないか、という考えのほうが圧倒的だった。
星将たちが統魔とルナに気を取られている隙を突くことができたとして、痛撃を与えられるかどうかは別問題だ。
なにせ、星将たちもまた、星象現界を発動していたからだ。
九乃一が児雷也を具現し、火倶夜が紅蓮の衣を纏い、日流子が長大な矛を手にしているのが見えた。そしてそれらが生み出す膨大な星神力の激突によって、幻想空間全体が震撼しているのだ。
「目には目を。歯には歯を。魔法には魔法を。星象現界には、星象現界を――っていうでしょ」
「いうかあ?」
「いや、幸多くんのいうことは正しいよ。星象現界を発動中の魔法士には、並大抵の魔法は通用しない」
だから、星象現界を発動する必要があるのだ、と、義一はいった。
だからこそ、星将たちが次々と星象現界を発動したのであり、幸多たちは、それらの攻撃の巻き添えにならないように移動し続けなければならなかった。
明日良の星象現界・阿修羅が破壊的な暴風を巻き起こせば、蒼秀の星象現界・八雷神が大量の雷を放ち続けている。神流の星象現界・銃神戦域や、照彦の星象現界・銀河守護神《Gガーディアン》もまた、戦場に多大な被害を撒き散らしていた。
そんな中にあって、皆代小隊が無事なのは、異様としかいえなかった。
六人が六人、星将たちの集中砲火を浴びながらも、耐え凌いでいる。
「才能の差を見せつけられるとは、このことだな」
一人ぽつりとつぶやいたのは、草薙真である。
星将の攻撃を辛くも凌いでいた彼は、覚悟を決めた直後、全ての攻撃が皆代小隊に集中したことによって事なきを得た一人だった。
だからこそ、打ちのめされるような気分だった。
皆代統魔の圧倒的才能と魔法技量に。
「真くん!」
声に目を向けると、幸多が、伊佐那義一や九十九兄弟と駆け寄ってきたところだった。
真は、怪訝な顔になった。
「幸多くん?」
「生き残ってたんだね!」
「彼らのおかげでね」
真は、皆代小隊を一瞥した。そして、つぶやく。
「あれが……皆代統魔という才能なんだな」
「本当、凄いよね、統魔」
幸多は、統魔が褒められるのが嬉しくて堪らなかった。
統魔の才能を誰よりも深く理解していると自認しているのが幸多だ。子供のころから何度となく魔法の実験台にされてきた幸多にしてみれば、統魔が戦団で頭角を現すのは当然のことに思えたし、星象現界にいち早く目覚めたのだとしても、なんら不思議なことではなかったのだ。
そして、いままさに彼の才能が最大限に発揮されている様を見れば、自分が感じ取ってきたものが間違いではなかったと確信する。
統魔が、その背に負った光輪から光条を解き放ち、次々と星霊を具現化させていく様は、まさに神秘的な光景そのものだった。
そして、様々な姿の星霊たちが皆代小隊の隊員たちと融合し、武装化すると、皆代小隊の戦力が大幅に増強されるのがわかった。
統魔の星象現界は、三種統合型とも呼ばれる規格外の星象現界だ。武装顕現型、空間展開型、化身具象型の三種の星象現界を同時併用可能という、とんでもない星象現界なのだ。
さらに化身具象型星象現界によって生み出した星霊を、自分以外の他者に星装として貸し与えるという能力まで持っている。
なんでもありとはまさにこのことであり、戦団導士の魔法を管理する魔法局が頭を抱えるのも無理からぬことだろう。
そして、だからこそ、星将たちは、真っ先に統魔を落とすべきだと判断したに違いなかった。
さらに四体の星霊たちが、星将の猛攻の真っ只中を突破すると、幸多たちの元へとやってきた。そして、幸多を除く四人と融合し、その全身を包み込む星装となったのである。
「ええ!?」
「なんで!?」
「どういうことだ?」
「力を合わせて戦おうってことだと思うよ」
幸多は、混乱する四人に統魔の考えを伝えながら、若干の寂しさの中にいた。
幸多に星霊がつかなかったのは、当然のことだ。幸多は、完全無能者であり、魔法を使うことのできない存在なのだ。そんなものに星装を貸し与えても意味はない。
いや、そもそも、貸し与えることすら出来ないのではないか。
星装を纏うということは、星神力を纏うということにほかならない。
ただでさえ魔素圧に潰されそうな幸多の肉体は、星神力の密度と圧力に耐えられないかもしれなかった。
「力を合わせて、か」
真は、全身を包み込む星装から伝わってくる力の膨大さに昂揚感を覚え、拳を固めた。そして、すぐさま幸多を抱え、その場を飛び離れる。
同時に、ほかの三人も飛び退いている。
先程までとは比較にならないほどの速度で、だ。
そして、爆発が起きた。
砲撃だ。
どこからともなく飛来した砲弾が、真たちの集まっていた場所を撃ち抜き、爆砕したのだ。
「た、助かったよ、真くん」
「いや、巻き込んだのはおれたちだ」
「うん?」
「この力が、標的になった」
真は、さらに次々と砲弾が飛来してくるのを認識すると、幸多を抱えたまま、移動し続けた。
「なるほど、これが銃神戦域か」
「神流様の星象現界だよね」
「ああ」
真は、全身に満ち溢れる力の赴くままに飛び回りながら、星象現界に満ち溢れた戦場の混沌たる様を目の当たりにした。
誰も彼もが星象現界を発動し、破壊の限りを尽くしている。
この戦場に安息の地はない。