第六百九十九話 絢爛武闘祭(二)
絢爛武闘祭が恒例行事となったのは、いつからだったか。
少なくとも、美由理が煌光級導士となったときには、当然のように開催され、星将たちに圧倒されたものだった。
そのときの大式典の主役は美由理であり、美由理以外に煌光級導士がいなかったというのも大いにあるが、六人もの軍団長が力を合わせて襲いかかってきたのだ。
となれば、当然の結果としかいいようがあるまい。
道理だ。
どれだけ美由理が全力を発揮しようとも、輝光級以下の導士たちと力を合わせようとも、軍団長一人にすら敵わなかったのではないか。
それくらいの力量差、魔法技量の差が、厳然として存在する。
だからこそ、美由理は、今回の絢爛武闘祭が一方的なもので終わることは端から理解していたし、弟子の奮戦を期待してもいなかった。
特に今回は、戦団の方針発表という一大事のために十二軍団長が勢揃いしているからだ。
十二人の軍団長が力を合わせれば、今回の大式典の参加者を一網打尽にするくらいお手の物だ。
児戯に等しい。
「少し可哀想ね」
開始直前、火倶夜がつぶやいたのは本心だっただろう。
今回の式典には、彼女の弟子、草薙真も参加していた。
草薙真は、幸多と同時期に輝光級三位に昇格した、注目度抜群の新人導士だ。火倶夜の弟子となり、火倶夜の薫陶と寵愛を受けている。
火倶夜が真に注ぐ熱量は凄まじいものであり、故に美由理は、姉のような存在である火倶夜に今まで見たことのない一面を見たような気分がしたものだった。
そして、そんな真が絢爛武闘祭で星将たちに蹂躙される羽目になるのは、師匠として心苦しいというのだろう。
「いつものことでしょう」
「あら。あなたは、幸多くんのことはどうなってもいいと?」
「だれもそこまでいっていませんが」
「そうよね。心配よね。不安よね。可哀想よね」
「ですから」
火倶夜とのやり取りは、そこまでで終わった。
大式典が終わり、幻想空間が激変する。
宇宙空間から空白地帯――魔界そのものたる戦場へと様変わりすれば、その赤黒く禍々《まがまが》しい大地に十二人の軍団長が降り立った。
十二人の軍団長は、戦場の外側に配置されていた。
戦場は広大。
式典に参加した導士たちは、空白地帯そのものを再現したでたらめとしかいいようのない地形の中心部に集められるようにして配置されており、星将たちは、彼らを遠巻きに包囲するかの如く転送されたのだ。
そして、絢爛武闘祭の開幕とともに魔法による爆撃が起こった。
神木神流の火炎魔法が火を噴き、直撃とともに巻き起こる数々の爆炎が多数の導士を飲み込んだのだ。そして、瞬時に現実へと回帰させている。
それだけではない。
各軍団長は、それぞれに戦闘を開始しており、様々な魔法が乱舞した。
獅子王万里彩の流水魔法が花の如く咲き乱れれば、天空地明日良の暴風魔法が嵐のように吹き荒び、麒麟寺蒼秀の雷電魔法が電光石火と迸る。
朱雀院火倶夜の火炎魔法が地獄さながらに火の雨を降らせ、城ノ宮日流子の大地魔法が広範囲の大地を激震させ、竜ヶ丘照彦の輝光魔法が莫大なまでの光の奔流を生み出す。
美由理の氷結魔法もまた、巨大な氷塊を雨のように降らせ、閃光級導士が張り巡らせた魔法壁ごと導士を押し潰して見せた。
絢爛武闘祭は、一方的なものになりがちだ。
いつだって、星将側に分がある。
そればかりはどうしようもないことだ。
圧倒的な実力差を覆すには、数だけではどうしようもない。
量より質。
魔法士の界隈では、よく、そういわれている。
実力に差がありすぎる場合、量が質を上回ることは基本的にはない、と考えなければならない。
魔法とは、それほどまでに技量差がでるものなのだ。
だから、一方的な試合展開になることそのものは、当然のことだったし、誰もが当然として受け入れていた。
だが、いや、だからこそ、戦場の中心で起きた異変に軍団長の誰もが目を見開いたのだ。
まず、異変に気づいたのは、新野辺九乃一だったかもしれない。
彼は、その戦団最速の誉れ高い速度を生かすようにして、戦場の真っ只中へと切り込んでいった。導士たちの間を影のように飛び交いながら、一人、また一人と撃破していく彼の姿を肉眼で捉えたものはいない。
そして、九乃一は、皆代幸多に目を付けた。彼が超長距離狙撃用の兵器を持ち出したからだったし、それならば、万が一の可能性があると考えたからだ。
圧倒的な力の差を把握した軍団長が一瞬でも隙を見せれば、その瞬間、彼の狙撃銃が撃ち抜くかもしれない。
軍団長が、たかが輝光級三位の導士に打ち倒されるなどあってはならない。
それがたとえ油断の結果なのだとしても、言い訳にはならないのだ。
それ故に九乃一は、幸多の狙撃を阻止しようとした。そしてそれそのものは、成功したといっていい。
幸多は、九乃一の横槍によって狙撃を諦め、近くにいた二人の導士を抱え上げると、伊佐那義一とともに高速移動を始めたのだ。
(縮地法か)
九乃一は、地面を滑るようにして超高速で移動し始めた義一を見て、舌を巻くような気分だった。
飛行魔法ではなく、地上滑走魔法を選択したのは、正しい判断だ。この戦場で悪目立たないようにという考えだろう。空を飛べば、そのほうが早くどこへでも逃げられるかもしれない。しかし、そんなことをすれば、その瞬間、星将たちに撃ち落とされる可能性が高い。
戦場には、爆煙が渦巻いている。
義一は、その爆煙のただ中へと突っ込んでいっており、目眩ましに利用していた。
九乃一は、速度を上げた。
(速度でぼくに敵うとでも?)
戦団最高速度にして神速、それこそが九乃一を定義する言葉だ。
だからこそ、速度勝負で負けるわけにはいかない――そう九乃一が思った矢先だった。
九乃一の進路上に、膨大な光が差した。
眩いばかりの黄金色の光だった。
「なに?」
九乃一は思わず足を止めて、光源を見遣ったのは、それがただの光などではなく、星神力の発動だったからだ。
そこには、黄金の光の化身が降臨していた。まるで太陽そのものような光を発するそれがなんであるか、九乃一にわからないわけがなかった。
皆代統魔の星象現界だ。
(万神殿だっけ)
九乃一は、目を細めて、その眩いばかりの光の源を見据えた。
光源にいるのは、神々《こうごう》しくも幻想的な黄金の装束を身に纏う統魔だ。彼の背後に浮かぶ光輪がひたすらに強烈な光を放ち、その存在を周囲に知らしめるかのようだった。
そして、その隣に白銀の光が出現したものだから、そちらにも意識を割かなければならなくなった。
(月女神……ねえ)
九乃一は、戦団が新たに獲得した二つの才能の素晴らしさには、素直に賞賛の声を上げたかった。
白銀の光を装束として身に纏ったのは、本荘ルナであり、それこそが彼女の武装顕現型星象現界・月女神である。
まるで統魔の星象現界・万神殿と対を為すかのような出で立ちは、二人が並び立つことでより際立ち、存在感を放っていた。
まるで見せつけるかのようだ。
「……そういえば、そうだったね」
九乃一は、幸多たちを追いかけるのを完全に止めて、皆代小隊と向き合った。
「きみたちが、いた」
恒例の絢爛武闘祭は、軍団長たちの圧倒的な力を見せつけて終わるものだ。
軍団長、つまり星将とは、煌光級の遥か上に位置する階級であるところの星光級の導士のことである。
星光級導士がどれほどの魔法技量の持ち主であり、実力者なのか、何度だって思い知らせるための恒例行事こそが、絢爛武闘祭なのだ。
悪趣味で、馬鹿馬鹿しいと思わないでもないが、しかし、絢爛武闘祭で打ちのめされた上で立ち上がるものにこそ、上を目指す権利がある。
だから、圧勝でいい。
軍団長たちの圧倒的勝利で終わっていいのだ。
だが、しかし、九乃一は、万神殿と月女神の輝きを見つめながら、口の端を緩めた。
「これは簡単にはいかないかもしれないね」
太陽と月の光が入り交じり、状況が動き始めた。