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第六百九十七話 幕間

 かくして、絢爛群星大式典けんらんぐんせいだいしきてんは、大歓声のうちに幕を閉じた。

 宇宙に浮かぶ舞台上に勢揃いした十二人の軍団長と総長、副総長による決意表明とも取れる、戦団の今後の方針に関する発表は、多くの双界そうかい住民が感じていた不安や不信を吹き飛ばすには十分過ぎるほどの威力を持っていたのだ。

 そもそもが、戦団を根幹こんかんとするのが央都おうとであり、人類生存圏じんるいせいぞんけんだ。

 ネノクニ市民はともかくとして、央都市民のほとんど全員が戦団を頼りにしている。戦団がいなければ生活などできないし、安穏たる日々を送ることもできないのだ。

 であればこそ、戦団の不甲斐ふがいないところなど見たくはなかったし、戦団にはなんとしてでも強くあって欲しいと想うのは、道理に等しい。

 頻発ひんぱつする大規模幻魔災害を完璧に防ぐことは、誰であれ不可能だ。

 そんなことは、市民だって理解している。

 それでも戦団が一向に動く気配を見せないからこそ、不安に駆り立てられ、不信感すら抱き、疑問を持ち始めるのだ。

 そうした考えの多くは、戦団の方針転換ともいえる今回の発表によって、ものの見事に吹き飛んだといっていい。

 少なくとも、圭吾けいごたちの周囲の座席の観客たちは、皆、一様にして戦団の方針転換に期待感を持っており、これまでの不安などどこ吹く風といった様子だった。

外征がいせい……外征かあ……!」

 現実世界に回帰するなり上げた圭悟の第一声は、興奮に満ちていた。

 それは夢や希望をも含んだ感情であり、彼は、今すぐ誰かとこの気持ちを分かち合いたくて堪らないといった状態だった。

「人類生存圏を拡大するっていってたね!」

 らんも、圭悟に同調するにように大声を上げる。

 対抗戦部の部室内。

 圭悟、蘭、真弥まや紗江子さえこ亨梧きょうご怜治れいじの六人だけがいるのだが、全員が全員、興奮状態だった。

 先程まで何十万人もの双界住民が一堂に会する空間にいたという感覚が、錯覚のように薄れて消えた。

 幻想から現実へ回帰するときは、いつだって、そうだ。

 幻想空間上での体験は、大抵の場合、夢のようなものなのだ。

 夢のように儚く、夢のように忘れやすい。

 感覚としては、だ。

 実際には、記憶から消え去ることはなかったし、喚起された感情は、今もなお、六人の気分を高め続けている。

「でもそれってどうなのかしら。央都を広げていって、それで、どうなるの?」

「説明通りだと想いますよ、真弥ちゃん」

「うーん?」

「央都の人口は百万人を超えました。このままの勢いで増加すると、いつか必ず土地が足らなくなってしまいますもの。ですから、外征を行う。光都の例を思えば、空白地帯に居住区を作るというわけにはいきませんから、やはり、〈クリファ〉を攻め滅ぼして、その跡地に新たな都市を作るという方向に舵を取るしかない、と結論付けられたのではないでしょうか」

 それに、と、紗栄子は、携帯端末を操作した。幻板げんばんを出力し、虚空に投影されたそれに戦団公式サイトを表示させる。

 既に大式典で発表された情報が網羅されており、戦団の今後の活動方針について、わかりやすく、そして詳細に説明されていた。

 さすがは戦団、としかいいようがないほどの手際の良さだったし、準備の良さだった。

 大式典の終了と同時に公式サイトを更新するように手配していたのだ。

「オトロシャの〈殻〉恐府きょうふは、葦原あしはら市よりも遥かに広大な土地を誇りますから、もし万が一、央都四市のいずれかで大規模幻魔災害起きて、都市そのものが機能不全に陥るようなことがあったとしても、市民の退避場所としても利用できるでしょう」

「それは……そうなのかな?」

 真弥は、紗江子の熱の入った説明と言葉の洪水に気圧けおされるような気分になりながら、彼女がここまで興奮するのも珍しいと想ったりした。

 真弥には、自分以外の三人の熱が理解できなかった。

 いや、真弥も興奮していないわけではない。

 大式典の舞台に登場した導士たちの絢爛たる姿を見て、そこによく知った顔があったのだ。

 親友の、皆代幸多みなしろこうたの姿があった。

 それだけでも大興奮だったし、彼が輝光きこう級三位に昇格したということは、とんでもないことだとも想った。

 闘衣とういを纏い、剣舞けんぶを行う彼の姿を見て、思わず涙を浮かべたのは真弥だけではあるまい。

 幸多のことをよく知る誰もが感動したはずだったし、激しく心を揺さぶられたはずだ。

 圭悟たちだって、周囲の目を気にすることなく泣いていたし、声援を送っていたものだ。対抗戦部の誰もが感極まっていた。

 そして、今回の式典の主役である皆代統魔(とうま)率いる皆代小隊のお披露目があった。それもまた、同世代の導士の大躍進ということもあって、興奮せずにはいられなかった。

 十二軍団長の勢揃いと、総長、副総長の姿を目の当たりにしたこともまた、だ。

 だが、それはそれとして、戦団の計画については、真弥は疑問を持った。

「それって、いますぐどうにかなる話じゃない……よね?」

「……あったり前だろ」

 圭悟が、真弥に水を差されたような気分になりながら、寝台から立ち上がった。

 蘭が幻創機げんそうきの設定を見直し、電源を落とす様子を認めて、大きく伸びをする。長時間に渡る幻想体との意識の同期は、体を鈍らせるような感覚がある。

「今後の大目標として、恐府の制圧を上げているだけで、明日明後日にも攻略作戦を開始するなんていってねえからな」

 そして、鬼級幻魔オトロシャの主宰する〈殻〉恐府は、紗江子のいったとおり、極めて大規模な〈殻〉だ。

 戦団がこれまで攻略してきたどの〈殻〉よりも大きく、広い。戦力もまた、他の〈殻〉とは比較にならないことは、戦団がこれまで公表してきた情報からも明らかだった。

 熾烈しれつな戦いが待っていることは、明らかだ。

「それに明日、いや、今すぐに攻撃を開始したとして、すぐに制圧できるわけなんてねえし」

「……だよね」

 真弥は、自分の考えが間違っていなかったことに安堵したものの、同時に漠然とした不安が膨れ上がってくるのを抑えられなかった。

「どんな戦いになるのかな。皆代くん、大丈夫かな」

「大丈夫だと、信じましょう」

「信じてる。信じてるよ」

 自分に言い聞かせるような真弥の言葉を受けて、圭悟は、なんともいえない顔になった。圭悟にも、真弥の気持ちは理解できるからだ。

 幸多のことは信じている。

 必ず無事に戻ってきてくれると、また逢えると、信じている。

 けれども、彼が無茶をしがちだということもまた、わかっているのだ。

 いつだって彼は満身創痍まんしんそういで、戦いのたびに死にひんしているのではないか。

 そのことを思えば、不安を覚えるのも無理のないことだ。

 なにせ、幸多は輝光級三位に昇格したのだ。

「……そういや幸多の奴、輝士きしになったんだよな」

「うん」

「輝士っていやあ、小隊長になるってことだよな」

「そうなるね」

 蘭は頷くと、圭悟たちが立ち上がり、荷物を手にするのを待った。蘭は既に準備を終えている。

 大式典は、終わった。

 いつまでも部室に留まっている場合ではなかったし、話し込むのであれば、ここよりも適した場所があるだろう。

 少なくとも夏休み中の部室には、飲み物も食べ物も用意されてはいないのだから。

「どんな連中が部下になるんだろうな」

「輝士になったからといって、だれもが小隊長になるわけじゃないけどね」

「そうだけどよ。幸多の場合、小隊長になりたがる気がするんだよな」

 圭悟は、遠い目をして、いった。

「あいつ、責任感が強すぎるからさ」

 誰よりも献身的で自己犠牲的だからこそ、いつだって傷だらけで、満身創痍の血まみれなのではないか。

 圭悟は、そんな風に考えてしまうのだ。

 幸多がもし小隊を率いるのであれば、せめて部下には恵まれて欲しいと思うのは、少々、彼のことを思いすぎだろうか。



 大式典の幕が下りると、宇宙基地のような舞台を取り巻く景色が大きく変わった。

 基地一帯の宇宙空間から観客船が飛び去り、星々の光が消えてなくなると、舞台そのものが崩壊したのである。

 変化は、舞台上だけでなく、舞台裏にまで波及し、その場にいた導士たち全員が唖然としている間にも、変化は激しさを増していく。

 膨大な光が導士たちの視界を白く塗り潰したのも束の間、次の瞬間には、広大な戦場が彼らの視界に横たわっていた。

 そこはもはや宇宙空間などではなかった。

 どこまでも広がる荒涼たる大地は、赤黒く、禍々《まがまが》しい。吹き荒れるのは、膨大な魔素に満ちた暴風であり、わずかでも気を抜けば吹き飛ばされるのではないかと思えた。

 雲の流れもまた、早い。

 太陽は、中天にあって、燦然さんぜんと輝いている。

 空は青い。

 あまりにも青すぎて、ここが幻想空間だという事実を忘れかけるほどだった。

「さて、諸君。幕間はこれまで」

 大音声は、戦団総長・神木神威こうぎかむいの威厳に満ちたものだった。

絢爛武闘祭けんらんぶとうさいを始めようか」


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