第六百九十六話 絢爛群星大式典(十六)
「正式に輝光級三位になったんだな」
「うん。なったよ。統魔よりずっと早く、ね」
「ああ、早い」
統魔は、少しばかり自慢げな、しかし、本心では全くそんな風に思っていないのだろう幸多の横顔を見て、それから視線を幻板に映した。
大式典に伴う戦団の方針発表は、ついに最後を迎えようとしている。
オトロシャ領の攻略によって人類生存圏を拡大し、〈殻〉跡地に新たな都市を建造する計画の全貌を大々的に発表しているのだ。
恐府は、葦原市よりもさらに広大な土地である。
そこに建造される都市は、当然、葦原市よりも大きなものとなるだろうし、増え続ける人口の受け皿として十二分に期待できた。
央都における大規模幻魔災害の頻発と、〈七悪〉の公表によって生じた戦団への不満や不信感を少しでも和らげるためにはどうすればいいか。
戦団は散々に考えた結果、方針の大転換によって衝撃を与えることにしたようだ。
人類生存圏の狭さが、不満の原因になっている可能性も少なくなかった、ということも大きい。
央都四市は、普段ならば広く感じられるが、しかし、こうまで大規模幻魔災害が連続的に起きるとなると、狭さを実感せざるを得ない。
央都全土に地下避難路があり、避難所が完備されているとはいっても、幻魔災害を目の当たりにした時の恐怖を打ち消すことはできないし、心的外傷として残り続けることだってあった。
逃げ場がないという不安が、それを助長する。
ならば、より広い土地を手に入れ、そこに巨大な都市を作り上げれば、市民の不満も吹き飛ぶのではないか。
安易で安直な考えだが、成功さえすれば、効果は抜群に違いなかった。
人類生存圏の拡大とは、即ち、人類復興への大いなる前進である。
央都の人口は、現在、およそ百万人といわれている。
央都四市で十分賄える程度の人口ではあったし、まだまだ人の住める土地は多い。
それでも、将来的なことを考えれば、一刻も早く領土を広げるべきだったし、そのためにはいつか必ず外征を行わなければならなかった。
ネノクニには、これ以上の広がりを求めることはできないし、住めるとしても百万人が限度なのではないか、といわれている。
やはり、地上に人類生存圏を広げていくしかない。
「おれは、半年以上かかったからな。輝士になるの」
「そうだったね」
幸多は、統魔の導衣の胸元に輝く星印に目を細めた。煌光級三位を示す星印の輝きは、輝光級三位の星印よりも強く、烈しい。
気のせいかもしれないが、そう感じてしまうのも仕方のないことだろう。
幻想空間上。
絢爛群星大式典会場の舞台裏に、幸多と統魔はいる。
幸多は、やはり、合宿組で集まってしまうことが多かった。ほかに知り合いといえば、統魔か草薙真くらいだからだ。
統魔は小隊で行動していて、近寄りがたい空気感を出していた。なにより、本日の主役だ。式典に意識を集中しているというときに声をかけられるはずもない。
真も、そういう点では声をかけづらい部類に入るだろう。
彼は、式典のために神経を研ぎ澄ませているようであり、周囲に誰一人近づけないような状況だった。
幸多ですら、そうだ。幸多以上に親交のない導士が声をかけられるはずもなく、故に彼は、式典が始まるまでは一人だったのだ。
真は舞台裏に戻ってくるなり緊張感から解放されたのか、幸多と少し会話をした後、所属する第十軍団の導士たちの元へと行ってしまった。
そして幸多は、いつもの面々と集まって、皆代小隊の晴れ舞台を見ていたというわけである。
「幸多は凄いよ」
「真くんもね」
「そういや、そうだったな。あいつ、おまえの友達だったか」
「うん。友達だよ。皆もね」
そういって幸多が目線を送った先には、合宿組と皆代小隊の面々がいた。大袈裟なまでの身振り手振りでなにやら会話を展開しているのは、香織だ。彼女が話の中心になっているのは、遠目にもはっきりとわかる。
「友達が増えるのはいいことだ」
「うん。本当に、そう想うよ」
「……良かった」
統魔は、心底そう想うのだ。
幸多の人生を思い返せば、そう考えざるを得ない。
幸多の幼い頃というのは、友人というものができなかった。生まれながら魔法を使えないというだけで、子供たちの輪に入れなかったのだ。
子供は、残酷だ。
無邪気が故に、大人以上に残酷になれてしまう。
魔法不能者への差別的な言動は、子供たちの無知が故に行われるものであったし、それを責めることはできまい。
無論、子供のころの統魔は、そんな子供たちを許せなかったし、度々《たびたび》口論になり、喧嘩へと発展したものだ。
その結果、余計に幸多に友達ができなくなったのは、いうまでもない。
だから、自分がいないほうがいいのではないか、と、統魔は考え込んだりもした。自分さえいなければ、もう少しうまくやっていけるのではないか。友達ができることだってあるのではないか。
けれども、幸多のことを想うと、彼の側を離れられなかった。
統魔が離れた瞬間、子供たちに虐められるのではないかという想いのほうが勝ってしまったのだ。
それがいわゆる過保護だったのだと気づいたのは、中学生になり、幸多に友人ができたという話を聞いてからだ。
猛省したものである。
幸多が中学生時代には友人ができたというのは、嘘ではない。では上手くやっていたらしい。中学時代の友人とは今でも連絡を取り合っているという話だったし、逢ったこともあった。
彼らは、幸多のことを魔法不能者としてではなく、一人の人間として見てくれていた。
人は、成長する生き物だ。
いつまでも子供のままではないし、子供のままではいられない。
そして、幸多は高校でも友人ができた。
戦団でも。
やはり、そう考えると、小学校時代に友達ができなかったのは、統魔のせいなのではないか。
統魔は、内心苦笑するほかなかったし、そのために幸多が苦しんだというのであれば、心の底から謝罪したかった。
しかし、いま、この場でする話ではないだろう。
いずれ、機会を見て、謝ろう。
統魔は、心の中でそう決意すると、幸多の闘衣を見た。魔法使いの長衣を連想させる導衣とは異なり、輝士の甲冑を連想させるような装甲部を持つ闘衣は、彼専用の装備といっても過言ではない。
その胸元には、輝光級三位を示す星印が輝いている。
入団からたった二月で輝士になったものは、幸多と草薙真くらいのものだ。
統魔が度々更新してきた最速昇格記録だったが、この二人の超新星によってあっという間に塗り替えられてしまった。
もっとも、そんなことを悔しがるような愚かしさを統魔は持ち合わせていなかった。
むしろ、誇らしい気分で一杯だった。
幸多が評価されることほど、統魔にとって嬉しいことはないのだ。
統魔ほど幸多を評価している人間はいない。
そう、彼は確信している。
だからこそ、幸多が正当に評価されることが嬉しかったし、当然だとも想っていた。当たり前の結果に疑問は持たない。
ただ、少々、昇格が早すぎる気がしないではなかったし、そこに戦団の思惑が絡んでいることは想像に難くないということも理解している。
戦団が幸多になにかを期待しているのではないか、と、想わざるを得ない。
特異点。
幸多とルナ、そして砂部愛理という少女に共通する、悪魔が定めた呼称。
その言葉が意味するところを統魔は知らない。
ルナのことからして、なにか特別で特異な存在を意味する言葉なのは間違いなさそうなのだが、幸多に関してはよくわからない。
完全無能者だから特異点なのか。
それともなにか別の意味があるのか。
統魔は、最近、そのことをよく考える。
幸多とは、なにものなのか、と。
「でも、もっと凄いのは統魔だよ」
「凄いだろ」
「うん。本当に凄い。凄すぎる」
幸多のその言葉に嘘偽りもなければ、本心以外のなにものでもないことは、統魔にはわかりすぎるくらいにわかったし、伝わってくるのだ。
幸多は、嘘を付くのが本当に下手だ。隠し事をしていても、すぐにわかってしまう。
「ぼくは、統魔の兄で良かったと心底想うよ」
「弟な」
「兄だよ。お兄ちゃんと呼べ」
「弟だ。お兄様と敬え」
「はあ?」
「なんだ?」
統魔と幸多は、くだらない意見の食い違いでしばし睨み合ったが、同時に噴き出してしまった。
「ほんっと、いつまでたっても子供なんだから」
「どっちがだよ」
「さあね?」
「おい」
どんなときでも自分が兄だと言い張り続ける幸多と、そんな幸多にいつだって張り合い続ける統魔の様子は、周囲の目にも微笑ましいものに映っていた。
「本当に仲が良い兄弟なんだね」
「だなー」
黒乃の意見には、真白も同意するほかなかった。
幸多が皆代統魔と兄弟だということは以前から知っていたし、仲が良いという話も奏恵から聞いて知ってはいた。
しかし、想像以上だった。
想像していたよりも遥かに仲が良さそうであり、それが真白には少し気に入らなかった。
そんな兄の不機嫌な様子が黒乃には少しばかり面白く思えて、けれども、そのことは口にしなかった。
藪蛇になりかねない。
黒乃も、少しばかり、統魔が羨ましく思えたからだ。