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第六百九十四話 絢爛群星大式典(十四)

央都おうとが四つの市になってからというもの、我々は、守りに徹してきた。それはなぜか。央都四市が不安定極まりなかったからであり、人口も少なく、外敵の脅威きょういから身を守ることこそ重要だと判断したからだ」

 央都は、かつて、いまの葦原あしはら市だけを指す言葉だった。

 約五十年前、ネノクニ統治機構とうちきこうの地上進出への悲願を果たすべく行われた地上奪還作戦。

 神木神威こうぎかむい伊佐那麒麟いざなきりん上庄諱かみしょういみならが参加したそれは、絶望的な、それこそ地獄のような戦いであり、ネノクニ直上に〈クリファ〉バビロンを主宰していた鬼級幻魔おにきゅうげんまリリスとの決戦であった。

 それはまさに死闘であり、多くの犠牲を払いながら辛くも勝利した地上奪還部隊は、バビロン跡地を土台として人類復興の中心地を作り上げるに至った。

 人類復興の中心中央の都市。

 故に央都。

 そう名付けられた都市は、以降二十年に渡って人類復興の中心として、人類生存圏そのものとして機能したものである。

 地上奪還作戦の成功は、しかし、人類復興隊と名を変えた地上奪還部隊とネノクニ統治機構の間に亀裂きれつを生じさせることとなったものの、結局は人手不足を補うべく、人類復興隊優位の協力関係が結ばれることとなった。

 そして、人類復興隊が戦団と名を改め、地上に人類の楽土らくどを作り上げるべく奔走ほんそうし始めたのは、今や昔の話だが、忘れようにも忘れられない記憶でもある。

 神威が目を瞑れば、昨日のことのようにそのときの光景がよぎった。

 それこそ、地上奪還作戦から央都の誕生、そして央都四市への拡大に至るまで、全てを鮮明に思い出すことができた。

 朧気おぼろげ輪郭りんかくではなく、明確な映像として全てを思い浮かべられるのだ。

 それほどまでに鮮烈な記憶の数々。

 それだけ大量の犠牲を払ってきたからというのもあったし、忘れてはならないと肝に銘じてきたからでもある。

 まず、北に隣接する〈殻〉を制圧すると、出雲いずも市が誕生した。

 つぎに西に隣接する〈殻〉を制し、さらに東に隣接する〈殻〉と戦い、勝利した。

 そのいずれもが薄氷を踏むような戦いばかりだったし、死闘でもあった。

 〈殻〉との戦いは、鬼級幻魔率いる大軍勢との戦争でもある。

 そして、大和市、水穂市が誕生している。

 それらの戦いを振り返った結果、幸運にも勝てたものの、現有戦力での外征は控えるべきではないか、という意見が大勢を占めたのは、道理としか言い様がない。

 あれから、三十年近くが経った。

「あれから三十年。状況は、変わった。少なくとも、央都の人口は、三十年前と比べるべくもなく増大し、それに伴い、戦団もその戦力を大幅に強化することができた」

 神威は、演説を続けながら、しかし、それでも、と考えてしまう。

 外征を行う、央都から打って出る、などと、方針転換を表明したものの、彼の中には常にわだかまり続けていることがあった。

 外征とは即ち、導士たちを死地しちおもむかせることにほかならない。

 〈殻〉に攻め込むということはつまり、そういうことだ。

 〈殻〉は、地獄そのものだ。

 どこもかしこも幻魔に満ち溢れていて、気を抜くことなど出来るわけもなければ、常に注意を払っていても、緊張感を以て状況にのぞんだとしても、ふとした拍子ひょうしに命を落としかねない。

 そこは幻魔の王国であり、住民すべてが幻魔なのだ。そして、それらの幻魔は、〈殻〉の王たる鬼級幻魔の兵隊でもある。

 だが、央都を、人類生存圏を拡大しようというのであれば、人類復興を望むのであれば、避けては通れない道でもあった。

 神威としては、戦力の大いなる充実がなってから、準備万端整い、確実な勝利を得られるという保証が得られてから、ようやく打って出るべきであり、いまはまだ時期尚早じきしょうそうなのではないか、という想いが強かった。

 三十年前こそ、勝利を積み重ねることができたが、いずれも奇跡的というほかないものばかりであって、そこで調子に乗って他の〈殻〉に攻め込めば、手痛い失態しったいを犯しかねないことは誰の目にも明らかだった。

 圧倒的に戦力が足りない状態で戦い、辛くも勝利してきたのだ。

 それもこれも、央都が攻め込まれたからだったし、放っておけば、攻撃され続ける可能性があったからだ。

 防備を固め、撃退し続けるには、あまりにも戦力が足りなかった。

 故に三方の〈殻〉に戦いを仕掛けたのが、三十年前の戦いの真相である。

 幸運にも勝利に恵まれたが、絶対に勝てるという算段もなければ、なんの保証もない戦いばかりだった。

 そのことを理解しているからこそ、神威は、慎重にならざるを得なかった。

 幻魔との戦いにおいて、慎重になりすぎて駄目なことはない。

 相手は、人類の天敵だ。

 人類を圧倒的に凌駕りょうがする生命力と魔素質量の持ち主なのだ。魔法技量も凶悪無比であり、戦闘能力もまた、強大極まりない。。

 慎重に慎重を重ねた上で、まだまだ戦力が充実するのを待つべきだ、というのが神威の意見だったし、護法院ごほういんも彼の考えに賛同していた。

 軍団長の中には、打って出るべきではないか、というものも少なくない。

 空白地帯のど真ん中で孤立しているも同然の衛星拠点での任務に当たる導士たちにしてみれば、安穏あんのん極まる央都の中心でああでもないこうでもないと言い合っているだけの老人たちの意見など、なんの当てにもならないとでもいいたいのかもしれないし、実際にそういうところもあるだろう。

 現実に最前線で戦っているものたちからすれば、三十年近く防戦一方に等しい央都の有り様、戦団の現状に不満を持たない理由はなかった。

 そして、この数ヶ月だ。

 およそ十年前のサタンの出現に端を発するのであろう幻魔災害の数々は、この数ヶ月、大規模幻魔災害となって央都内で荒れ狂った。

 狭い狭い人類生存圏の各地で嵐のように巻き起こったそれらの被害は、なんとか最小限に抑えることができたものの、央都市民、あるいは双界住民の戦団への不安をあおり、不満や不信感を募らせる結果となった。

 それも、神威には理解できる。

 戦団が未然に防ぐことができなかったからこその結果である、と、人々が受け取るのも無理のない話だ。

 幻魔災害を未然に防ぐなど不可能に近いが、そんな現実は、市民には関係がない。

 市民は、安全で平穏な日々を戦団に約束して欲しいと考えているのだし、そのために税金を納めているといっても過言ではない。

 戦団が護ってくれないのであれば、地上で生活する意味はなく、故に地下に、ネノクニに帰ろうと考える人達も出始めていた。

 それでは、いけない。

 地上にこそ、人類復興の未来がある。

 地下には、ネノクニには、希望に満ち溢れた未来はないのだ。

 この絶望の天地を切り開いてこそ、人類は未来に向かって突き進むことができる。

 そう考えたとき、神威は、一つの結論に至るしかなかった。

 人類生存圏の拡大である。

「戦団の現有戦力でもってすれば、央都近隣の〈殻〉を滅ぼし、人類生存圏を拡大することは決して夢物語ではない。極めて現実的な話である。そして、まず最初に落とすべき〈殻〉は、既に決まっている」

 神威の演説に合わせて、超大型幻板に表示されている映像に変化が生じた。

 天から央都四市だけを大写しにしていた画面が大きく遠ざかったかと思うと、葦原市北東の巨大な〈殻〉のその圧倒的な領土が表示された。

 葦原市の北東、出雲市の東、水穂市の北に位置するその〈殻〉は、央都近隣の〈殻〉において最大規模の〈殻〉である。

 鬼級幻魔オトロシャの〈殻〉恐府きょうふである。

「我々は、鬼級幻魔オトロシャの〈殻〉を攻め滅ぼし、そこに新たな都市を作り上げることをここに表明する!」

 神威の大音声は、幻想空間に集った観覧客のみならず、大式典の中継を見守っていた央都市民、ネノクニ市民をも大いに驚愕させ、興奮させ、昂揚こうようさせた。

 中には混乱する人々もいれば、反対意見を述べる人達もいたが、多くの人々は、好意的に受け入れたのだった。

 近年、戦団のこの方針表明ほど、大きな衝撃を与えた事件はなかったに違いない。


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