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第六百九十三話 絢爛群星大式典(十三)

「我々は、戦団創設の昔から、常に、市民の、央都おうと安寧あんねい、人類生存圏の維持に全力を尽くしてきた。それもこれも、この地上は、魔天創世まてんそうせい以来、数多の幻魔げんま跳梁跋扈ちょうりょうばっこする魔界と成り果てていたからだ」

 神威かむいの演説に合わせるようにしてその背後に巨大な幻板げんばんが出現すると、そこにも宇宙空間が表示された。

 無数の星々が瞬く宇宙空間には、かつて存在した衛星の残骸や、宇宙基地、宇宙港、宇宙都市の数々が浮かんでいた。地球圏とも呼ばれる地球を中心とする宇宙の記録映像である。

 映像の焦点は、中心に浮かぶ地球に向けられている。

 地球が拡大されると、魔法時代や混沌時代に記録された地球全土の地形とは激変した様子のそれが映し出された。

 大地は赤黒く塗り潰され、地球の大半を覆う海はどす黒く染め上げられてしまっていた。

 幻魔以外の生物が完全に死に絶えた世界。

 その全容は、戦団も把握はあくしきれておらず、故に現在の地球全土の様子というのは想像図に過ぎない。

 妄想や空想の類に近いものであり、なんの当てにもならないものだ。

 しかし、おそらくはそれほど間違っていないだろうという絶望感もある。

 なにせ、央都周辺の地形が混沌時代末期とすら様変わりしていたのだ。

 地球全土が激変していたのだとして、なんら不思議ではなかったし、想像図通りに成り果てていたとしてもおかしくはない。

 むしお、当然というべきなのではないか。

 魔天創世によって地球は変わり果てた。

 幻魔にとって住みやすい世界に改変され、改造され、改良されてしまったのだ。

 人類にとっては、改悪といっていい。

 どこもかしこも人類の住める土地ではなくなってしまった。

 かつて、陸海空の全てをその魔法と技術によって支配し、宇宙にすら進出を果たした人類は、しかし、幻魔の圧倒的な力の前に大敗をきっしたのだ。

 滅亡の一歩手前まで追いられた。

 いまもなお、存亡の危機に立たされている。

 少なくとも、地球上の人類は、だが。

 宇宙に進出し、地球と関係を断絶した宇宙移民は、もしかしらたいまもなお健在で、どこかで栄華

《えいが》を極めているかもしれない。繁栄し、大いなる文明を築き上げているかもしれない。

 が、地球と同じ末路を辿っている可能性も否定できない。

 地球の何処かで、ネノクニと同様に生き残った人々がいる可能性も、ある。

 いずれも可能性の話であって、確信も確証もない。

 だからこそ、あてにしてはならない。

「地球全土が、幻魔の世界と変わり果てた。どこもかしこも鬼級幻魔の〈クリファ〉ばかりだ。この央都の、人類生存圏の周囲ですら、そうだ。故に我々戦団は、慎重に慎重を期してきた」

 幻板が地球の一点、日本列島と呼ばれた島を注目すると、一地域が画面一杯に表示される。

 央都周辺の地形である。

 かつて、日本という国があった時代には兵庫県と呼ばれていた地域だ。

 魔法時代に終焉しゅうえんを告げた二度に渡る魔法大戦は、あらゆる国家に壊滅的な打撃を与えた。

 数多の国々が滅び、無政府状態となった地域からは秩序は失われたのだ。

 故に訪れたのが混沌時代である。

 国家に変わって台頭したのは、力を持った企業であり、企業による勢力争いこそがまさに混沌そのものだった時代の象徴だといわれている。

 もっとも、ネノクニに隠れていた人々には関係のない話であり、同時に、ネノクニ人には、知りようのない事柄でもあった。

 神威たちが地上にそのような時代があったことを知ることができたのは、ノルン・システムのおかげだった。

 そして、ノルン・システムがもたらした膨大な情報が、戦団の、人類のおかれている絶望的な状況を突きつけてきたのであり、故にこそ、戦団内において慎重論が常に優勢を占めたのだ。

 ノルン・システムが莫大な情報をもたらさなければ、戦団は無謀な遠征を繰り返し、破滅へと突き進んだかもしれない。

 情報とは、力だ。

 情報があればこそ、人類生存圏の維持もできている。

 そんな人類生存圏・央都の中心たる葦原あしはら市の所在地は、かつての兵庫ひょうご県南部にあった加古川かこがわ市と呼ばれる行政区域周辺である。その北部に出雲いずも市、西部に大和やまと市、東部に水穂みずほ市が位置しており、さらにその周囲に衛星拠点が配置されていることが、超大型幻板に表示された映像から見て取れる。

 人類生存圏周辺の地形に関しては完璧に近い精度で再現されているのだが、空白地帯に関しては常に混沌としており、変化し続けていることもあって不正確だ。

 そして、人類生存圏を取り巻く無数の〈殻〉の存在感は、凶悪といっていい。

 央都周辺だけで八つもの〈殻〉が存在しており、それらが互いに牽制し合っている状態が続いているからこそ、辛くも人類生存圏が存続できている。

「だが、いまや脅威きょういは近隣の〈殻〉だけではない。先頃、我々がその存在を公表した〈七悪しちあく〉は、この双界に跳梁ちょうちょうし、暗躍あんやくする鬼級幻魔の勢力である。我々は、〈七悪〉の打倒こそ当面の目標とするべきだと考えていたが、しかしそれこそが大きな見当違いだった」

 神威がその大声で断言すると、会場内にどよめきが生じた。

 それは強力な波紋となって、会場全体のみならず、双界全土へと広がっていく。

 この大式典は、ネットワークを通じて中継されていることもあり、双界全土のあらゆる場所で視聴可能だった。

 央都市民のみならず、ネノクニ市民の多くも、視聴していることだろう。

 誰もが注目しているからこそ、神威は、力を込めて言葉を発するのだ。

「〈七悪〉は、散々この双界に幻魔災害を引き起こしてきたが、その目的は、七体目の悪魔の誕生にある。〈七悪〉が、七体の悪魔を揃えることを目的としていることは、既に知っていることだろう。彼奴きゃつらの目的がそれである以上、今後も双界各地で幻魔災害が引き起こされることは疑いようがない」

 神威の発言がさらなる波紋を巻き起こしていくが、彼は全く意に介することなく、淀みなく言葉を発し続ける。

「そもそも、幻魔災害の発生を未然に食い止めることはできない。どうしたところで発生してしまうものだ」

 長年戦団の頂点に君臨し、幻魔災害と戦い続けてきた神威の発言だからこそ、説得力があった。

 幻魔災害とは、幻魔の発生に伴う災害の総称だ。そして、幻魔の発生は、神威の言葉にある通り未然には防ぎようがないのだ。

 魔法士が死ねば、幻魔が発生する可能性があり、それも確実なものではなかったし、仮に発生することがわかっていても、どうしようもない。

 幻魔が発生した瞬間に対処することができれば、被害を限りなく少なくすることはできるだろうが、被害そのものをなくすことはできない。

 サタンによって引き起こされる幻魔災害も同じだ。

 サタンを撃退できるというのであればその限りではないが、しかし、現実問題としてどこにでも現れるサタンに対応することは不可能に等しい。

 サタンの出現を完璧に予知できるのであればともかく、そうでなければ現実的ではない。

 そして、そんなことはできない。

 仮にユグドラシル・システムがその未来予測機能を完璧に使いこなせたとしても、不可能なのではないか。

 ユグドラシル・システムの未来予測は、幻魔災害の発生をも予測するものではない。

 幻魔災害に対しては、何者も、後手に回らざるを得ない。

「無論、我々もただ手をこまねいているつもりはない。できることはする。打てる手は打つ。央都の守りを固め、幻魔災害の被害を最小限に食い止められるよう、全力を尽くす。だが、それだけでは我々に未来はない。サタンの、〈七悪〉の脅威に怯えているだけでは、人類に希望の未来は訪れない」

 神威は、その隻眼で宇宙空間を見渡しながら、告げた。彼の目には、観客船の座席に座った人々が身を乗り出して、あるいは周囲の友人知人と激論さえ交わしながら、それでもなお彼の声に耳を傾ける様が映り込んでいる。

 双界住民、一人一人の顔が、はっきりと映り込んでくるのだ。

「よって、我々は、人類生存圏の拡大をこそ当面の目標に掲げることをここに宣言する」

 会場全体が大きくどよめき、この幻想の宇宙そのものが激しく震撼しんかんするかのようだった。

 観客船に乗っている市民が、舞台裏の導士たちが、宣言の内容を知らなかった誰もが、様々な反応を示したのだ。

 これまでの戦団の央都中心の活動を支持していた人々にとっても、そうした防衛主体の活動を消極的と非難していた人々にとっても、央都市民、ネノクニ市民のどちらにとっても、極めて衝撃的な宣言だった。

 それは紛れもなく、戦団の方針転換を意味していた。

 観客船が揺れるほどの衝撃が生じるのも無理のない話だったし、そうした多様な反応もすべて織り込み済みだった。

 わかりきっていたことだ。

 神威は、観客船の様子を見て、満足した。

 市民の反応を直接見ることができたのは、収穫だった。市民が様々な考え、意見を持っていることは理解していたし、それら市民の想いが集約された報告書にも目を通している。

 今現在の戦団の活動方針に不満を持つ人々もいれば、このままでいいと考える人々もいる。

 もっと幻魔災害に対応して欲しいという声もあれば、戦団は十二分にやってくれているとする声もある。

 央都防衛にこそ注力していることを喜ぶ市民もいれば、もっと打って出るべきではないかという市民もいる。

 考えは、様々だ。

 人の数だけ意見があり、それらが完璧に一つになることはない。

 戦団ですら、一枚岩いちまいいわではない。

 一枚岩でありたいと思っていても、考え方は千差万別であり、想いもまた、同じだけ異なるものだ。

 だからこそ、と、神威は考えるのだ。

 全ての市民の想いに応えることはできない。

 どうすれば戦団にとって、市民にとってより良い未来が訪れるのか、神威は、そればかりを考えている。

 そして、導き出した結論が、これだ。

 外征がいせいを、今こそ行うべきではないか。


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