第六百九十一話 絢爛群星大式典(十一)
輝光級に昇格した導士の紹介し終わると、ついに煌光級の順番となった。
絢爛群星大式典は、新たに煌光級へと昇格した導士を披露するための大舞台であり、恒例行事だ。
輝光級になって初めて一人前の導士とよばれるのであれば、煌光級となった導士は、なんと呼ばれるのだろう。
そんなどうでもいいことを考えながら、統魔は、待ちに待った自分たちの出番が来たことに多少の緊張感を覚えた。
ようやく、という気分もある。
長い長い式典。最初こそ全く緊張していなかったというのに、待っている時間が長ければ長いほど、精神面への負荷も変わるらしい。
自分がここにいるのは、相応しい実績を積み上げてきたからだという確信はある。納得感もある。当然の結果だったし、道理としか言い様がないものだ。
誰にだって文句は言わせない。
だから、胸を張って、舞台に上がればいい。
そんなことは、わかっている。
いままで数多くの導士たちがこの大舞台を闊歩し、大観衆に声援を送られてきたのだ。
特に幸多が出番となった際には、身を乗り出して見守っていたものである。
幸多が失敗しないか、間違ったりしないか、緊張の余り頭の中が真っ白になったりしていないか、心配ばかりしていたものだが、すべて杞憂に終わった。
幸多は立派にやるべきことを成し遂げて、舞台袖へと戻ってきている。そして、いまは、友人たちと緊張や達成感を分かち合っているようだ。
統魔は、皆代小隊で固まっていることもあって、幸多と言葉を交わしている余裕すらなかった。
それだけの緊張感が、舞台裏にも蔓延している。
それは、統魔の精神さえも苛むほどの重圧の波となり、いままさに彼の意識を席巻していた。
「しかし、今回はなんたってまた、おれたちが一纏めなんだ?」
「それだけ期待されてるんでしょ、皆代小隊に」
今更としか言いようのないような枝連の疑問には、剣が笑いながら応えた。彼はほとんど緊張していない。というのも、自分が主役ではないからだ。端役も端役、路傍の石にすらならないのではないかとすら思っていた。
昇格こそしたものの、それもすべて、皆代小隊の一員だったからこそという意識があるからだろう。
「たいちょとルナっちが戦績の大半なんだけどなあ」
「そうですね」
香織の意見も最もだったし、否定しようのないことだと字は想った。
皆代小隊に所属する全員が広報部によって取り上げられ、双界全土の人々に知れ渡るようになったのは、統魔とルナの活躍に引っ張られていった結果だ。
それは、小隊の全員が理解していることだ。
「わたしは、みんな一緒がいいよ」
そういったのは、ルナだ。彼女は、いまや皆代小隊の皆のことが大好きになっていたし、自分にとってなくてはならない存在だと認識しているのだ。香織が、そんなルナに笑顔を向けた。
「そっか。じゃあ、それでいいや」
「なんか、てきとーだね」
「適当適切最適解、それがあたしの信条だし」
「とてもそうは思えないけどな」
「いい感じに締めくくったのに、そこで刺してくるな-!」
「どこがだ」
隊員たちのやり取りを見ている間にも、統魔たちの出番が回ってきた。
そうなのだ。
枝連が先程いったとおり、今回、大式典の最後を飾るのは、統魔一人ではなく、皆代小隊の全員で、だった。
剣のいったように戦団広報部が皆代小隊を売り出したいという意図があるのは、疑いようもなかった。
この大式典は、昇格した導士を市民に知らしめるためのお披露目の場だ。
そして、今回、皆代小隊の隊員全員が同時期に昇格していた。
そのことに広報部が目を付けないわけもなく、皆代小隊で大式典の最後を飾らせようと提案したというのは、あながちありえない話ではなかった。
そして、舞台袖へと移動した統魔だったが、その際、幸多と目が合って笑いかけられたものだから、笑い返すと、隣からルナが顔を覗き込んできた。
「なんだよ」
「なんだか嬉しそーだな、って」
「そりゃあ……」
「弟くん、だもんね。近いうちに紹介して欲しいかも」
「さっきからそればっかりだな」
「だってえ」
ルナが統魔に甘ったるい声ばかりを上げるから、その隣の字がどういう表情をすればいいものかわからないといった有り様なのが、香織には多少不憫に思えた。が、かといってどうすることもできない。
舞台は、既に整っている。
今期、輝光級三位に昇格した唯一の導士として皆代統魔の名が超大型幻板に大々的に表示されるとともに、舞台上への呼び声が響き渡っていた。
そして、皆代小隊の面々の名もまた、幻板上に表示され、それぞれが昇格していることも知らしめられた。
特に注目を集めるのは、本荘ルナだろう。
この八月、導士になったばかりの彼女は、当然ながら灯光級三位からその歩みを始めている。
それがこの一ヶ月で、一気に輝光級一位にまで昇格したのだ。
皆代幸多と草薙真の記録をも上回る昇格速度であり、驚きに満ちた歓声が膨れ上がるのも当然のことだった。
そんな反応のただ中へと、皆代小隊は進んでいく。
先頭を行くのは、皆代小隊防手・六甲枝連である。彼の隆々たる体躯は、小隊の盾であることを強く主張するようであり、緊張感に満ちた面構えも、頼もしく見えた。
そのすぐ右後方に新野辺香織が、左後方に高御座剣が並んでいる。二人とも攻手であり、その役割に相応しい立ち位置である。
香織は、拍手喝采のただ中を歩きながら、大興奮で手を振ったり、笑顔を振り撒いていた。反対側の剣は、自分がこのような場にいることの不思議を実感しながら、とんでもないぎこちない笑みを浮かべている。
その二人に挟まれているのは、上庄諱だ。小隊の要たる補手である彼女もまた、緊張と興奮の真っ只中にあり、どういった反応をすればいいのかと戸惑っているようだった。祖母から送られた正装に身を包んだ彼女の姿は、絢爛たる大舞台の中でも一際目立っていた。
そして、最後尾を行くのが、小隊長兼攻手の皆代統魔と四人目の攻手・本荘ルナである。
本来ならば統魔だけが最後尾を歩く予定だったのだが、ルナがどうしても一緒がいいといって聞かないので、仕方なく並んで歩くことになったのだ。
ルナは、すぐにでも煌光級に昇格してもおかしくない実力の持ち主だ。
とんでもない魔素質量の持ち主であるというだけでなく、星象現界の使い手でもある。
その時点で、凡百の導士とは比較にならない実力者なのだ。足りないのは実績くらいのものだが、今現在、戦団が重要視しているのは実績以上に実力である。
実績も確かに重要だが、それ以上に実力、魔法技量に重きを置くのもわからないではない。
星象現界が使えるのであれば、どれだけ実績がなかろうとも重用するべきだ。
それは、誰もが当然のように考えることだろうし、だからこそ、ルナは、一足飛びに輝光級一位にまで昇格した。
その事実が、戦団内のみならず、双界の人々にどれほどの衝撃を与えるのかは、統魔には想像もつかない。
統魔からしてみれば、当たり前の結果に過ぎないからだ。
統魔に煌光級三位の資格があるというのであれば、ルナにも相応の資格があって然るべきだ、と、彼は想う。
そして、統魔は、五十万人もの観覧客と、中継を見ているさらに数多くの双界の住人たちが注目するこの大舞台の主役が自分なのだということを改めて意識する。
緊張や興奮、昂揚が怒濤のように押し寄せて、意識を染め上げていく。
枝連が、舞台の先端に辿り着けば、香織、剣、字、そしてルナと統魔もまた、順次到達する。
六人は、一斉に転身機を起動し、導衣へと着替えて見せた。そして、枝連から順番に魔法を披露していく。
枝連の魔法は、防型魔法だ。紅蓮の炎が巨大な城塞のように聳え立てば、その中から雷光を帯びた香織が飛び立ち、剣の巻き起こした竜巻が宇宙へと伸び上がっていく。
そこへ、巨大な雫が落ちてきたかと思えば、全ての魔法を沈静化させた。字の魔法である。
大歓声が会場を包み込む中で、統魔は、ルナと目線を交わした。
二人は、同時に星象現界を発動させたのだ。
星象現界は、戦団魔法戦技の最秘奥だ。戦団がその存在を公表していない機密情報なのだが、しかし、統魔とルナがこのような魔法を使ったという情報だけは出回っていた。
そもそも、それが星象現界であり、魔法の極致であるという事実だけは隠されているものの、星将たちが奥義めいた魔法を持っていることだけが知れ渡っているのだ。
星象現界は、ただ見ただけではその原理を理解することも、解明することも不可能だ。
複雑怪奇極まりない律像から星象現界の全容を解き明かすなど、映像をどれだけ繰り返し見たところでできるわけもなかったし、律像に込められた情報を、魔法の設計図を理解したところで、再現することは不可能だった。
星象現界は、固有の魔法なのだ。
性質の近い、あるいは似たような星象現界が発現することはあっても、まったく同じ星象現界は存在しないといわれている。
ほかの魔法のように、律像を模倣しただけでどうにかなるようなものではないのだ。
そして、黄金の装束を纏い、太陽のように輝く統魔と、白銀の装束を纏い、月のように光を放つルナという二人の姿は、それだけで大式典を最高潮に盛り上げるものだった。
神々しく、幻想的で、力強い。
そんな二人がいる戦団の将来は、極めて明るいもののように見えたのだ。