第六百九十話 絢爛群星大式典(十)
舞台上の超大型幻板によって輝光級三位に昇格した導士が発表されると、会場全体がさらに大きな盛り上がりを見せた。
輝光級といえば、戦団の最小編成単位である小隊、その隊長を務めることのできる階級であり、一人前の導士である証といっても過言ではない。
故に輝光級導士――輝士は、輝光級未満の導士以上に注目を浴びるのであり、観客船からの声援も一層に増加するものなのだ。
しかも、以前から世間の注目を集めていた二名の新人導士が、あっという間の速さで昇格したということも、大きな話題となり、興奮を呼んでもいた。
皆代幸多と草薙真が戦団戦闘部に入ったのは、つい二ヶ月ほど前のことだ。
対抗戦決勝大会の優勝校に所属していただけでなく、最優秀選手に選ばれた皆代幸多と、最後まで優勝を争い、特別に二人目の最優秀選手に選ばれた草薙誠。
様々な面から注目の的となっていた二人が、戦団史上初となる快挙を成し遂げたのだ。
たった二ヶ月で輝光級まで昇格したということそれ自体が、大快挙なのである。
だからこそ、会場は興奮の坩堝と化しているのかもしれない。
「きみとこうして大式典の舞台を共にする日がこようとはな」
さしもの草薙真も、想定外の事態には興奮を禁じ得なかったし、その歓喜を表情の中に押し込めるのに苦労しなければならなかった。
常に沈着冷静であることが、第十軍団における草薙真という人間なのだ。
幸多の前だからといって感情を剥き出しにするのは、らしくない。そんなことをすれば、師匠のみならず、周囲の導士たちにどのような弄られ方をするものか、わかったものではないのだ。
もっとも、彼がとてつもない喜びを噛みしめているということは、周囲の導士たちには明らかだったし、その努力は水泡に帰していた。
しかし、幸多と舞台袖に並んだときには、そうした周囲の目線や反応は全く気にならなくなっていた。雑音すら、耳に入ってこない。
「本当に凄いことだよね」
「ああ。本当に凄いことだ」
幸多が興奮と喜びを全く隠さない声を上げるから、真も同じように頷いてしまう。
同期入団の導士が同時期に輝光級に昇格する事自体は、別段、珍しいことではない。
今年入団したばかりの新人導士が灯光級二位や一位へと昇格しているように、それくらいならばよくあることで済まされるものだ。
しかし、幸多と真は違った。
たった二ヶ月で輝光級に昇格するなど、前例がなかった。
戦団史上最高の魔法士と謳われた伊佐那美由理も、戦団史上最強の魔法士と賞賛された皆代統魔も、輝光級になるまでにはそれなりの時間を必要とした。
実際問題、真は、自分がなぜ、こうまで早く輝士になれたのかについては、上層部の思惑があるのだということを理解していた。
戦団は、常に人手不足であり、人材不足だ。
央都防衛と衛星任務のために戦力を分散しなければならない以上、戦闘部の人数は多ければ多いほど、いい。
だからといって市民を強制的に戦闘部に引き入れるようなことはしないと公言して憚らないのが戦団であり、だからこそ市民の支持を得られているということも、理解している。
徴兵制を導入すれば、戦団の慢性的な人手不足はある程度解消されるだろう。しかし、それが絶対に必要なものだと理解していても、市民の間に不満や不安が膨れ上がるのは目に見えている。
それだけでなく、戦団上層部自体が、そうした強制力に強い反発心を持っているようであり、だからこそ、徴兵制が導入されることはないのだが、その結果、慢性的に人材が不足しているという事態に直面しているのが戦団なのだ。
そして、〈七悪〉の暗躍に伴う大規模幻魔災害の頻発という重大局面を迎えた今、戦団は、戦力の拡充を図らなければならなかった。
その戦力こそ、自前の導士たちである。
入ったばかりの導士であっても、実力さえあれば、すぐさま昇格させていくことにより、戦団の戦力が充実しているという印象を外部に主張するつもりであるらしい。
これまで、どれだけ実力が伴おうとも、一定以上の実績を積み上げなければ昇格は叶わなかった。
少なくとも、真程度の実績では輝光級三位に上がれなかったのは、間違いない。
そのことは、真が一番良く理解している。
では、幸多は、どうか。
音声案内によって名を呼ばれた黒髪の少年が、舞台上へと歩いて行く様を見送りながら、真は考える。
緊張感に満ちた、しかし、それ以上に興奮している幸多の後ろ姿は、それだけで好ましいものだ。
絢爛たる光に満ちた舞台上に姿を現した幸多は、万雷の拍手によって迎えられ、数多の声援が送られていた。
幸多の名は、双界全土に響き渡っている。
幸多が、完全無能者という稀有な存在であるということも、とっくに知れ渡っていたし、魔法不能者たちにとっては希望の星だということも知っている。
一方で、魔法士たちにとっては未知の存在として受け止められているのだが、彼のもたらした衝撃は、それだけではない。
魔法不能者初の戦闘部導士である。
そして、魔法不能者とはとても思えないような数々の活躍があり、戦歴がある。
数多の死線を潜り抜け、ついには鬼級幻魔に痛撃を与えたという事実は、彼を一躍、戦団でも最上位の有名人へと押し上げようとしていた。
広報部も、彼を売り出そうと必死だ
元々、皆代統魔の兄弟ということもあり、その知名度や境遇を利用すれば、戦団広報に大いに役立つことはわかっていた。そんな彼が活躍すればするほど人気が高まるのも当然だったし、その人気に着目しない理由はなかった。
真の人気は、といえば、彼に遠く及ばない。
魔法の名門・草薙家の次期当主の座を降りた彼は、しかし、草薙家の人間として、対抗戦決勝大会最優秀選手として、多少なりとも知られてはいた。
幸多が舞台上で大量の声援を送られる様を見ると、自分はどうなのだろう、と、考えてしまう。
自分には、そのような声援を送られる価値があるのか。
自分は、結局、小さな復讐のために周囲を散々利用してきた愚か者に過ぎなかった。
呪縛から解き放たれた今となって、導士として、日々、任務に鍛錬にと励んでいるし、市民のために汗を流しているのは間違いないが、しかし、だからといって、幸多のように眩しい存在になれたとは思えない。
幸多は、光だ。
真にとって、太陽のような存在だった。
だから、幸多が闘衣に転身し、無数の賞賛や声援を浴びる様が自分のことのように嬉しかった。
一方、幸多は、巨大な橋のような舞台の先端に一人立ち、凄まじい緊張感と強烈な興奮が綯い交ぜになった感覚の中にいた。
闘衣を身につけ、斬魔を召喚し、剣舞を行う。
言われたとおり、練習通りに、だ。
すると、宇宙基地のような舞台を取り巻く無数の観客船からとてつもない拍手が巻き起こり、歓声がさらに沸き上がった。まるで音の洪水のようだった。幸多の耳に聞き知った声が届いた気がするが、気のせいかもしれない。
何十万人という観客が、この広大な幻想空間の中にいるのだ。
親類縁者や親友たちが声援を送ってくれていたとして、聞き分けられるわけもなかった。
『鎧套は……さすがにやめておきましょうか』
式典の練習中、イリアが出した結論に不満はなかった。
鎧套を召喚すれば、それだけで幸多への注目度は飛躍的に上昇するだろうが、そんなことを目的とした式典ではない。
幸多が剣舞を終え、武器を転送し、深々とお辞儀をすると、再び拍手が鳴り響いた。
幸多は、宇宙空間に浮かぶ無数の観客船を見て、圧倒されるような思いがした。興奮と感動、昂揚と緊張が押し寄せてきて、すぐには動けない。
数秒の後、ようやく幸多はその場を後にすることができた。
すると、舞台上を歩いてくる真と目が合った。
彼は、幸多に対して笑いかけてくれたから、幸多もまた、彼に全力で笑い返した。
真も、もはや幸多の親友といっても過言ではなかった。
真がどう思っているのかはともかく、幸多は、そう認識している。
幸多と交代するように舞台の先端へと到達した真は、導衣に転身し、法機を手にした。そして、魔法を披露する。
それによって、幸多と同等の拍手と歓声が響き渡ったものだから、彼は、少しばかり戸惑った。
真は、自分の注目度を過小評価していたのだ。




