第六百八十九話 絢爛群星大式典(九)
絢爛群星大式典は、灯光級二位へと昇格した導士の紹介から始まり、灯光級一位の導士たちを紹介し終えた。
舞台を照らしていた光が、その形を大きく変える。
きらびやかで、幻想的としか言いようのない光景だった。
灯光級の上には、閃光級が位置する。
そして、閃光級に昇格した導士たちが次々と紹介されていけば、伊佐那義一の出番が近づいてきていた。
義一は、この度、閃光級一位に昇格したばかりなのだ。
「閃光級一位に相応しい活躍なんてした記憶はないんだけどね」
義一が幸多に漏らしたのは、謙遜でもなんでもなかったし、だからこそ苦笑にも似た表情を浮かべた。
幸多は、そんな彼の気持ちが理解できるものだから、笑い返すしかなかった。
「それをいったら、ぼくだって」
「どうかな」
「うん?」
「きみは、戦団にとって極めて重要な存在だ。きみの存在そのものが超重要機密といっても過言じゃない。きみがいればこそ、〈七悪〉の存在を認識することができた。〈七悪〉という勢力が暗躍しているという事実を把握することができた。その情報だけで、きみの価値は、輝光級以上に値する――とは、軍団長の言葉だけど、ぼくもそう思うよ」
義一は、幸多の褐色の瞳を見つめながら、告げた。彼の瞳を見ていると、彼が人並み以上に緊張している様子が伝わってくるようだった。
義一は、といえば、まったくといっていいほど緊張していない。
伊佐那家の一員になってからというもの、こういう大舞台に引っ張り出されることが少なくなかったからだろう。
義一は、麒麟の跡継ぎである。
伊佐那家の次期当主であり、なればこそ、様々な行事や式典に駆り出されてきたのである。
そしてその結果、大舞台を目前に控えても一切動揺することも緊張することもない鋼の精神を得ることができたのは、喜ぶべきなのだろう。
「あれを手柄と思うほど、ぼくも愚かじゃないよ」
「でも、上層部は、きみの手柄だと考えている。そしてそれが戦団にとって正しいことなんだよ。きみがそう考えてしまうのもわからなくはないけれど」
「うーん」
困ったような顔をする幸多に対し、義一は、どのような言葉をかけるべきか考えた。
幸多が様々な苦悩を抱えているということは、義一なりに理解しているつもりだ。
もしかすると、自分と同類なのではないか、と、義一は思うのだ。
現在、幸多の身に起きている異常事態は、生まれつきのものではない。完全無能者が故に特別な処置を受けなければならず、それ故に起きた現象なのだろう。
今ここにいる幸多は、幻想体である。
幸多は、幻想空間に干渉する特異な力を発現させたが、それを自分の意志で制御することはできないようだった。つまり、無意識のうちに幻想空間に入り込んでしまう可能性を抱えているということだ。
いまはそうでなくとも、この式典中にそうなってしまう可能性がある。
そのことが彼を悩ませているのは、疑いようのない事実なのだが、だからといって義一にできることはなにもない。
だから、いうのだ。
「ぼくも、きみに感謝しているよ」
「え?」
「きみと出逢えて、良かった」
「義一くん?」
幸多は、ますます困り顔になった。
義一は、そんな彼の肩に触れ、舞台袖に向かった。出番が近づいていた。
閃光級一位に昇格した数少ない導士たちが、つぎつぎと舞台上へと歩いて行く。
その最後尾を飾るのが、義一の役目である。
「なにいってんだ? あいつ」
「義一くんってときどき変なこというよね」
二人の会話を聞いていた真白と黒乃が、きょとんとした表情のまま義一が舞台に上がっていくのを見ていた、
幸多もまた、絢爛たる光の中に消えていく義一の後ろ姿を見送るしかなかった。
彼はなぜ、あんなことをいってきたのか、幸多には想像も付かない。
やがて義一が舞台上に登場すると、観覧客の声援が一層大きくなったのが、舞台裏でもはっきりとわかった。
義一は、伊佐那麒麟の養子兄弟の末弟だが、伊佐那家の次期当主として明言されているというこもあれば、鳴り物入りで入団したということもあって市民の注目を集めていた。
昇進速度こそ統魔とは比べものにならないものの、それは、義一を導士として成長させ、経験を積ませるためにこそ、計画的な育成が行われてきたことの証明なのではないか、などともまことしやかに囁かれている。
義一は、将来、伊佐那家を背負う人間だ。そして、戦団を背負う人間でもあるのだ。
伊佐那麒麟の跡を継ぐとは、つまり、そういうことだ。
彼にかかる重圧の大きさなど、幸多には想像しようもない。
しかし、舞台上の義一は、まったく重圧など感じていないようであったし、緊張など一切していないように見えた。
立ち居振る舞いに気品があり、動作の一つ一つが流麗だった。
さすがは伊佐那家の一員だと思わざるを得なかったし、幸多たちも、舞台裏の幻板に表示される舞台上の様子に見入るしかなかった。
それくらい、堂に入っている。
義一は、舞台上にあって、転身機を起動すると導衣を身に纏った。
礼服ではなく導衣こそが、導士の正装だ。
元より一切緊張していなかった彼は、さらなる開放感に包まれるような気持ちとともに、手慣れた様子で律像を形成してみせると、頭上に向かって魔法を発動させた。
巨大な雷光が球状に発散していくだけの魔法は、しかし、一瞬で作り上げたにしては完成度の高い魔法であり、見るものが見れば、息を呑むほどの出来だったはずだ。
義一は、観衆の声援に応えるように手を振り、舞台上を後にした。
「義一様!」
「素敵すぎました!」
舞台袖に戻った彼を真っ先に出迎えたのは金田姉妹である。
朝子と友美の二人に抱きつかれて、彼は、周囲から無数の視線が集まってくるのを認めた。憮然とするが、どうしようもない。
合宿組がそんな義一を冷やかせば、周囲は笑いに包まれた。
「つぎは、きみの出番だね、幸多くん」
「うん。緊張してきた」
「はっはー。ようやく緊張してきたかよ」
「いや、最初から緊張してたけど」
「ふふん、顔もだんだん青ざめてきたな」
「兄さん、よしなよ」
「へっへっへ、輝士様はどんなお披露目を見せてくれるんでしょうな?」
「兄さん、それはもはやなんなの」
黒乃は、頭を抱えたくなったものの、ノリノリになって幸多をいじる真白の様子には、安堵したりもした。そのような軽口を叩けるのは、真白が幸多に心を開いている証拠だろう。
真白だけではない。
黒乃も、幸多に心を開いている。
幸多は、黒乃にとってはただの友人というよりは、もう一人の兄のようだった。
しかも、真白よりも上の兄である。
真白と一緒に馬鹿なことをすることもあれば、やり過ぎた場合には窘めてくれるし、そういうとき、真白も幸多には素直に従った。幸多には敵わないことを理解しているからというのもあるが、幸多が真白のことを心の底から思ってくれているからだとわかっているからだ。
九十九兄弟は、この一ヶ月間の合宿を経て、幸多を拠り所の一つとした。
義一とも仲良くなったし、金田姉妹や隆司とも友好的な関係を構築することができたのは、合宿のおかげとしか言い様がなかった。
だから、合宿に選抜してくれた軍団長にも心底感謝しているのだ。
黒乃は、真白がほかの導士たちとこのような関係を作ることができるものなのかとずっと悩んでいたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
相手次第、状況次第で対応が変わるのは当然のことだったし、黒乃は、結局、自分が兄を苛立たせていたのではないかと思い至る。
自分がもっとしっかりしていれば、最初の小隊でもなんの問題もなくやり抜けたのではないか。
しかし、こうも思うのだ。
散々小隊を渡り歩いてきたからこそ、今があるのではないか、と。
黒乃は、いまのこの状態が嫌いではなかった。
真白が常に苛立っているのではなく、誰彼なく冗談を飛ばしていられる状況。
真白の精神が安定しているからこそ、黒乃もまた、精神的な平穏を得ることができている。
そういう実感があるから、幸多と真白が言い合っている様子すらも微笑ましく思えるのだろう。
そして、そうこうしている間にも、舞台の様子が大きく変わった。
さらに激しく、そして輝かしい光に満ちた舞台上には、輝光級三位に昇格した導士たちの名が表示されていく。
草薙真、皆代幸多の二名である。