第六百八十八話 絢爛群星大式典(八)
巨大な橋のような舞台の上を、ただ歩いて行く。
絢爛たる光が舞台上を照らし出していて、宇宙を模した幻想空間上に集った数十万人の観覧客は、眩いばかりの光の中を進む導士たちの姿を見ていた。
それだけではあまりにも小さく、はっきりとは見えない可能性を考慮してなのか、導士たちの姿は、巨大な立体映像となってその頭上に浮かび上がっている。
観覧船に備え付けの幻板で見ることもできれば、座席からも舞台上を歩いて行く導士たちの姿が見えていた。
いま、舞台上に現れたのは、第八軍団に所属する九十九真白、黒乃の兄弟二人である。
圭悟は、流星少女隊の歌唱中から乗り出していた体を座席に沈め直しながら、伊佐那家本邸での出来事を思い出していた。
九十九兄弟のことは、ある程度は知っている。
第八軍団のお荷物だとか、小隊を渡り歩いては追い出される問題児兄弟だとかいう世間一般の噂話以上のことを知っているのは、幸多が彼らと仲が良いからにほかならない。
幸多が圭悟たちに発信する情報は、もちろん、戦団の機密に触れるようなものではなかったし、他愛のない話題ばかりだ。
そんな他愛のない話題の中心になるのは、やはり、彼が親しくしている導士についてのこととなりがちだった。
皆代統魔はもちろんのこと、草薙真、伊佐那義一、九十九兄弟、金田姉妹、菖蒲坂隆司といった面々が、幸多とのやり取りの中に現れることが多かった。
だから、圭悟たちはほぼ一方的に彼らのことを知っているものなのだとばかり思っていたのだが、どうやらそうではなかったということが、つい先日判明したのだ。
法子との幻想訓練のために幻想体と同期したはずの幸多が、どういうわけか肉体ごと幻想空間へと転移したあの日のことである。
忘れもしない。
あの大事件の直後、幸多は即刻戦団本部に呼び出されたのだが、幸多が伊佐那家本邸を後にしてからしばらくの間、伊佐那義一や九十九兄弟と雑談することになったのだ。
彼らは、どういうわけなのか。幸多がどういう学生だったのかを知りたがっていた。
そして、圭悟たちは、自慢の大親友である、などと力説したものだ。
伊佐那義一や九十九兄弟が興味津々に幸多のことを聞いてくる様子は、どこか不思議な気がした。
幸多と彼らが同僚以上の良好な関係性を構築していることは知っていたものの、幸多が魔法士たちに興味を持たれているということが自分のことのように嬉しかったのだ。
幸多は、ただの魔法不能者ではない。完全無能者だ。
そんな彼が、現代魔法社会の根幹を成す戦団において、大いに存在感を発揮できているということは、友達として素直に喜ばしいことだと思えた。
「九十九兄弟も、なんだかんだで優秀なんだろうね。小隊追い出されまくりって話だったけど、灯光級一位だもん」
「だな。あの二人、今年の四月に入ったばかりなんだもんな。十分に凄いよ」
「まあ、それをいったら、あの三人のほうが凄いってことになっちゃうんだけどさ」
真弥が苦笑交じりにいったのは、続いて舞台上に現れたのが金田姉妹と菖蒲坂隆司だったからだ。
対抗戦決勝大会で敵としてぶつかり合い、競技場の宿舎で一夜を過ごした間柄だ。とはいえ、対戦相手ということもあって、ほとんど言葉を交わさなかったのだが、印象には残っている。
三人ともが優秀選手に選ばれ、戦団への入団、そして戦闘部への配属を希望したという稀有な人材だった。
対抗戦のときには倒すべき敵としか認識していなかったが、今では同世代の導士であり、幸多とそれなりに仲良くやっているという話も聞いていることもあって、圭悟たちにとって少なからず気になっている相手でもあった。
そして、九十九兄弟、金田姉妹、菖蒲坂隆司の五人は、夏合宿に選抜された新人導士でもある。
だからこそ幸多と仲良くなったのだろうし、昇格もしたのだろうが。
そんな彼らの光り輝く橋を渡る姿は、様になっていた。
導士たちは、式典用の正装に身に包んでいるのだが、舞台の先端まで来ると、転身機を用いた。彼らが閃光とともに導衣姿へと変身して見せると、それだけで観客が沸いた。
導士といえば、導衣である。
導衣姿こそ、導士の正装であるといわんばかりだった。
実際、その通りだろう。
彼ら戦闘部の導士の職場とは、戦場である。
戦場に礼服で突撃するような愚か者はいない。導士ならば誰しも導衣を身に纏うものであり、だからこそ、大式典でも導衣姿をお披露目するのだ。
絢爛たる光に満ちた舞台の上で、導衣を着込んだ導士たちの姿は、宇宙に煌めく星々のようだ。
故にこそ、絢爛群星大式典。
観客船からは様々な声援が上がっていて、圭悟たちも周囲に負けじと声を上げていた。
一方の九十九兄弟は、導衣に着替えたことでようやく先程までの緊張感から解放されるような感覚があった。
正装など、自分たちには似合わないという意識が、真白と黒乃の中にはあって、だからこそ、舞台上を歩いて行くのもどこかぎこちなかったのだ。
が、転身機を起動することになると、一気にそうした違和感が吹き飛び、導衣が全身を包み込むと、安心感すら覚えたものである。
宇宙のような会場全体にお辞儀をして、そして、無数に飛んでくる様々な声援に応えるように手を振り、舞台上を戻っていく。
菖蒲坂隆司や金田姉妹と目が合った。彼らもまた、九十九兄弟と同様に緊張しているようだったが、楽しんでもいるようだった。
「おれらより度胸あるよな」
「場数が違うのもあると思うよ」
とは、黒乃の意見だが、真白も否定はしなかった。
こういう晴れ晴れしい舞台とは縁遠い人生を歩んできたのが九十九兄弟だ。
今回、こうして大式典に参加することになったのも、幸運に恵まれたからにほかならないのではないかと思えてならなかった。
まだ、心臓が激しく脈打っている。
五十万人の観客と、それ以上に数多いだろう中継の視聴者のことを想像すると、自分たちが場違いではないかと考えてしまうのは、黒乃の悪い癖かもしれない。
だとしても、たかが灯光級の導士がこれほどまでの大舞台に上がるなど、普通では考えられないことだ。
大式典が戦団の恒例行事であるとはいえ、だ。
やがて、九十九兄弟は、長い長い舞台上を歩き終え、舞台袖へと辿り着くと、幸多に迎えられた。
「どう? 緊張した?」
「緊張したに決まってんだろー」
「うん、すっごく緊張して、心臓が口から飛び出しそうだったよ……」
にこやかな表情の幸多に対し、悪態を吐く真白の傍らで、黒乃は自分の胸に触れていた。心臓の音は、未だ彼の頭の中に響いている。
「こんな緊張、始めてだな」
「そりゃあおまえ、こんな大舞台、おれらには無縁だったからな」
「そうなの?」
「そうだよ」
「うん」
「そっか。じゃあ、良かったじゃん」
「なにがだよ」
「こういう大舞台を一度でも経験しておけば、つぎからは少しは緊張しなくて済むでしょ」
「どうだろう?」
幸多の持論には、黒乃は首を傾げざるを得なかった。確かに大舞台を一度も経験しないのと、一度でも経験するのとでは大違いかもしれないが、黒乃のような小心者にとっては、何度経験しようともなれないのではないかと思えてならなかった。
幸多のどこか楽観的なところは、嫌いではないのだが。
「幸多の出番はまだ先だもんなあ」
「なに?」
「どんだけ青ざめた顔をするのか、それだけが唯一の楽しみだぜ」
「悪趣味」
「うっへっへ、こっちはもう終わったからな。なんとでもいえ」
「うーん」
黒乃は、緊張感から解放された真白がいつも以上の口の悪さを発揮する様を横目に見ながら、舞台裏の片隅に腰を下ろした。
大式典は、つつがなく、進行している。