第六百八十七話 絢爛群星大式典(七)
絢爛群星大式典は、煌光級導士が誕生した際に開かれる戦団の恒例行事であり、主役は、当然、煌光級導士に昇格した導士である。
そして、主役は、最後に登場するものと決まっている。
「しばらくは待機という話だったが、先は長そうだな」
六甲枝連が相変わらずの厳つい顔で見ているのは、大式典の舞台である。
幻想空間に構築された広大な宇宙空間、その中心に建造された宇宙基地の如き構造物こそ、今回の大式典の舞台なのだという。
アイドル部隊こと流星少女隊の歌唱とともに告げられた開催宣言は、舞台を取り囲むように配置された無数の観客船からの注目を否が応でも高めることとなった。
双界の一般市民からなる観覧者たちは、いずれもが観客船と呼ばれる平べったい船に乗っており、宇宙空間から舞台の様子を眺めているのだ。
そして、舞台上はいままさに絢爛たる光に満たされていて、上空に展開した巨大な幻板には、該当期間中の昇格者の氏名が表示され始めた。
最初は、灯光級二位からだった。
全ての導士は、灯光級三位から始まる。
灯光級三位から二位まで上がることは、決して難しいことではない。なんらかの任務を日々こなしていれば、自然と上がっているような階級に過ぎない。
まだまだ駆け出しの段階といっていいほどであり、舞台上に登場した導士たちのほうが恐縮しきっていた。
皆、若い。
統魔たちと同世代が大半だった。そして、今年入団したばかりの導士が大半を占めている。
「くう……あたしたちまで巻き添えを喰らうとは」
新野辺香織が口惜しそうにいったものだから、高御座剣がきょとんとした。
「いや、別によくない?」
「そうですよ、いいじゃないですか。皆一緒で」
上庄字は、自身の幻想体が場の雰囲気に馴染んでいるかどうかのほうが気になっていた。幻想体を調整したのは、字ではなく、諱なのだ。
字の祖母は、孫娘の晴れ舞台ということで前々から用意していた衣装を寄越してきたのである。字も、祖母の心からの贈り物に感激していたし、だからこそ今回、その衣装を身につけているのだが、似合っているかどうかの確証はなかった。
香織やルナは褒めてくれるのだが、男性陣はなにもいってくれないのだ。
「悪いだなんていってないっしょー。あたしは皆大好きだよー」
「すんごく嘘っぽい」
「どこがだ!」
ついに軽い口論を始めた部下たちを横目に見ると、統魔は小さく息を吐いた。
「……いつも通りだな」
香織が緊張する場面など、この先あるのだろうか、などと余計な心配をしてしまうほどに彼女は普段通りだったし、彼女に巻き込まれるせいで剣たちまでもいつも通りにならざるを得ないようだった。
舞台裏である。
広大な宇宙基地を模した大舞台の内側。観客船からはまったく見ることのできない空間に、統魔たちはいる。
統魔たち皆代小隊の面々だけでなく、戦闘部十二軍団の中から選ばれた導士たちが集まっているのだ。
当然、この空間のどこかには幸多の姿もあるはずだったが、残念ながらまだ言葉を交わせてはいなかった
「そうだね。なんか、凄いね」
香織たちの喧噪に一人感心しているのは、ルナだ。正装を着込んだ彼女の表情は、どこかぎこちない。
「緊張してるのか?」
「うん……してるみたい」
「みたい?」
「自分でも、よくわからないんだ」
ルナは、自身の幻想体を見つめ、手のひらを開いては握り、また、開いた。指先の感覚まで確かめて、呼吸を整える。自分がどこにいるのかわからないような感覚がある。
自分は、何者なのか。
それは、彼女の命題といっても過言ではない疑問だった。
そして、その疑問があるからこそ、素直に喜べないような気がしてならなかった。
自分の正体がわからないまま、ここにいる。ここにいていいのだろうか。統魔たちの邪魔にならないか。そればかりが気になるのだ。
統魔の足を引っ張ることだけは御免だった。
それだけは、なんとしても避けたいのだ。
だから、と、考えてしまう。
自分にここにいる資格があるのか、と。
自分は人間ではない。
それだけは確かだ。
それだけは、揺るぎようのない事実だ。
人間ならば即死しているような攻撃を受けても、生きていた。損傷部位を瞬く間に復元して見せた。
幻魔のように。
人外の怪物。
ルナは、自分のことをそう定義する。
ひとならざる、人の姿をした化け物。
人間に化けているだけのなにものか。
そんなものが、導士の一員であっていいものだろうか。
最近、特によく考えてしまう。
自分を化け物だと認識してしまったからなのだろうが。
「わたし、ここにいていいのかな」
「いい。おれが認める」
「統魔が?」
「うん」
「……じゃあ、いる」
ルナは、そういって微笑んだが、その微笑が統魔にはどうにも引っかかって仕方がなかった。
彼女がなにを悩み、苦しんでいるのか、統魔には想像がつかない。いや、彼女が人間ではないことに苦悩していることは理解している。
だが、と、想ってしまう。
それはいままでだって同じことだったのではないか。
最初こそ人間と言い張っていたが、自分が人間ではないことを理解してからは、言葉や態度にも現れ始めていた。
それに彼女は皆代小隊の大事な一員だ。
統魔にとって掛け替えのない存在なのだ。
だから、なにも悩む必要はない、苦しむことはない――などと、きっぱりと断言できればいいのだろうが、統魔は、そこまで簡単に他人の心に踏み込むようなことはできなかった。
単純に、統魔がそのようにされたくないからだ。
その頃、舞台上では、灯光級一位に昇位した導士たちが紹介され、長い長い舞台の上を歩き始めていた。
舞台は、宇宙空間に作られた基地であり、そこから巨大な橋が伸びているような形状をしていた。
その先端まで歩いて行って戻ってくる、というのが、今回の大式典の形式だった。
絢爛たる光に照らされた舞台上は、既に多数の導士が歩き回った後である。
「緊張してきた……」
「な、なにを緊張することがあるってんだよっ」
黒乃がわずかに震える様を横目に見た瞬間、真白は、なんだか自分までもが緊張してきたものだから、声を上げるしかなかった。
先程まで幸多と談笑していたというのに、舞台袖で順番待ちをしていると、途端に緊迫感が増してきたのだ。
九十九兄弟がここにいるのは、昇格したからにほかならない。
灯光級二位から、一位へ。
まだまだ灯光級に過ぎないが、今年四月に入ったばかりの新人導士ならば順調な滑り出しといっても過言ではないだろう。
周囲にそれ以上の速さで昇格している導士がいるからどうしても比べられがちだが、四ヶ月ほどで二つも位が上がるというのは、極めて早いほうだ。
「そうだぜ、緊張するこたあねえ」
とは、菖蒲坂隆司。
その近くには金田姉妹の姿もある。
彼らも灯光級一位に昇格したばかりであり、だからこそ、五人は、揃って舞台袖に集まっているのだ。
「真白くんが緊張するなんて、めずらしいわね?」
「ほんとほんと、普段は緊張なんてしゃらくせえって言う感じなのに」
「緊張してないっての!」
金田姉妹が冗談半分に声をかければ、真白は、声を荒げて反論した。すると、舞台袖に立っていた進行役の導士が彼を一瞥してきたものだから、真白はすぐさま口を閉じた。
「それも、普段通りじゃあないな」
隆司は真白の反応を面白がったが、今度は、真白は反応しなかった。このまま金田姉妹と隆司の玩具になるのだけはごめんだった。
出番は、すぐそこまで迫っている。
そして、超大型幻板に表示されていた昇格者の氏名が、九十九兄弟のものに変わったものだから、真白は黒乃を見た。黒乃は、青ざめた上強張った顔で頷くと、真白に引っ張られるようにして歩き出した。
そんな様子を遠目から見守っているのは、幸多であり、彼は、心の中で皆を応援していた。