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第六百八十五話 絢爛群星大式典(五)

 絢爛群星大式典けんらんぐんせいだいしきてんの観客席は、全て、戦団特製の宇宙船だった。

 一隻いっせきにつき千人の観客を収容可能な宇宙船は、観客船と命名されており、それらは、観客が着席すると、宇宙空間そのものをした広大な幻想空間へと飛び立ったのである。

 機械仕掛けの船だが、構造としては簡素なものだ。

 全体として平べったい印象を受ける船であり、宇宙船と言うよりは水上船といったほうが近い。広々とした甲板かんぱん上に無数の座席が並んでいて、観覧者はそこに座って大式典を見守ることになる。

 大式典を会場での観覧を希望する市民の数は、その応募総数からもわかる通り膨大極まりなかった。

 総勢、五十万人を超える応募者があったという。

 央都は、百万市民と呼ばれる。

 央都が誕生して五十年が経過し、ようやくその人口を百万人の大台に乗せたことは、記憶に新しい。

 もっとも、その半数が応募したというわけではなかった。

 央都のみならず、ネノクニからの応募者も数多といたからだ。

 そして、それら五十万人もの応募者は、会場で直接観覧を希望する人々の数であって、ネット中継で大式典を観覧しようという人々の数を含めれば、観覧者は百万人を超えてもおかしくはないのだ。

 それほどまでの注目度が、今回の大式典にはあるのだ。

 今回の大式典は、マモン事変後の戦団を取り巻く情勢の悪化に伴うものであるということは、誰の目にも明らかだった。

 無論、煌光級こうこうきゅう導士が誕生したという事実も大きいのだろうが、しかし、急遽きゅうきょ大式典の開催が発表されれば、誰もがそのように受け取るものだ。

 そして、戦団がなんらかの方針を発表するのではないか、という噂が、まことしやかに囁かれるのもまた、必然だった。 

「だとしても、どんなことを発表すると思うよ?」

 圭悟けいごは、座席の高級感に満ちた感触を堪能しながら、隣のらんに聞いた。蘭は、身を乗り出して、宇宙空間に目を向けている。

「方針転換するんじゃないか、って噂だね」

「噂だろ」

「噂だよ」

 蘭は、苦笑とともに座席に座り直すと、圭悟の顔をみた。彼は、難しい顔をしている。

「全部、噂に過ぎないよ。戦団がなにか発表するんじゃないかって話も、それが戦団の方針転換にまつわるものだという話も、なにもかも」

「だが、根も葉もないわけでもないらしい」

「わ」

 不意に頭上から聞こえてきた聞き覚えのある声に、蘭は、戦慄すら覚えた。

「わ?」

 声の主は、少しばかり不可解ふかかいそうに顔を傾けて、長く艶やかな黒髪を揺らした。赤黒い瞳が、星の光を反射して輝いている。

黒木くろき先輩!?」

 蘭は、声が上擦うわずるのを認めながら、席を立った。周囲の席が騒がしくなる。

「うおっ、まじかよ!?」

「ええ!? 真後ろの席だったんですか!?」

 圭悟や真弥まやが驚きの声を上げながら立ち上がれば、法子がその黒一色といっても過言ではない幻想体を見せつけるようにした。

 黒一色ではあるが、大式典の場に相応しい格好だ。法子ほうこの美しさを際立たせる衣服と装飾品の数々は、普段の彼女とは一線をかくするものがある。

「うむ。どうやらそのようだ。偶然にしてはあまりにも出来過ぎで、運命を疑うぞ」

「わたしもいるのよー」

 とは、我孫子雷智あびこらいち。彼女は、法子とは正反対の白一色に近い色合いだった。こちらも、大式典の場に相応しい服装である。

「我孫子先輩も!」

「一緒に皆代みなしろくんの晴れ舞台を見守ることができるだなんて、感激ですわ」

 紗江子さえこが心からの気持ちを表現すれば、法子も悪い気はしないようだった。雷智も、嬉しそうに笑い返す。

「まさか一緒の船に乗ることになるなんてねえ」

「これならば、きみの誘いを断る必要もなかったな」

 法子は、苦笑とともに席につくと、蘭たちが座席に戻るのを見ていた。

 対抗戦部の面々が周囲に頭を下げるのは、騒がせたからだろうが、そこまで気にするほどのこともないだろう。

 まだ、大式典は始まってもいない。

「さて、この船はどこまで旅をすれば気が済むのやら」

「そうねえ。会場は、どこなのかしらあ」

 雷智は、法子の手を握り締めながら、宇宙空間を見遣る。

 一隻千人が乗船している宇宙船が、およそ五百隻。

 広大な宇宙空間を旅する大船団の様相を呈して、ひたすらに飛び続けている。

 遥か彼方に太陽があり、数多の星々がその狭間の闇に揺蕩たゆらううようにして浮かんでいる。星が流れ、光が爆ぜる。

 太陽系の惑星たちも、彼方に見えた。

 地球は、船の遥か後方にあった。

 どうやら観客船は、地球を旅立ったらしい。

「宇宙への移住って、こんな感じだったのかな」

 ふと、つぶやいたのは、真弥である。彼女は、船の外側を流れる無数の星々の輝きに目を奪われていた。

「そうかもな」

「人類って宇宙への進出に成功したのよね?」

「歴史の授業は、そう教えてるな」

「だったら、いまも宇宙の何処どこかにいるのよね?」

「かもな」

「地球の様子が気になったりしないのかしら」

「地球市民と宇宙移民の間には、酷い断絶だんぜつがあったっていう話だからねえ」

 地球原理主義者と宇宙至上主義者の対立が加速したのは、いつだったのか。

 歴史の授業は、そこまで詳しく教えてはくれなかった。

 宇宙の歴史に興味を持つ必要すらないといわんばかりの授業の数々には、毎度不平不満があふれかえるものである。

 宇宙開拓史すら、雑に流されるほどなのだ。

 央都市民がもっとも深く学ぶのは、この百年の歴史のことであり、そこには宇宙に移住した人々は登場しない。

 地球にわずかに生き残ったものたちにとって、宇宙は、まさに幻想の、神話の領域と成り果てたのだ。

 再び宇宙に進出する日がくるのだとすれば、遥か未来のことになるのではないか。少なくとも、地上に大いなる安寧あんねいが訪れなければ、宇宙への再進出など考えている余裕はない。

 そして、幻魔が大量に存在する限り、そんな日は来ないのだ。

 そうこうしている間にも、大式典会場と思しきものが見えてきた。

 宇宙空間に突如として出現した巨大な構造物は、宇宙基地とでも呼ぶべき代物だろう。そして、それそのものがなにかしらの舞台としか見えないものでもあった。巨大な舞台から、長大な橋が伸びているように見える。

 そしてそこには、数名の導士が絢爛たる輝きを放つ特製の導衣どういを身につけて、佇んでいた。

「あれが、会場か?」

「だろうね」

「ありゃあ……」

流星少女隊りゅうせいしょうじょたい!?」

「なるほど……まずはアイドルで釣ろうって寸法すんぽうか」

「式典に釣るもなにもないでしょ」

 真弥は、半眼になって圭悟を見つめたが、彼は、少しばかり身を乗り出して、舞台上の導士たちを見ていた。食い入るようにとは正にこのことだったし、観客船の頭上に展開されている幻板げんばんに舞台上の様子が映し出されると、同船の他の観客たちも大きく反応を示した。

 流星少女隊は、人気アイドルグループであり、そして、戦団に所属する小隊である。

 その名の通り、若い女性導士だけで編成されているのだが、天空地明日花てんくうじあすかを小隊長としていることで知られる。

 ほかに、荷山陽歌にやまはるか稲荷黒狐いなりくろこ、桜ヶ丘燕さくらがおかつばめが所属する四人小隊だ。。

 広報部が売り出し中のいわゆるアイドル小隊とも呼ばれる小隊であり、戦団の広報活動に引っ張りだこな小隊でもある。

 そして、央都のみならず、双界そうかい全土で人気沸騰中のアイドルグループなのだ。

 特に天空地明日花は、小隊長ということからもわかるとおり、輝光級の導士である。実力も実績も十二分にあり、容姿も歌唱力も魔法技量もなにもかもを兼ね備えていることから、人気も抜群だった。

 才色兼備とは、まさに彼女のことを言うのだろう――という評判だ。

 天空地明日良(あすら)の実妹だということもまた、彼女の人気に関係している。

 天空地明日良といえば、あの光都事変こうとじへんの英雄の一人であり、星将せいしょうでも頭抜ずぬけた実力の持ち主だ。そして、明日良は傲岸不遜ごうがんふそん極まりない強面こわもてだということで有名だったが、明日花は、そうではなかった。

 明日良とは似ても似つかない可憐かれんさこそが、明日花の人気を押し上げている要因なのだ。

 そんな彼女が広報部のアイドル小隊として活動していることには、明日良が苦い顔しているという噂がまことしやかに流れているが、市民には知った話ではなかった。

 アイドル小隊は、市民と戦団の架け橋である。

 アイドル小隊と揶揄やゆされる彼女たちが熱心に活動しているからこそ、市民は、戦団との間に横たわる距離感を詰めることができるのだ。

 そして、流星少女隊の楽曲・〈星空の彼方〉が幻想空間上に流れ始めると、様々な客船から歓声が上がった。

 圭悟たちの乗る七番船も大盛り上がりだ。

 戦団の目論見は、当たった。



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