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第六百八十四話 絢爛群星大式典(四)

 絢爛群星大式典けんらんぐんせいだいしきてんが開催される会場は、レイラインネットワーク上に構築された幻想空間だ。

 そしてそれは、毎回のように大きく様変わりした会場が用意されており、大式典の開催が決定するとともに新たに作られていることがよくわかるというものだった。

 戦団の恒例行事たる大式典を市民が観覧できるのは、それもまた広報の一環だからにほかならない。

 導士たちがどれだけの活躍をしてきたのかを知らしめることにより、戦団の武威ぶいを示すことになり、戦団の重要性を再認識させるとともに、市民の不安を払拭ふっしょくすることに繋がるのだ。

 大式典は、そういう意味でも恒例の行事となったのだろう。

 などと考えながら、圭悟けいごは、らんに道案内されるままに入場地点からの移動を開始していた。

 央都おうと市民のみならず、ネノクニ市民も観覧することが可能ということもあり、会場となる幻想空間は極めて広大に作られている。

 しかしながら、入場地点は、確かに十分な広さがあったものの、一挙に何十万人もの観覧者を受け入れられるだけの空間ではなかった。

 そんな場所に大量の人波が押し寄せていて、幻想体同士が触れ合い、ぶつかり合うことすらあるほどの人混みが生まれていた。

 ありえないことなのだが、むせ返るような気分すらしたほどだ。

 人いきれがする。

 そんなものはただの気のせい、ただの錯覚に過ぎないのだが。

 幻想空間である。

 現実世界ではない。

 だから、人いきれを感じるのは、きっと、脳が誤認しているからだ

「ぼくたちの席は……七番船だから、こっちだね」

 蘭が、人混みの中を牽引するようにして、対抗戦部を先導する。

 そんな彼を見失わずに済むのは、そのすぐ後ろを歩く圭吾のおかげだったりするというのは、言い過ぎではなかった。

 圭吾も正装に身を包んでいるのだが、しかし、その上背と真っ赤な髪がなによりも目立っているのだ。どれだけ服装の主張を抑えても、彼の存在感を消すことはできなかった。

 おかげで人混みにはぐれずに済んでいるのだから、真弥まやたちにとってはなんら悪いことではない。

「七番船……一桁台ってことは、特等席ってことだよな?」

「まあ、そうだね」

「よく当てたなあ、おまえ」

「本当、凄いよ、中島くん」

「さすがでございますわ」

「それだけならともかく、おれたちまで誘ってくれてありがてえ話だぜ」

「本当だな」

 幼馴染み四人組が仲良く前を歩く様を眺めながら、亨梧きょうご怜治れいじは、なんだか場違いな気分になったりもしていた。対抗戦部の一員というだけで、決勝大会を勝ち抜いた間柄というだけで誘ってくれたのだ。

 最初の出会いは最悪だったというのに、ここまで仲良くしてくれるとは想像だにしていなかった。

 亨梧も怜治も、対抗戦を経て、人生が様変わりしたような気分だった。

 実際、ふたりの人生は大きく変わりった。

 それまで二人は、曽根伸也そねしんやの手下に過ぎなかった。

 曽根伸也が曽根家の跡継ぎで、将来、権力を握ることを理解していたからこそ、そのような立場に甘んじていたのだし、期待してもいた。だが、同時に、心苦しくもあったのだ。

 曽根伸也は、暴圧ぼうあつの化身だった。

 彼に付き従うということは、彼の暴力行為を看過かんかするだけでなく、時と場合によっては加担かたんしなければならなかった。

 そのことで何度教師に注意されたか。

 それもすべて曽根家の権力でどうにかなってきたものの、だからといって、良い気分はしなかった。

 しかし、だ。

 圭悟たちに無理矢理対抗戦部に引き入れられてからというもの、人生観そのものが激変するような日々を送る羽目になった。

 家族との関係も、大きく変わった。

 曽根伸也との付き合いそのものを悪くいうことのなかった家族ではあったが、近寄りがたいものを感じていたというのは間違いない。

 そんな我が子が対抗戦決勝大会でそれなりの活躍をしたというのであれば、見る目が変わるのも当然だったのだろう。

 亨梧も怜治も、対抗戦部の一員として戦い抜いたからこそ、いまの自分があるということを認識しており、故にこそ、目の前の四人組に割って入るのは、少しばかり気後れがした。

 彼らには独特な空気感があり、自分たちは、そこに入り込めるほど深い関係ではないのだ。

「今回の大式典は、央都、ネノクニ双方の市民が観覧できるっていうことで、とんでもない規模の幻想空間が用意されたっていう話だな」

「うん。応募総数は五十万人を超えるっていう話だし、凄いよね」

「ここに五十万人も入るのかしら」

「入るには入るんじゃねーの」

「ぎゅうぎゅうになりそうね」

「ここはまだ会場ではありませんよ」

「そうだけど」

 蘭の先導によって幻想空間内を歩いて行く。

 豪華絢爛たる建造物は複雑に入り組んでいるわけではなく、入場口からいくつかの通路に枝分かれしていて、招待券に記された番号が表示された門を潜り抜ければ、目的地まで一直線だった。

 そして、門内に一歩足を踏み込めば、まるで宇宙空間に放り出されたような気分が味わえた。

「うわ」

「なにこれ?」

「宇宙?」

「っぽいな」

「確かに……」

「宇宙ねえ」

 六人がそれぞれに反応したのは、門の向こう側に暗黒空間が広がっていたからだ。そして、その暗黒空間には、無数の光点が輝いていて、それはさならが夜空に浮かぶ星々のようだった。

 宇宙のただ中に足を踏み入れたような、そんな光景だ。

 とんでもない空間的な広がりがあるのは、彼らの前後左右を埋め尽くす市民の幻想体によって判明する。

 双界中の人々が一堂に会したのではないかと思うほどの人波だった。

「ここを真っ直ぐ進めばいいんだってさ」

「ふうむ」

「どったの? 真面目くさった顔してさ」

「いや、どういう意図があるのかと思ってな」

「意図もなにも、これが今回の会場ってだけじゃないの? 式典の会場って毎回変わるわけだし」

「だから、だな」

 圭悟は、真弥が食ってかかってくるので面倒くさくなって息を吐いた。

 この宇宙空間のような回廊に一体どのような意味が込められているのか。

 少し想像するだけで、考え込みたくなるのが、圭悟という人間だった。

 戦団は、なんにだって意味を持たせようとする――そんな話を聞いた覚えがあるからだ。

「まあ、とにかく、先に行くか。混み合うのもあれだしな」

「そうだね」

 蘭が苦笑とともに頷き、宇宙空間の回廊を先導した。

 やがて、六人の視界に飛び込んできたのは、港である。

 宇宙空間のような通路の先に突如として出現したそれは、宇宙港うちゅうこうとでもいうべき代物であり、巨大な機械の船が横着けされていた。つまり、宇宙船だ。

 そして、港の向こう側には、やはり広大な宇宙空間が広がっていて、暗黒の闇が横たわり、無数の星々が光を放っている。

 時折、流星が流れていた。

「宇宙船?」

「うん。今回の観覧席は、船の形をしてるって書いてたから、あれだね」

「船に乗って、どう見るんだ?」

「乗ってみればわかるのではないでしょうか」

「それもそうだな」

 紗江子の結論に、圭悟も異論はなかった。

 蘭が先導するままに港へと至り、船へと向かう。

 六人以外にたくさんの人々が宇宙港の様子に驚いたり、宇宙船を目の当たりにして興奮したり、我先にと船内に乗り込んでいく様子を見れば、圭悟たちは落ち着いているほうだろう。

 それもそのはずだ。

 圭悟たちがここにきた目的は、ほかの市民とは一線を画するものなのだ。

 多くの市民は、絢爛群星大式典を観覧するためだけにここにきているはずだ。

 しかし、圭悟たちは、大式典のたったひとりの参加者を応援するためだけに、ここにきたのだ。

 だから、多少なりとも冷静でいられるに違いない。

 その参加者に格好悪いところは見せられない。

 宇宙船は、戦団が独自に考案したものなのだろう。見たこともない形状のそれには、やや平べったく、屋根がなかった。広大な甲板かんぱんに無数の座席が並んでいて、続々と観客が座り始めている。

 そして、圭悟たちは、蘭に先導されるままに甲板内を歩いて行くと、最前列の一角に席を見つけた。

「最前列を引き当てるとは、さすがとしか言い様がねえな」

「うんうん、もっともっと褒め称えたまえよ」

「いくらでも褒めちゃうよ!」

「本当ですよ、中島くん」

「じょ、冗談だけどね」

 蘭は、本当に賞賛され始めるのを危惧して、慌てて笑い飛ばした。

 蘭が席を取ったのは、自分のためでもあるのだし、圭悟たちに褒められたいから、などという気持ちは一切なかった。

 ただ、圭悟たちと一緒に幸多の華々しい姿を見届けたい一心だったのだ。

 その想いが届いたからこそ、この特等席を取ることができたのだ、という気分が蘭にはあった。

 やがて、甲板上の客席が満員になると、頭上に幻板が表示され、音声案内が始まった。

 絢爛群星大式典が、いままさに始まろうとしていた。


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