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第六百八十一話 絢爛群星大式典(一)

 絢爛群星大式典けんらんぐんせいだいしきてんと銘打たれた式典が開催されることが告知されたのは、八月も末のことだ。

 央都おうととネノクニ――双界そうかいは、未だ、マモン事変の傷痕きずあとを引きっており、混乱のただ中にあった。

 マモン事変の損害がとてつもない規模だったという事実もあれば、戦団が公表した〈七悪しちあく〉に関する情報が双界の人々に与えた衝撃もまた、凄まじいものだったのだ。

 なぜ、今まで黙っていたのか、なぜ市民にひた隠しにしてきたのか、説明責任を果たすべきではないか、ほかにもなにか重要なことを隠しているのではないか――。

 市民が戦団に不信を抱き、不満を吐き出すのも無理からぬことだった。

 そして、日が経つにつれ、そうした不満は沈静化するどころか、膨張ぼうちょうの一途を辿っているようであり、報道合戦も加熱する一方だった。

 反戦団を掲げる団体が街宣車がいせんしゃを乗り回しては、市内各所で市民に呼びかけているというようなニュースもあれば、戦団に抗議を行う市民の様子も報道されている。

 央都を巡る勢力の一つである企業連は、その暗躍あんやくを活発化させ、央魔連おうまれんもまた、この機に乗じて勢力を広げるべく動き出していた。

 ネノクニビトは、といえば、ネノクニ出身者のネノクニへの帰還を呼びかけ始めている。

 もっとも、〈七悪〉の活動範囲は双界全土に及ぶ。

 ネノクニに降りたところで安全ではないのだが、しかし、市民からすれば、そんな事実よりも少しでも安心感が欲しいというのが心情なのだ。

 無論、市民の全てがそのような反応を示しているわけではない。

 むしろ、大半の市民が、依然いぜんとして戦団を信頼しており、だからこそやきもきしているというのが実情であるらしかった。

 そのようなことを、幸多こうたは、友人たちから直接聞いたものだ。

 圭悟けいごなどは、戦団に不信感を表す周囲の人間を片っ端から殴り倒してやろうか、などと冗談めかしていっていたが、半分本気だろう。

 それくらい、幸多の親友たちは、戦団に対する一部の市民の反応に怒っていたのだ。そして、幸多のことを案じてくれていた。

 愛理あいりが巻き込まれたのだ。 

 幸多が無茶をしない理由がない、と、圭悟たちは口々にいい、幸多が愛理のことを引き摺っていないか、思い詰めているのではないか、などと、心の底から想ってくれていた。

 幸多は、そんな友人たちになんというべきなのか、困り果てたものである。

 心配する必要はない、などと断言できるものでもなかった。

 愛理のことは大丈夫だ、とは、伝えた。

 幸多は、愛理のことで苦悩し続けている場合ではないのだ。

 愛理を助けると約束した。

 約束は、果たさなければならない。

 そのためにはどうすればいいのか。

 そのためには、なにをするべきなのか。

 考えなければならないのはそれであり、だからこそ、幸多の目標は、ただ一つなのだ。

 前に向かって進む、それだけのことだ。

「とはいってもよお」

 真白ましろが立体映像として映しだした自分の姿と睨み合いながら、口を開いた。

「ほかにどうしろっつーんだよ」

「うーん……わかんない」

 黒乃くろのも、同じように自分の立体映像と向き合っている。

 二人とも、どのような服装にすればいいものかと頭を抱えているのは、自身の幻想体を調整しなければならなかったからだ。

「市民の平穏たる日常を護るのがぼくたち戦団の役割だからね。央都に住む人達が色々言いたくなる気持ちは、わかるよ」

 幸多もまた、幻想体の確認をしながら、いった。

 式典が、目前に迫っている。

 八月末日、戦団は式典を行うことを大々的に告知した。

 その名も、絢爛群星大式典である。

 それは、皆代統魔みなしろとうま煌光級こうこうきゅう三位への昇格を双界の人々に伝えるための式典であり、同時に戦団の武威を知らしめるための祭典である。

 また、同時期に昇級、昇位した導士たちのお披露目の場でもある。

 そしてそれは、戦団にとっては恒例行事でもあった。

 煌光級の導士が誕生するたびに開催されているのである。

 ただし、煌光級三位への昇格となればそう頻繁にあることではない。

 一年に一度でも開催されれば多い方ではないか、といわれているくらいだ。

 今回、八月末日に開催されることにとなったのは、やはりマモン事変に対する市民の反応を受けてのことに違いないが。

「そりゃあ……そうだよ。そりゃあ、わかってる。けどよお、おれらだって必死にやってんだっての」

「必死にやった結果、市民を巻き込んでいいわけがないでしょ」

「……そうだよね」

 幸多の発言には、黒乃も静かに頷くしかなかったし、真白も幸多が幻想体の出で立ちを確認する様子を覗き見て、渋い顔になった。

 幸多は、なにも変わっていない。

 あの日から、相変わらず訓練に精を出していたし、誰よりも凄まじい身体能力を発揮し続けている。魔法の訓練には参加できないのも変わらないが、それ以外の訓練では頭抜ずぬけた成績を上げていた。

 少なくとも、素の身体能力で彼にかなうものは、この合宿参加者の中にはいない。

 幸多は、きっと、市民を、砂部いさべ愛理を巻き込んだことをいている。

 真白や黒乃は、そのことを想うたびに、自分たちもついていけば良かったのではないか、と考えてしまうのだ。

 無論、二人があの場にいたところでなにができたのか、と想わないではないが、多少なりとも戦力にはなれただろうという自信はあった。それに、愛理の暴走を止める助力くらいはできたかもしれない、とも想ったりする。

 それが思い上がりというものなのだとすれば、なにを想えばいいものなのか。

「とはいえ、良い気分はしないがな」

 そういったのは、菖蒲坂隆司あやめざかりゅうじだ。一足早く式典用の幻想体の調整を終えた彼は、衣装部屋の片隅に腰掛け、男ども四人が懸命けんめいに調整する様を横目に見ていた。

 もちろん、男どもの中には、義一ぎいちもいる。彼も幻想体の調整に手間取っている一人だ。

「大規模幻魔災害がこうも頻発すれば、仕方のないことだと想うよ」

 義一は、鏡写しのようになった自分の幻想体を見つめながら、どのような格好をすれば伊佐那いざな家の人間に相応しいのかと考え込んでいた。

 式典に参加する以上、伊佐那家の名に恥じない格好をするべきだったが、かといって派手すぎても場の雰囲気を壊しかねず、塩梅あんばいが難しかった。

 伊佐那家主催の行事ならばともかく、戦団主催の式典なのだ。

 目立つべきは、伊佐那家の人間ではなく、戦団が選んだ主役であるべきだった。

 それこそ、皆代統魔のことだ。

 彼がもっとも目立つべきであり、彼を際立たせる花となることこそが義一たちに求められている。

 将来的には、義一が主役となるときも来るだろうし、来なければならないのだが、それはいまではない。

「そうだな。本当に……そうだ」

 隆司も義一の意見に異論はない。

「なんだって、こんなに大規模災害が多いんだよ。おれは、普通に生きて、普通に戦って、普通に暮らしていきたいだけなんだけどな」

「……そうだね」

 幸多は、隆司を一瞥いちべつし、彼が携帯端末をいじりだす様を見た。

 双界において、大規模と呼ばれるほどの幻魔災害が起こることそのものが、まれだった。

 央都誕生以前ならば、魔法時代や混沌時代ならばまだしも、央都が誕生してからというもの数えるほどしか記録されていないのではないか。

 この二ヶ月余り、あまりにも高頻度に大規模幻魔災害が起きている。

 央都市民が、双界の人々が、日常や将来に不安を抱くのも無理はなかったし、戦団にもっとしっかりして欲しいと言いつのるもの、当たり前のことのように思えた。

 幸多が一市民なら、同じように文句をいっていたかもしれないし、不満を漏らしていただろう。

 戦団の内情を知らない人間からすれば、戦団の対応が最善とは思えず、遅きを失しているのではないかと考えたとしても不思議ではない。

 どれだけ説明しても、納得できないし、理解のしようがない。

 幻魔災害は、突発的に、なんの前触れもなく起こるものだ。

 いや、前触れが、予兆があったとしても、防ぎようがない。

 今回だってそうだ。

 マモンからの予告があったものの、戦団にはどうすることもできなかった。

 特異点を厳重な監視下に置いておくだけでなく、杖長じょうちょうを派遣すらしていたのだ。これ以上の手があるとすれば、星将せいしょうを特異点の側に置いておくことだが、そうしていたとして、なにが防げたかといえば、なにも防げなかったという結論にならざるを得ない。

 例えばあの日、出雲いずも市を担当していた第八軍団の軍団長・天空地明日良てんくうじあすらが幸多の監視についていたとしても、結果は変わらなかっただろう。

 〈時のおり〉は発動し、同じ時間が繰り返されるのは止められなかった。

 マモンとの死闘にも、変化はない。

 多少、こちら側が有利になるかどうか。

 星将が派遣されるということは、杖長たちは基地に置かれるなり、別の場所に配置されるなりしたはずであり、故に戦力差は相変わらずだっただろう。

 明日良は、火水ひすい風土かざとよりも圧倒的に強いが、しかし、それでマモンを陵駕りょうができるわけもない。

 鬼級幻魔おにきゅうげんまを相手取るには、最低でも三人の星将が必要だとされている。

 星将一人と有象無象うぞうむぞうでは、どうにもならない。

 結局、なにも変わらない。

 戦団があれ以上に打つ手があるとすれば、さらに多くの導士を出雲遊園地に配置しておくくらいのことであり、それでも状況を覆すほどの事態にはならなかっただろう。

 どう足掻あがいても、愛理は、時間を超えて、転移してしまったのだ。


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