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第六百七十九話 特異なる力(十二)

分子機械ナノマシン……か」

 幸多こうたは、右手を握り締めて、拳を作った。

 伊佐那いざな家本邸の道場には、彼以外だれもいない。真夜中だ。伊佐那家本邸そのものが寝静まっている。

 皆、夢の中だ。

 起きているとすれば美由理みゆり麒麟きりんくらいのものだが、麒麟はいま戦団本部にいるはずだったし、美由理もどこかへ行ってしまった。

 いや、伊佐那家専属の警備員たちは起きていて、いつなにが起きても対応できるようにしているだろうが。

 幸多には、関係がない。

 つい先程、幸多はこの屋敷に帰ってきたばかりだった。

 明日、おそらく最後の訓練となる。

 八月の最終日には、戦団の行事が行われることになったからだ。

 突如として発表され、八月末日に差し込まれた行事には、この夏合宿に参加している全員が参加することになっていた。

 式典である。

 久々に煌光級こうこうきゅう導士が誕生したこともあり、恒例となった大式典を大々的に行いたいと広報部が言い出した、という話を幸多は小耳に挟んでいた。

 煌光級導士・皆代統魔みなしろとうまのお披露目を、双界そうかい全土を巻き込んで行うつもりなのだという。

 統魔の人気は、白熱する一方だった。

 それもこれも、何千体もの幻魔をたった一人で殲滅せんめつして見せたという噂話が一人歩きしているのだが、それを否定するものもいなければ、彼の活躍には尾ひれが付く一方だった。

 それだけの実力を持っているのが悪いのかもしれないし、彼の周囲がそれをはやし立てているらしいという話も聞く。

 そうした周囲の反応に統魔が困惑している様が、たまにする通話から伝わってくるほどだ。

 幸多は、といえば、先程の護法院会議の場において、輝光級導士への昇格が通達されたばかりだった。

 それも、式典でついでに発表されることになっているらしい。

 式典で発表されるのは、なにも統魔の煌光級への昇格だけではないのだ。同時期に昇格した他の導士たちもまた、式典に参加し、大々的に披露される。

 広報部は、導士たちを央都市民に少しでも知ってもらおうと躍起やっきになっている。

 それによって戦闘部に入ろうと考える市民が一人でも増えるのであれば、それに越したことはないというのが戦団全体の考えだった。

 だから、星将せいしょうたちも広報部の要請に従い、様々な広報業務に付き合ったりするのだし、インタビュー等を受けたりするのである。公式商品に関与するのも、広報部からの要請だったりする。

 幸多も、それなりに人気を得始めているという話を聞くが、実感は沸かない。

 特に魔法不能者の間では抜群の人気だという話だったし、戦団本部に赴くたびに作戦部の情報官に声をかけられるのも、彼女たちが魔法不能者だからだ。

 魔法不能者は、魔法不能者に優しい。

 当然の理屈かもしれない。

 そんなことを考える一方、幸多の脳裏のうりに浮かぶのは、やはり、先程の会議の内容だ。

 幸多の身に起きた異変について、護法院が緊急会議を開かなければならないほどの事態となってしまった。

 まさかこれほどまでの大事件になるとは想ってもいなかったものの、しかし、自分の体が常人のそれと同じではないということを改めて理解することになったのは、決して悪いことではない。

『幸多くん、マモンを殴り飛ばしたときのことを覚えてる?』

 イリアがそう切り出してきたのは、中枢深層区画での検証が終わった後のことだ。

 第四開発室に移動した幸多たちは、イリアの仮説を聞くこととなった。

『きみの拳による打撃が鬼級幻魔に通用した。きみも理解していると想うけれど、これは通常あり得ないことよ』

 イリアが記録映像を再生しながら断言したことは、はっきりと覚えている。

 その記録映像は、生き残ったわずかばかりのヤタガラスから回収されたものであり、複数の角度から撮影されたものだ。

 そして、青白い燐光りんこうを帯びた幸多がマモンを殴りつけ、吹き飛ばす瞬間が捉えられていた。

 確かにありえない映像だった。

 幻魔の肉体、魔晶体ましょうたいには、通常兵器は通用しない。ましてやただの人体による打撃が通用することなど、あるはずがなかった。

 大量破壊兵器ですら幻魔には通用しなかったのだ。

 魔晶体を傷つけるには、魔法か、魔法に準じた力が必要だ。

 たとえば、超周波振動のような力が、だ。

 当然、幸多の肉体にそのような力があるわけではない。

 あのとき、幸多がマモンを殴り飛ばすことができたのには、間違いなく外的要因があったのだ。

 それこそ、ドミニオンの加護とでもいうべきものだろう。

 幸多は、そのことをいった。

『幸多くんの推論すいろんも、あながち的外れじゃないわ。でもね、ドミニオンがきみに貸し与えた力だけがこの結果を引き起こしたわけではなさそうなのよ』

 イリアは、幸多の考えを受けて、そのようにいいながら操作盤に指を走らせた。

 幻板に幸多の姿が大きく映され、その拳が青白い燐光を帯びている様子がはっきりとわかった。幸多自身、しっかりと覚えている出来事だ。

『この光は、きみの体内から生じるなんらかの力と、大気中の魔素まそとの摩擦まさつによって生じているものだと、ノルンは結論付けたわ』

『ぼくの中の……力?』

 幸多は、突然、想像だにしないことを告げられて、当惑したものだ。

『そしてそれは第三因子なんかじゃなくて、もっと物理的な力だった』

 そういって、イリアが幻板に表示したのは、つい先程、ノルン・システムを介して行った生体解析結果であり、幸多の体内で起きている出来事だった。

『きみの体内には、数百兆……いえ、もっと数多くの分子機械ナノマシンが巡っていることがわかったのよ』

『数百兆って……』

『そう、人体を構成する細胞の数をも遥かに上回る数よ』

『そんなものが……ぼくの体の中に……』

『あんたが幸多くんの体に注入したんじゃないのかい?』

『あのね、いくら技術局が優秀でも、短期間で数百兆もの分子機械を量産出来るわけがないでしょ。わたしたちが医療用の分子機械の研究を開始したのだって、幸多くんと出逢ってからだもの。ようやく実用の目処が立ったのがつい先日だっただけに過ぎないわ』

『だとすれば、幸多の体内に存在する数百兆もの分子機械とはなんだ?』

『……端的にいえば、それこそが彼を、幸多くんを生かしているものだった――ということよ』

 イリアは、そう告げると、解析結果を次々と表示しながら、淡々と説明を始めた。

 幸多の体内に数百超もの分子機械が存在し、常に幸多の体を最適化していることが判明したのは、今回行った超生体解析によって、である。

 これまで幸多は、何度となく同様の生体解析、生体検査を行っており、そのときには分子機械の影すらも発見されなかったし、検出されなかった。

 ノルン・システムを介しても発見できなかったものが、なぜ、突如として顕在化けんざいかしたのか。

 その理由についても、イリアは、ひとつの仮説を立てていた。

『それがおそらく、技術局謹製の医療用分子機械なのよ』

 イリアは、そう告げると、既に幸多の体内から医療用分子機械が排出されきっていることを伝えた。

 幸多の体内の分子機械は、イリアたちが注入した医療用分子機械を異物と認識したのではないか。そして、積極的に排除するべく動いた。

 その結果、幸多の体に異変が生じた。

 分子機械の顕在化という形で、だ。

 これまでノルン・システムでも発見できなかったものが見つかるようになってしまった。。

 そうとしか考えられない、と、イリアはいった。

 イリアとノルン・システムが導き出した結論に、幸多は、呆然とするほかなかった。

『幸多くんの体内の分子機械は、幸多くんを生かすためのものよ。今日まで幸多くんがこうして生きていられるのも、それら分子機械のおかげだった。いわば、わたしたちの肉体における魔素の働きを、分子機械が担っていたということね』

『分子機械が……か』

『にわかには信じがたいね』

『でも、事実よ。幸多くんは、生後一年間、特別な施術を受けていた。そうよね?』

『はい』

 幸多は、赤羽医院あかばいいんでの日々を思い出そうとして、やはりまったく思い出せないことに気づき、胸中で苦笑した。

 生後一年の記憶など、そう簡単に思い出せるわけもない。

 だが、赤羽医院での特別な処置が、完全無能者である幸多を生き長らえさせたことは、疑いようもない事実だった。

 イリアは、いった。

『赤羽医院での施術。それをわたしたちは第四世代相当の魔導強化法まどうきょうかほうなんて考えていたけれど、実際には違っていたのよ。もちろん、生体強化技術ではあった。けれども、それだけではなかった。幸多くんの肉体を維持するために、この世界の魔素圧に耐えられる体を作るために、多少なりとも強引な解決策が必要だったのでしょう』

『それが分子機械だと?』

『御明察』

 イリアは、赤羽医院の記録映像すらも幻板に表示しながら、美由理の言葉に頷いて見せた。

 幸多は、なんだか胸の奥がざわつくような感覚に囚われた。


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