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第六十七話 動く

「惜しいいいい! 実に惜しかったよおおおおおお、幸多こうたくうううううううううん!」

 珠恵たまえが、周囲の人目を引くくらいの絶叫を挙げるのは、昨日今日で何回目なのか、というほどの回数であり、もはや長沢ながさわ家の誰もが慣れきっていた。

 幸多を溺愛できあいしているのは、なにも珠恵だけではない。母である奏恵かなえもそうだし、望実のぞみも、幸多のことを誰よりも愛しているといってはばらない。ただ、状況を弁えているというだけのことだ。

 そして、珠恵だけは状況を弁えず、人の目も気にせず、思うがままに主張しているのだ。それのなにが悪いのか、といわんばかりの彼女の愛情表現には、幸多自身が戸惑うことも多々あった。

 幸多は愛されて然るべきだ、と、珠恵はいう。

 そういう気持ちは痛いほど理解できるため、奏恵も強くはいえなかった。

 そして、いまも、奏恵は、痛いほどに珠恵に同意していた。

 会場の超特大幻板(げんばん)上で、幸多が激闘を繰り広げたのだ。

 黒木法子くろきほうこ我孫子雷智あびこらいちの魔法によって撃ち出されたとはいえ、それは幸多が戦力と見做みなされているということであり、頼りにされているという証でもあった。

 幸多が天燎てんりょう高校の主将を任され、競星けいせい閃球せんきゅうで想像以上の活躍したことを踏まえれば、信用を勝ち取っていないわけもないのだが、しかし、奏恵からしてみれば、そういう事実が嬉しくてたまらないのだ。

 戦場は、膠着こうちゃく状態だ。

 なにが起こっているのか、会場にいるほとんどの人間にはわからない。中には、携帯端末でネットテレビ局の中継を流し、その実況と解説によって状況を把握している観客もいるくらいだ。

 もっとも、奏恵たちにはわかっている。長年央魔連(おうまれん)に所属し、職業魔法士(まほうし)として働いていたのだ。魔法に関する知識、技術力は、一般市民にしておくのが惜しいくらいだといわれるほどだった。

「この状況、手の施しようがないわね」

 望実が憮然ぶぜんとするのもわからなくはない。

 叢雲高校は、戦場にいる全選手に強力な防御魔法を使っているようだった。敵味方関係なく、誰一人逃さないように、徹底的に、だ。

 その魔法壁は極めて頑強であり、生半可な攻撃では傷つけることすらできなかったし、たとえ破壊することが出来ても、すぐさま新たな魔法壁が生み出されていた。

 黒木法子の強力な魔法が通らなかったのを見れば、叢雲の防御魔法の頑強さ、堅牢さだけでなく、補充速度の異常さもわかろうというものだろう。

「幸多の打撃が通らないんだもの、どうしようもないわ」

 奏恵は、幸多が草薙真くさなぎまことに叩き込んだ、凄まじい速度を加味した一撃の威力を想像しながら、告げた。

 幸多に戦闘術の手解てほどきをしたのは、奏恵なのだ。幸多の身体能力が頭抜けていて、戦闘訓練を受けた大人顔負けであるということは、奏恵自身が一番よく知っていた。

 魔法によるなんらかの強化、補助を受けていない状態での身体能力ならば、幸多を陵駕する人間は、そうはいないはずだ。

 もちろん、幸多はまだまだ若く、成長途中であり、鍛え上げた戦団の導士どうしの中には、幸多以上の戦闘能力を持ったものもいるだろう。が、それは導士だからだ。命を懸けて幻魔げんまと戦うことを生業なりわいにし、そのために日夜血の滲むような鍛錬と研鑽けんさんを欠かさない導士だからこそ、幸多を遥かに陵駕りょうがするようなことがあったとしても、なんら不思議ではない。

 まだ十六歳になったばかりの幸多に負けるようでは、幻魔に殺されるだけだろう。

 しかし、対抗戦の相手は、幸多と同年代の、一般の学生なのだ。

 魔法を使わない場合において、幸多を越える能力を持っている可能性は、万に一つもあり得ない。

 それは、奏恵の幸多への限りない愛情から来る親馬鹿的発想ではなく、極めて冷徹な結論である。

 ただし、だ。

 それは、相手が魔法を使わないという前提において、だ。

 幻闘げんとうは、魔法競技だ。総合異種格闘技などと呼ばれ、魔法格闘技とも呼ばれるそれは、全力で魔法を使うことが競技規則として定められている。

 つまり、あの戦場にいるだれもが、幸多とまったく同じ土俵に立ってはいないのだ。幸多よりも一段二段、いやもっと上の舞台に立っている。

 幸多は、魔法不能者だ。

 魔法不能者が生粋の魔法士と正面から戦うということは、つまり、そういうことなのだ。大人と子供が喧嘩をするよりも手酷い結果になるのは、火を見るより明らかだ。

 だからこそ、奏恵は、祈るよりほかない。

 冷静になって考えれば考えるほど、幸多には勝ち目が薄く、活躍の場面を想像できないのだ。

 だが、幸多には勝って欲しい、と想う。

 勝って、優勝して、夢を掴んで欲しい。

 それくらい許されてもいいだろう、と、声を大にして言いたかった。

 叫びたかった。


 状況が動いたのは、幸多の奇襲が失敗に終わり、十数分が経過してからのことだった。

 幻闘の制限時間は、六十分だ。

 既に半分の三十分が経過しようという頃合いだったが、幻想空間内にいる幻闘の参加者たちには、時間を確認する術がなかった。

 制限時間が確認できることによる心理的影響、戦術的変化を、対抗戦運営委員会が嫌ったからだ。常に緊張感、緊迫感を持って戦い続けるのが、現実の戦場だ。幻魔との戦いは、いつ終わるとも知れないものであり、故にこそ、制限時間は開示されなかった。

 とはいえ、確認する方法がないではない。

 試合開始から、数えておくという方法だ。

「現在、残り三十分ってところだな」

 自信に満ちた表情でいってきたのは、怜治れいじだった。

「数えてたのかよ?」

「腹時計でな」

「はあ?」

 怜治の想像だにしない返事には、さすがの圭悟けいごも変な顔になった。

 が、状況は、そんな怜治の発言の直後に大きく動いたのだった。

「解けたわ、法子ちゃん!」

「ああ、わかってる!」

 雷智と法子がうなずき合えば、ケイオスヘイヴンそのものが唸るかのような震動が起きた。

 天燎てんりょうだけでなく、天神てんじん御影みかげ星桜せいおうの生徒たちも、自分たちを守っていた魔法壁が消滅したのを肌で感じたのだ。

 幸多にはまったくわからないことだったが、魔法士たちには実感として理解できるのだろう。

 だから、動き出した。

 戦場の中心、叢雲陣地の生徒たちは、疲労困憊(こんぱい)といった様子に見えた。が、自分たちの身を守るための防御魔法は、張り巡らせているようだ。余力を残していた、ということだろうが。

 そして、その遥か上空にいたはずの草薙真の姿はなくなっていた。どこかへ移動したのだ。

 ここまでの時間を費やして紡ぎ上げた大魔法を発動させるために。

「きみたちはここに隠れていたまえ」

「作戦通りっすね!」

 圭悟がいえば、法子がうなずく。

「そうだ。そして作戦通り、わたしと我孫子雷智で、敵をほふる」

「幸多くんも、お留守番ね」

「はい! お気を付けて!」

「ああ、きみたちもな」

 法子は、力強くいうと、地を蹴るようにして飛んだ。雷智とともに、飛行魔法で一気に主戦場へと向かっていく。そして、眼前の主戦場に向かって、魔法を解き放った。

羨望の黒杖オーバード・ロッドブラック!」

極雷嵐オーロラストーム!」

 法子と雷智、二人の魔法がほとんど同時に発動した。法子の手の先に生じた闇の杖が絶叫し、黒くまばゆい巨大な光芒こうぼうを放出すれば、雷智の左腕を覆うように出現した雷光の塊が、さながら怪鳥が翼を広げるようにして、え立てた。そして、無数の稲光が放たれ、敵陣へと飛んでいく。

 黒い光と蒼白の光が混ざり合い、混沌そのものの渦となって、虚空を駆けていく。

 その間にも、前方、叢雲陣地には、多様な魔法が殺到している。四方八方から雨嵐のように様々な魔法が襲来し、まさに阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図とでもいうような有り様だった。

 巨大な火球が飛来し、無数の氷塊が殺到し、真空の刃が襲いかかり、光の雨が降り注ぐ――。

 待ちに待った三十分。

 叢雲によって稼がれた時間は、他校の生徒たちにとって鬱憤うっぷんの溜まる時間でしかなかった。この鬱憤を晴らすには、合性魔法が途切れる瞬間を待つしかなく、その瞬間までには、強力な魔法を練り上げる時間は十分過ぎるほどにあった。

 叢雲を除く四校による魔法の一斉砲火にして、十字砲火。

 さすがの叢雲高校も一溜まりもないはずだった。

 そして、四つの閃光が天へとはしった。

 それは、幻想体が破壊されたことを報せる対抗戦の演出である。

 つまり、誰かの魔法が叢雲の生徒たちを撃破した、ということになるのだが、法子たちにはわからない。

 撃破できたのかどうかは、撃破点を加点された当該高校の選手だけが知ることができる。他校に何点が入り、何人が生き残っているのかは不明なのだ。

 対抗戦の幻闘は、いかに極限状態に追い込めるか、そして、その状態でいかにして戦い抜くことができるか、という点に重きを置いている。だから、選手たちには最小限の情報しか伝わらない。

 そして、法子と雷智の頭の中に、加点の報せがあった。

 法子と雷智の魔法は、叢雲陣地を狙ったものではなかったのだ。

 二人は、叢雲陣地に意識を集中させているであろう他校生ならば、必ずや隙を見せるだろうと考えた。そして、二人は、それぞれ異なる方向に向かうように魔法を放ったのだ。

 法子は、右側、つまりケイオスヘイヴン東部に陣取っていた星桜高校を狙い、雷智は逆側、西方から中心に向かっていた天神高校を攻撃した。

 そしてその目論見は、見事に的中した。

 当初、二人の魔法は、さながら合性魔法のように一つになって、戦場中心部、叢雲陣地へと向かう動きを見せていた。

 この冗長たる状況を作り上げた叢雲に一矢報いたいという、参加者全員の気持ちを汲むかのような魔法は、他校の選手たちを安堵させたことだろう。誰一人として、法子たちの真意に気づいていなかったのだ。

 しかし、黒い閃光と青白い雷光は、叢雲陣地の手前で二手に分かれた。他方から殺到する魔法をかわすようにして突き進み、それぞれ複数名の選手を飲み込み、貫き、幻想体に致命傷を叩き込んでいった。

 そして、幻想体の破壊を示す閃光が起こり、撃破点の報せが、法子と雷智の脳内を掠めた。それは、天燎の優勝を確信させるに足る点数だった。

「四点だ」

「わたしは二点よ。さっすが法子――」

 雷智は、喜びに満ちた声を挙げられなかった。

 熱光線が、雷智の細い首を撃ち抜いたからだ。


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