第六百七十三話 特異なる力(六)
「護将」
幸多は、鎧套・護将を召喚すると同時に、脚部装甲に仕込まれた全地形適応型滑走機構・縮地を起動、展開した。
護将は、その名の通り守りに特化した鎧套であり、一対一の戦闘には向いていないとされている。
戦団の最小編成単位が小隊であり、導士が一人で行動し、戦闘することは極力避けるべきであると推奨されている。
護将も、それを踏まえた上で開発された鎧套なのだ。
つまり、小隊以上の編成でこそ、機能する装備だということだ。
戦団の編成は、主に攻撃を担当する攻手、防御の担う防手、補助や治癒などを一手に引き受ける補手という三つの役割からなる。
小隊は四人を最少人数とし、その場合は、攻手二名、防手一名、補手一名でなければならない。
中でも防手は、敵の攻撃を引き受けるという重要な役割を持ち、防型魔法の巧みな使い手が選ばれる。
攻手のような華々《はなばな》しい活躍は望めないが、防手がいなければ小隊が成り立たないのは間違いなく、縁の下の力持ちという以上に小隊の要といって良かった。
そして、幸多を防手として機能させる装備こそ、護将である。
近接戦闘特化の武神、中・遠距離戦闘を担う銃王は、攻手用の装備であり、攻め立てるのを得意とする幸多にはもっとも適しているといえるだろう。
しかし、今後のことを考えれば、ただ攻撃することだけに専念すればいいわけではないのではないか。
幸多は、魔法が使えない。
防型魔法など、夢のまた夢だ。
だが、護将ならば、防型魔法を用いずとも、小隊の壁になることも不可能ではなかった。
そのための護将であり、防衛用の装備の数々なのだ。
とはいえ、幸多がここで護将を装備したのは、縮地の性能に着目したからであり、同時に護将そのものの防御能力に期待してのことだった。
武神と銃王は、攻撃に特化した鎧套だ。鎧套というだけで闘衣以上の防御性能は約束されているが、しかし、その機動力によって戦場を飛び回ることを念頭に置かれて設計された武神や、銃火器の制御に重きを置かれた銃王が、防御面で護将に劣るのは当然だった。
護将は、他の鎧套よりも遥かに重装甲だ。全体として分厚く、重い。
それでも、幸多の身体能力を向上させてくれる装備であることに代わりはなかったし、縮地による高速移動は、空中からの爆撃を躱しながら魔人城を抜け出させ、幸多を森林地帯へと至らせることに成功した。
それでも、法子の攻撃は、止まない。
(まあ……師匠では、あるかな)
幸多は、法子の砲撃にも等しい魔法攻撃の数々から逃れるようにして森の中を疾走しながら、彼女との猛特訓の日々に想いを馳せた。
対抗戦決勝大会を優勝へと導いてくれたのは、間違いなく、法子だ。
法子がいてくれたからこそ、対抗戦部全体の地力が上がったのであり、優勝に漕ぎ着けることができたのだ。
法子がいなければ、仮に最終戦までもつれたとしても、同じ結果にはならなかっただろう。
草薙真に圧倒されて、それで終わったに違いない。
確信がある。
だからこそ、幸多は、法子に感謝していたし、その想いをどうやったら伝えられるのかと考えるのだ。
星象現界の如き魔法を発動させ、圧倒的な火力でもって幻想空間を蹂躙し続ける相手に、どうすれば、心からの感謝を伝えられるのか。
幸多は、前方の木々が焼き払われ、爆炎が壁のように聳え立つ様を見ると、透かさず転回した。遥か上空、視線の先に法子の姿があり、その頭上に巨大な闇の矛が具現していた。
素晴らしい魔法技量だと言わざるを得ない。
星象現界を発動させたこともそうだが、長時間に渡って維持しながら、苛烈な攻撃を仕掛けてくるのもまた、並大抵のものではない。
幸多は、自分が法子を何処かで侮っていたのだと理解し、心の底から謝罪した気持ちになっていた。戦団の導士たちのほうが余程優れているというのは、ある一面においては間違いないのだが、法子もまた、世代最高峰の魔法士だと確信させる。
だからこそ、立ち向かわなければ、ならない。
「覚悟は済んだか?」
「とっくに」
「良い返事だ」
法子は、満足げに笑うと、頭上に掲げていた右腕を振り下ろした。矛を解き放つ。現状、彼女が発動できる最大威力の攻撃魔法だ。
全ての力を込めた一撃。
それは、禍々しく破壊的な黒き矛であり、大気中の魔素を尽く破壊しながら前進し、幸多への到達まで時間はかからなかった。
一瞬だった。
そして、一瞬にして、凄まじいまでの爆発が起きた。黒い光が乱舞して、周囲の地形をでたらめに作り替えていく。混沌そのものがそこに生じたかのようであり、荒れ狂う闇の魔力がなにもかもを台無しにしていくのだ。
蹂躙という言葉が生易しく感じるほどの、破壊。
それなのに法子は、自分の視界が流転するのを認めていた。
破壊され尽くす地上の光景を見ていたはずなのに、虚空へと視界が揺らぎ、天へと至った。
青く滲んだ幻想空間の空模様。
どこまでも限りなく広がるようでいて、必ずどこかに終端が存在する、箱庭の世界。
ぐらり、と、法子は、自分の態勢が崩れたのだと理解したとき、目の前に青白い燐光が過るのを見た。
それがなんなのか、法子には理解できなかった。
一瞬、魔法なのかと想ったが、そんなわけもなかった。
この空間に魔法使いは自分一人だ。
幸多は、魔法を使えない。
であらば、武器か。
戦団技術局が推進する窮極幻想計画とやらが発明する武器の数々は、法子には未知のものばかりだ。公表されているものには目を通したが、やはり、魔法以外のことは頭に入ってこない。
覚えられない。
すると、幸多の顔が視界に飛び込んできて、目が合った。褐色の虹彩。瞳孔の奥底になにかが光っているような気がした。青白い燐光。いままさに法子が見たなにかだ。
幸多がどうやってここまで到達したのか、法子にはわからなかった。
幸多は、ついさっきまで地上にいたはずだったし、あの鎧套の移動速度を以てしても、黒き矛の破壊範囲から逃れることはできなかったはずだ。
ましてや、あの大盾で身を守ることなど不可能に等しい。
そして、大盾で身を守ったのであれば、いま、法子の目の前にいることがおかしくなる。
破壊は、続いている。
まさに大破壊とでもいうべき事象が、いままさに法子の眼下で巻き起こっているのだ。法子が使いうる最大威力の攻撃魔法。
この我が名は混沌を用いてようやく発動可能な最大最強最高級の攻撃魔法は、彼女の想像以上の破壊力を発揮し、幻想空間を蹂躙し続けている。
それなのに、幸多は、彼女の目の前にいて、右肩を掴んでいた。彼がおもむろに振りかぶった右手が拳を作り、青白い燐光を帯びる。
なにが起きているのか。
法子には、まるで理解できなかったし、理解できないまま、意識が吹き飛ばされるのを実感した。
そして、気がつくと、訓練室の天井を見ていた。天井照明の穏やかな光が、つい一瞬前までの切迫感や焦燥感を忘れさせるようだ。
「せ、先輩!?」
「法子ちゃん、だいじょうぶ!?」
「ん?」
法子は、すぐさま頭用装具を外しながら上体を起こしたとき、雷智や圭悟たちが駆け寄ってきたのを見て、怪訝な顔になった。
どうにも様子がおかしい。
たかが幻想訓練だ。
幻想空間で幻想体が破壊されようとも、その痛みは、幻想空間上に残され、現実に反映されることはない。魔法の使用による精神の消耗も、幻想体にかかる負荷ほどではなかったし、現実世界に持ち帰るものなどほとんどないのだ。
だからこそ、幻想訓練は重視されるのであり、有効的なのだ。
それはそれとして。
法子は、雷智たちの反応があまりにも真に迫っていたものだから、不思議に想う以外になかった。