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第六百七十二話 特異なる力(五)

 法子ほうこの繰り出した拳が双閃そうせんと激突するなり、轟音ごうおんが鳴り響き、衝撃波が幸多こうたの体を吹き飛ばした。

 幸多は想像以上の法子の力にうなりながら、さらに肉迫してくる法子を認めた。

 双閃の刀身には亀裂が入っていて、もはや使い物にはならない。

 だから、すぐさま法子に向かった投げ放てば、法子は、衣をひるがえした。法子の前方に翻ったそれは、膨大な闇となって広がり、さながら魔法壁の如く聳え立った。そして、飛来した二本の短刀を飲み込んでしまう。

 超周波振動などなんのその、といったところか。

 法子の勢いは、止まらない。

 幸多との距離を一瞬で詰めると、彼が召喚したつぎなる武器を右手で掴み、そのまま振り回して見せたのだ。

 幸多の体ごと、である。

 法子の全身には、莫大な魔力が満ちている。その魔力が彼女の身体能力を大幅に向上させており、故にこそ、重武装の幸多を軽々と投げ飛ばすことも可能なのだ。

 遥か上空へと投げ飛ばした幸多に向かって、法子は、左腕を振り上げるようにした。すると、無数の黒い刃が生じ、一斉に幸多へと発射される。

 空中の幸多は、目だけで法子がなにをしたのかを確認すると、身をよじった。しかし、空中で体勢を変えることなどできるわけもない。魔法士ではないのだ。

 なので、唱える。

方陣ほうじん

 全周囲に展開型大盾てんかいがたおおたて防塞ぼうさいを召喚、配置し、瞬時に展開させることにより、法子の攻撃に対応しつつ、吹き飛ばされていくだけの自分の体を制御して見せたのだ。

 つまり、防塞に激突することで強引に止めた、ということだが。

 そして、全身を鎧套がいとう武神ぶしんに覆われた幸多には、その程度の衝撃は、なんの問題もない。

 問題があるとすれば、

「はは」

 幸多は、防塞を軽々と突き破り、殺到してきた無数の黒い刃を目の当たりにして、乾いた笑いしか出なかった。

 法子の魔法の威力が、高まっているようだった。

 それも、飛躍的に。

(そりゃそうか)

 幸多は、その場に武神を脱ぎ捨てて、真下の防塞の上に乗った。すると、黒い刃は幸多ではなく、武神に殺到し、次々とその刃を突き立てていった。

 幸多が難を逃れたのは、魔素質量の差だ。

 法子が編み出した魔法について、幸多は、ある程度知っている。

 ジ・オーバーケイオスなる魔法についてこそ知らなかったものの、それ以外の様々な魔法は、対抗戦の猛特訓の日々に見せられ、叩きつけられたものだ。

 いま、幸多に殺到した黒き刃は、渇望の黒刃オーバード・エッジブラックという魔法であり、追尾誘導性能の極めて高い攻撃魔法だった。だから、幸多との訓練ではほとんど使わなかったという事実がある。

 今回、法子が使って見せてきたのは、幸多が学生時代あのころとは異なる状態だったからにほかならない。

 学生時代、幸多は、ただの完全無能者だった。

 魔素は、万物に宿る。身に纏う衣服にも微量ながら宿っている。しかし、それだけでは、追尾誘導式の魔法の対象にしにくかったのだ。

 しかし、いまは違う。

 幸多は、闘衣とういと鎧套を纏っていた。それはまさに高密度の魔素の塊といっていい。特に鎧套は、魔法金属を大量に用いており、最新型の魔力炉まりょくろを内蔵しているのだ。鎧套は、常に膨大な魔力を錬成している状態である。

 故に、追尾誘導の対象にするには、なんら問題なかった。

 だから、幸多は鎧套を脱いだ。

 鎧套と闘衣では、鎧套のほうが圧倒的に魔素質量が上だ。当然、追尾誘導式の魔法は、そちらに殺到する。

 幸多は、その様を見つめながら、大きく展開した防塞の上に乗って、地上に落下するのに任せた。

 法子の魔法の威力が向上しているのは、いうまでもなく、彼女がいままさに発動している魔法の影響だろう。

 まるで星象現界のような魔法が、法子の全身を覆っている。

 武装顕現型むそうけんげんがたの星象現界。

 幸多には、もはやそうとしか思えなくなっていたし、実際、その通りなのではないかと考え始めていた。

 星象現界は、魔法士ならば誰もが持つ魔法の元型である〈ほし〉のぞうを世界に現すというものだ。

 つまり、知らず知らずのうちに星象現界を体得するような魔法士がいたとしても、なんら不思議ではないということであり、法子ほどの才能の塊ならば、それくらいできたとしてもおかしくはなかった。

 少なくとも、幸多は、そう思っている。

 法子ほどの魔法の天才は、そうはいない。

 さすがに統魔とうまには及ぶべくもないし、草薙真くさなぎまことも匹敵するほどの才能と実力の持ち主だが。

 それはそれとして、法子の魔法技量の巧みさは、戦団が喉から手が出るくらいに欲しがるほどのものなのだ。

 幸多も、そんな法子の実力をよく知っていた。

 知っているからこそ、圧倒されるのではなく、笑いたくなってしまうのだ。

「なんでもありだな、あの人」

「それは誰のことだ?」

 不意に法子の声が聞こえてきたのは、頭上からだった。見上げれば、すぐ目の前に闇の化身の姿があった。闇の鎧と衣を纏う法子の姿は、魔王のようだ。

 禍々《まがまが》しくも美しく、神秘性さえも漂わせる女魔王。

「先輩のことですよ」

「わたしには、きみがなんでもありに思えるが」

「御冗談を」

「まさか」

 法子が苦笑とともに右腕を振り下ろした。巨大な闇の斧が幸多に向かって降ってきたが、そのときには、幸多は飛び出している。

 盾を蹴り、跳躍すれば、直後には防塞は真っ二つに両断されていて、幸多の飛び蹴りが法子の左手に掴まれている。

はやい」

「でも、掴んでるじゃないですか」

「読み通りだからな」

「読みか」

「きみの戦い方は、よく理解しているつもりだ。皆代幸多。我が一番弟子よ」

「ぼくの師匠は伊佐那美由理いざなみゆり軍団長なんですが」

「ふん」

 法子は、掴んだままだった幸多を地上に向かって放り投げると、左手を掲げた。羨望の黒刃を撃ち放つ。無数の黒い刃が、地上へと落下中の幸多に殺到し、その全身に突き刺さっていく。

(まさか、怒ってる?)

 幸多は、全身に激痛を感じながら地面に叩きつけられると、すぐさま飛び上がってその場から退散した。黒い光芒が、幸多の落下地点を貫き、爆風が巻き起こる。

 周囲の建造物が倒壊していく。

 戦場は、森林地帯から中心部の城塞へと至っていた。

 魔人城まじんじょうである。

 かつて魔人・御昴直久みすばるなおひさが居城としていた場所を模しており、その外観も内装も禍々しく凶悪な印象を与えるものとなっている。

 その中庭に幸多は叩きつけられたのであり、法子の魔法が次々と着弾しては、魔人城を壊滅させていくようだった。

 幸多は、全身に黒い刃を浴びていて、満身創痍という有り様だ。体中の傷痕きずあとが酷く痛む。幻想空間だからといって容赦ようしゃしなさすぎではないか、と、想わずにはいられないが、銃王じゅうおう装備で撃ちまくっていた人間がとやかくいえることではないこともまた、確かだ。

 法子は、おそらく星象現界を無意識に発動している。

 まるで愛理あいりのようだ。

 魔法に愛された存在は、杖長じょうちょうですら到達困難な領域に容易く踏み込み、意識すらしないうちに発動してしまうということなのだろう。

 だとすれば、と、幸多は考えてしまう。

 法子が戦団に入ってくれれば、これほど心強いことはないのに、と。

 しかし、強制はできない。

 法子には法子の人生があり、生き方がある。法子がその圧倒的な力を戦団の導士として振るいたくないというのであれば、それはそれで致し方のないことだ。

 とてつもなく勿体ないことだが、それが戦団総長の意向なのだから、致し方がない。

 他人に人生を強要できるほど、戦団は偉くはない。

 だから、というわけではないが。

(負けられないな)

 幸多は、爆砕に次ぐ爆砕の嵐から逃れるように走り回りながら、遥か上空を見遣った。

 遥か頭上に君臨する法子の姿は、さながら魔王の如くであり、圧倒的な火力が地上を蹂躙していく様には、ただただ大笑いするほかなかった。


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