第六百六十九話 特異なる力(二)
「あれが鎧套っていうんだっけな」
「戦術拡張外装・鎧套。いま身につけたのは、その中でも銃王と名付けられた奴だね。その名の通り、銃器の扱いに適した鎧套で、銃王専用の銃器もあって、いま皆代くんが手にしている二十二式突撃銃・飛電も、現状では、銃王に最適化されているっていう話だよ。将来的には、ほかの鎧套でも使えるようにしたいらしいけど、技術的に困難だという話もあるね」
「さすがに詳しいわね」
真弥が蘭の早口かつ熱っぽい説明に少しばかり辟易していると、彼は、むしろ自慢げにいうのだ。
「戦団の最新情報は欠かさず確認してるからね」
彼が胸を張る様を横目に見て、再び、視線を幻板に戻せば、飛電が唸りを上げて弾丸を撒き散らし、森林地帯を根底から吹き飛ばしていく衝撃的な光景が展開されていた。
元より法子の魔法の連打で破壊されてはいたのだが、幸多の反撃の凄まじさは、法子のそれを遙かに上回っていた。地形そのものが破壊され尽くし、激変してしまうのではないかというような超連射。
銃弾一発の威力そのものは、木を吹き飛ばす程度のものだが、それが間断なく発射され続けるために、法子は逃げの一手にならざるを得なくなっているのだ。
そして、飛行魔法で逃げ回る法子を追う銃撃の嵐が、森林地帯を爆砕していっているのである。
「今時銃器って思うけどさ、幸多くんみたいな魔法不能者が遠距離攻撃を行うというのなら、銃器も必要だってわかるよね」
「そりゃあ、見てりゃあな」
「しかも、幻魔にも通用する兵器ですものね」
紗江子が感心するようにいいながら、幸多の銃撃の苛烈には度肝を抜かれる。
幻魔には、通常兵器は通用しない。
それが定説であり、絶対の理だといわれていた。しかし、それらの定説を覆したのが戦団技術局が開発した装備群であり、幸多である。
幸多が扱う兵器群は、確かに幻魔に通用しただけでなく、これまで数多の幻魔を撃滅してきたという実績があった。
鬼級幻魔とも交戦し、生き残ったという事実すらあるのだ。
それは、並大抵のことではない。
完全無能者という魔法社会にとっての不要物が、いままさにこの世界に絢爛たる輝きを放ち始めている気がして、圭悟たちは、彼の戦いぶりに息を呑むのだ。
とはいえ。
「……っても、なんでまた、戦いたがったんだろうな? 先輩」
「なにか聞いていないんですか? 我孫子先輩」
「ごめんなさいねえ。わたしにもわからないのよう。法子ちゃん、いつだって突然言い出すから」
雷智が困り果てたような顔をするから、真弥たちのほうこそ申し訳なくなってしまう。
そうなのだ。
今回、この伊佐那家本邸の訓練施設――通称・道場を借りて、幻想訓練を行いたいと言い出したのは、法子であり、幸多は巻き込まれた形なのである。
道場が借りられないのであれば、どこか別の設備を使ってもいい、とさえ法子は言いつのっており、余程、幸多と一戦交えたかったようだった。
法子が幸多に会いに来たのは、彼とこうして戦うためだったのは、疑いようもない。
実際、幻想空間上の法子は、幸多との激闘を喜んでいるような表情をしていた。
口の端に笑みが刻まれている。
傲岸な、そして不遜な笑みだ。
いかにも法子らしい。
そのときだ。
「あれ?」
疑問の声を上げたのは、幻想訓練室に設置された幻創機の操作をしていた人物、皆代奏恵である。
そう、幸多の母親だ。
圭悟たちは、訓練室に向かう途中で奏恵と合流し、そこで二度目の挨拶をしている。
一度目は、対抗戦決勝大会終了直後であり、全員の記憶にも強く残っていたが、それからしばらくが経過したこともあったからか、奏恵は、圭悟たちとの再会を全身で喜んでくれたのだった。
奏恵は、圭悟たちが幸多を心配して会いに来てくれたということが心の底から嬉しかった。
奏恵の数少ない心配のひとつに、幸多に友達ができるかどうか、というものがあったのだが、彼らは親友とさえ呼べる間柄だといい、そのこともまた母親として嬉しいことこの上なかった。
だから、奏恵は、幸多を尋ねて圭悟たちが訪れたという話を聞いたとき、涙さえ浮かべたものである。
それから、幸多と友人たちが道場で幻想訓練を行うことになると、奏恵に連絡が飛んだ。奏恵が幻創機を操作できる上、幸多の母親だからということもあるだろう。
そして、幸多たちと合流し、圭悟たちと話し合いながら道場まで歩いてきたというわけである。
それから幻想訓練室に入り、幻創機の設定を行った。
幻想空間に飛び込むのは、幸多と、天燎高校二年の黒木法子だけだったが、そのことに疑問はなかった。法子は、奏恵さえ見惚れるほどの美人だったが、幸多との間にはある種師弟関係に近い絆があるという。
法子は、天燎高校最強の魔法士であり、故に対抗戦部においても最強の存在だった。そして幸多は、そんな彼女に対抗戦での戦い方を学び、鍛え上げられた。
法子が幸多と二人きりの幻想訓練を行いたいと言い出したというのは、つまり、そうした事実が関係あるのではないか。
奏恵は、幻創機を設定しながら、そんなことを考えたりもした。
そして、幻想空間上で繰り広げられる我が子と法子の激闘に意識を集中していたのは、致し方のないことだっただろう。
優秀な魔法士の戦闘というのは、決して珍しいものではない。
魔法士同士の死闘を見たいのであれば、幻闘という代物もあるし、競星や閃球などの魔法競技もまた、魔法士たちがその魔法技量を激しく競い合うものだ。
本格的な幻闘は、それこそ破壊的で、苛烈な戦闘が繰り広げられるものだったし、そうした映像は、この世に山ほど溢れていた。
しかし、幸多の戦闘となると、そういうわけにはいかない。
いや、映像自体は、それこそ数多に存在する。
幸多は、いまや戦団広報部が推しに推し始めている若手導士の急先鋒であるらしく、実戦における幸多の活躍ぶりを集めた広報映像などが央都中に満ちているのだ。
幸多が戦団に入って以来、今日に至るまで積み上げられてきた実績の数々が、一纏めにされた映像集。
圭悟たちなどはそれらを見ては、幸多の活躍ぶりに興奮すらするのだが、奏恵の場合は、そうはいかない。
幸多の実戦、つまり幸多と幻魔の戦いは、奏恵には直視できないものだった。
幸多の戦いはいつだって命懸けだ。
他の導士のように魔法を使えない幸多は、常に身一つで戦場に臨む。いつだって傷だらけで、満身創痍になることも珍しくなかった。
死が、あまりにも近い。
だから、見ていられない。
奏恵が安心して見られる幸多の戦闘といえば、幻想空間上で行われるものだけだ。
だから、つい、幸多と法子の攻防に見取れてしまっていた。
そして、そのために訓練室内で起きていた異変に気づくのが遅れたのだ。
「なにかあったんですか?」
「どうかされましたか、皆代くんのお母様」
真弥と紗江子が奏恵の様子に気づき、声をかけるが、奏恵は、虚空を見遣ったまま、茫然としていた。
「あの……」
真弥が、奏恵に歩み寄るために腰を浮かせたときだ。圭悟と蘭が、異常に気づいた。
「お、おい……どうなってんだ?」
「どういうこと?」
二人して視線を向けたのは、奏恵と同じ場所であり、真弥と紗江子は顔を見合わせ、そちらを見た。
そこは、訓練室の一角だった。幻想空間に転送される人物が寝転がるための寝台が並べられた場所。
転送するのは、意識だけだ。
いや、転送というよりは、同期といったほうが正しいだろう。
本人の意識と、幻想空間上に再現された肉体である幻想体と、幻創機を通じて接続する。それによって、自分自身が幻想空間に転送されたような感覚に陥るのだ。それは紛れもなく錯覚であり、実際には転送などされていないのだが。
そう、実際には、転送などされないはずだ。
「あれ……?」
「え?」
真弥と紗江子もまた、茫然とした。
いくつも並んだ寝台のひとつには、法子が姿勢も正しく仰臥しているのだが、その隣の寝台は空白になっていた。
幸多の姿が消えていたのだ。




