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第六百六十四話 親友(三)

「……来てしまった」

 圭悟けいごは、閑静かんせいな住宅街から少し離れた位置に聳え立つ豪邸ごうてい、その門前に立って、今更のように頭を抱えたくなってしまった。

 法子ほうこと出逢ってしまったのが、運の尽きだ。

 法子の強引さの前では、圭悟には為す術もなかったし、彼女の望み通りに動くことになってしまったのは、やはり、自分自身の弱さ故だろう。

(いや……)

 圭悟は、胸中で頭を振る。

 自分自身が望んでいたことでもあるのは、間違いない。

 幸多こうたと直接逢って話がしたい。

 声を聞いて、無事を確信したい。

 不安を払拭ふっしょくしたい。

 これは、圭悟だけでなく、らん真弥まや紗江子さえこも同様の想いを抱いているに違いないことだ。だが、だからといって、伊佐那いざな家本邸を訪れようなどとは、一般市民は考えないものだ。

 伊佐那家といえば、戦団副総長・伊佐那麒麟(きりん)を当主とする名門中の名門なのだ。

 伊佐那の血筋は、魔法の本流とも呼ばれ、魔法における名門といって真っ先に名が上がるのが伊佐那家だった。

 そんな伊佐那家の本邸は、市民にとっても導士にとっても聖地の如き扱いを受けている。

 誰もがそこに伊佐那麒麟を始めとする伊佐那家の人々が住んでいることを知っていながら、決して近寄ろうとはしなかった。

 伊佐那家の人々の日々の生活を邪魔してはならないという暗黙の了解が、央都市民の中にあるからだ。

 そして、無関係な一般市民が伊佐那家を訪れたところで、門前払いされるだけのことだということもまた、わかりきったことだった。

「どうすんだよ……」

「どうするもこうするも……なるようにしかならないんじゃない?」

 圭悟がひとりつぶやくと、真弥が声をひそめていってきた。彼女はもはや諦めきっているようだった。

 黒木くろき法子の傍若無人ぼうじゃくぶじんさ、自由奔放じゆうほんぽうさには、四人とも慣れきってしまっていた。

 彼女とともに対抗戦部で活動したのはわずかな期間でしかないが、それでも、法子に振り回され続けたことは記憶に新しかったし、鮮明に焼き付いていた。

 それらの記憶が青春の輝きに満ちていて、その中心にいるのは、いつだって一人の少年だったということもまた、四人の共通する想いだ。

 皆代みなしろ幸多。

 彼がいたから、圭悟たちは対抗戦部の一員として、あの数ヶ月余りを走り抜けてきたのだ。

 それは紛れもない青春だった。

 圭悟たちは、その青春の延長線上にいる。

 幸多が天燎てんりょう高校に残した対抗戦部を存続させるためには、これから先もある程度の実績を積み上げていかなければならないだろうし、そのためにこそ、圭悟は対抗戦部で在り続けようと考えていた。

 天燎高校対抗戦部は、今年、対抗戦決勝大会で奇跡の優勝を果たした。

 その影響で入部希望者が大量に現れたことは、部を存続させていく上で極めて重要なことだろう。

 だが、それだけでは、部の将来がどうなるかはわからない。

 今年いっぱいは廃部されることはないだろうが、天燎鏡磨(きょうま)のような独裁者が理事長になるようなことがあれば、天燎高校の趣旨とは合わないという理由で潰されかねない。新理事長がどのような考えを持っているのかも、いまはわからないのだ。

 だからこそ、実績を積み上げなければならない。

 対抗戦部こそ、圭悟たちの青春の残光《》ざんこうなのだから、学校の都合で潰されることなど許せるはずもなかった。

 なぜそこまでするのかといえば、やはり、圭悟たちの脳裏のうりに彼の姿が焼き付いているからにほかならない。

 幸多が全身全霊をかけて戦い抜いた日々が、いまもなお燦然と輝き続けている。

 それこそ、圭悟が対抗戦部に残り続けている理由だったし、彼を心配する理由のひとつだ。

 心配など不要だと、彼はいう。

 けれども、親友の心配をしない人間がこの世のどこにいるのか、と、叫びたい気持ちでいっぱいだった。

 彼は、導士だ。

 幻魔や魔法犯罪者と戦うのが職務であり、命の危機に曝されているのが常なのだ。死と隣り合わせの職場であり、だからこそ、戦団の導士たちは、導士様と呼ばれ、とうとばれ、うやまわれるのだ。

 英雄ヒーローであり、偶像アイドル

 それが戦団の導士だ。

「たのもー!」

「え?」

 不意に圭悟の意識に飛び込んできた大声がなんなのかについて、彼は、数秒の時間を要した。

 声は、法子のものだった。

 それは瞬時に理解できた。

 法子の大声は、対抗戦の練習中によく聞いたものだ。それこそ、嫌になるくらい何度も。それもこれもあの即席の対抗戦部で決勝大会を勝ち抜くために必要な試練だったのだから、不満もなにもなかったのだが。

 それは、いい。

 なぜ、いまこの場で法子が大声を上げる必要があるのか。

「ええっ?」

「先輩?」

「なにしてるんですか!?」

「あらま」

 蘭や紗江子、真弥、さらには雷智らいちまでもが度肝を抜かれたような反応を示すのは、当然のことだった。

 法子が、伊佐那本邸の門前に胸を張って立っていたからだ。そして、先程の大声に繋がるのだろうが、彼女の目の前には門衛もんえいが立っており、わざわざ大声を出すまでもなかったのである。

 門衛は、大男だった。伊佐那家の紋章が入った導衣を着込んでいることからも、伊佐那家直属の魔法士であることは疑うまでもない。

「大声は、必要ないかな」

「たのもー」

「ええと……」

 厳つい顔立ちの門衛は、しかし、困り果てたような表情で圭悟たちに目線を送ってきた。

 法子が、門衛の存在が視界に入っていないかのように大声を上げているからだろう。

「あの、すみません……いや、本当にすみません! うちの先輩が迷惑をおかけして……」

「先輩? きみたち、学生さん? いや、まあ、そうか。八月とはいえ平日だもんな……学生以外にはありえないか」

「は、はい。天燎高校の……」

「天燎の?」

 門衛は、真弥の説明にきょとんとした。

 当然だろう、と、圭悟たちは思った。

 天燎高校の母体である天燎財団は、央都で大勢力を誇る企業であり、同時に戦団に敵対的な企業として知られている。特に財団の前理事・天燎鏡磨が引き起こした天輪てんりんスキャンダルの印象は強烈なものがあり、それによって天燎財団に対する考えを変えた市民は、少なくないだろう。

 天燎高校に通う学生たちに対する世間の目が厳しくなったのも、そのためだ。

 そんな天燎高校の学生たちが、なぜ、戦団副総長の屋敷を訪れたというのか。

 門衛は、当然のように疑問を持ったようだが、すぐに納得がいったような顔になった。

「ああ……幸多くんの友達かな?」

 門衛の厳つい顔が、柔らかく変化したのは、幸多の人徳が為せる技なのかもしれない、と、真弥などは受け取った。余程のことでもなければ、関わりの薄そうな門衛がそのような反応を見せるとは思えなかったし、名前で呼ぶこともないはずだ。

 そして、それが嬉しくて、真弥は、思わず大声でいった。

「はい、そうです! 幸多くんの大親友なんです!」

「そうかそうか! それは良く来たね! 幸多くんは今日も猛特訓中だよ」

「猛特訓中……ですか」

 そういわれて、真弥が紗江子を顔を見合わせたのは、やはり、ここを訪れたのは間違いではないかと思えたからだ。

 幸多の猛特訓の邪魔になるようなことはするべきではない。

 それは、親友だからこそ、思うのだ。

 幸多ほど訓練の必要性を実感し、発言している人間はいない。

 彼は、自分がなにものなのかをよく理解していた。

 完全無能者である。

 魔素を一切内包しないが故に、魔法を使うことも、魔法の恩恵を受けることもできない、唯一無二の存在。

 だからこそ、幸多は、とにかく自分の体を徹底的に鍛え上げるしかないのだ。それでも魔法士に追い着くのは難しいというのに、わずかでも気を抜けば、一瞬で追い抜かれ、突き放されてしまう。

「少し、待っていてくれるかな」

「え?」

「会いに来たんだろう? 幸多くんに。話を聞いてみるよ」

「いいんですか……ねえ?」

「いいも悪いも、聞いてみないことには始まらないんじゃないかな」

「それは……」

「そうですわね」

 真弥と紗江子は、再び顔を見合わせ、門衛の提案に胸を撫で下ろすような気分だった。

 そう言って貰えるだけで救われるような気がした。

 確かに、そうだ。

 都合が良いというのであれば会えばよくて、悪いというのであれば、帰ればいいだけのことなのだ。

「なんだか考え過ぎちゃったな」

「真弥ちゃんらしくありませんね?」

「うーん……そうかも」

 真弥は、紗江子の笑顔に笑い返しながら、法子の視線に気づいた。目を向けると、法子が口を開く。

「大親友とは大きく出たな」

「……ですよね。たった数ヶ月の付き合いなのに……」

「しかし、濃密な時間ではあったな」

 法子は、門衛が居なくなった門前に立ち、頭上を仰ぎ見た。

 夏の空は、相変わらず透き通るように青く、まばらな雲が風に流れていく。


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