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第六百六十一話 天使と悪魔(三)

 竜骨りゅうこつの玉座は、その名の通り、竜の頭蓋骨の加工品と思しき玉座である。玉座を飾る異形の骨の数々もすべて竜の骨であるといい、竜の鱗や眼球が宝石のようにちりばめられていた。そしてそれが輝いているのだ。

 禍々《まがまが》しく、邪悪に。

 そこに座しているのが黒衣の少年であり、その背後に浮かぶ黒い日輪のような光輪は、背もたれの少し後方で燃えている。

 黒い太陽のように。

 漆黒の翼は黒衣の中に収納されているようであり、だから、ただの少年が玉座に座っているような印象を受けるのだろう。

 しかも、バアル・ゼブルにとっても、マモンにとっても、よく知る少年の姿だ。

「サタン様……ですよね?」

「そうだよ。見ればわかるだろう?」

 マモンの疑問へのかいは、今までのサタンとは違う軽々しさで述べられた。どことなく軽妙で、重厚さがない。威厳いげんも、冷酷れいこくさも、凶悪さも、禍々しさも、以前のサタンとは大きく異なるような気がした。

 しかし、皆代幸多みなしろこうたと同じ姿をしたそれがサタンであることに疑いを持つ理由はなかった。

 サタンでなければ、竜骨の玉座に座れるわけもない。

 ましてや、この場にいないアーリマンが、サタンを偽称する理由がなかった。

「まあ、きみたちには因縁深い姿なのは、確かだね」

「因縁って……」

 マモンは少し考えて、サタンに告げた。

「バアルの場合は、浅い気がします」

「はあ?」

 バアル・ゼブルは、素っ頓狂とんきょうな声を上げて、隣の悪魔に食ってかかった。

「おれ様はだな!」

「久方ぶりに目覚めたとき、たまたまその場にいたのが幸多くんだっただけでしょ。ぼくは直接やり合ったんだよ?」

「おれ様だってやり合った!」

「きみをたおしたのは星将せいしょうたちだって聞いたけど?」

「それは……」

「ぼくは、幸多くんにしてやられたんだ」

「……なんで嬉しそうなんだよ」

 バアル・ゼブルは、マモンがにやりとする様を見て、なんともいえない顔になった。悪魔が人間にしてやられて、なにを喜ぶというのか。

 確かに、幸多は、ただの人間ではない。

 特異点とくいてんと呼ばれる、極めて特別な人間だ。

 バアル・ゼブルが幸多と交戦したのは、彼がまだ特異点だという事実を知らなかったころであり、人間が虚空事変と名付けた大規模幻魔災害の渦中のことだった。

 結局、マモンのいうとおり、星将たちの介入があり、バアル・ゼブルは瀕死の重傷を負った。

 それは忘れがたい記憶として、バアル・ゼブルの意識に刻みつけられている。

 だから、バアル・ゼブルが憎むべき敵となれば、皆代幸多よりも、他の星将たちなのだ。

 神木神流こうぎかみる麒麟寺蒼秀きりんじそうしゅう伊佐那美由理いざなみゆり

 戦団を代表する星将たち。

 その実力は、当然のことながら、幸多とは比べものにならないものだ。

 当時のバアル・ゼブルが大敗をきっするのも、むべなるかな、といったところだった。

「へえ。きみは幸多くんが気に入ったのかな?」

「気に入った……というより、気になる……?」

「気になる……ねえ。まあ、確かに、特異点だ。あらゆる物事に疑問を持ち、解を追求するきみが気にならない理由がないか」

 深々と納得したような素振りを見せたのは、アザゼルだ。言動の全てに軽薄けいはくさが付きまとう悪魔の発言には、マモンも思わず憮然ぶぜんとしたくなるような感覚がある。

 アザゼルとは、どうも、最初から馬が合わない気がしているのだが、いまもまさにそうだった。

 アザゼルがなにを考え、なにを想い、どのような思考をしているのか、まるでわからない。

 バアル・ゼブルのような単純明快さもなければ、アスモデウスのように深謀遠慮しんぼうえんりょを巡らせているようにも見えない。

 アザゼルには、なにもない。

 マモンは、アザゼルに虚無を感じるのだ。

 アザゼルの黒環こくかんの向こう側には、空洞が広がっているのではないか。

 そんなことを想像してしまう。

 実際には、赤黒く禍々しい双眸があるだけなのだろうが。

 マモンのそんな思索は、サタンが口を開いたことによって打ち切られた。

「気になるのは構わないけれど、特異点には手を出すな、と、命令したよね? それをきみは破ったわけだ」

「破ったのはこいつですし、おれ様はまったく関係ないとばっちりなんですけど」

そそのかしたのは、きみだろう」

「唆した……っていうほどかなあ!?」

「現にマモンは動いてしまった以上、その原因をきみに求めるのは、当然のことだよ」

「むう……」

 サタンに断言されてしまえば、バアル・ゼブルに異論を挟む余地はない。

 〈七悪〉の首魁たるサタンは、悪魔たちの王そのものだ。絶対者と言い換えてもいい。

 サタンが全ての決定権を持つ。

 サタンの決定に従えないのであれば、存在する理由がない。

 だから、マモンも滅ぼされたのだし、バアル・ゼブルも、巻き添えを食らう羽目になってしまったのだ。

 それがどれだけ理不尽でも、逆らうことはできない。

「だとしたら、どうしてぼくたちはここにいるんです?」

 マモンの中に生じた新たな疑問に対し、幸多の顔をした悪魔の王は、微笑を浮かべる。

「さっきもいったよね。勿体もったいないって。〈七悪〉に対応する悪魔を、鬼級幻魔を生み出すのは簡単なことじゃないんだ。バアル・ゼブルやきみを生み出すまでどれだけの試行錯誤が必要だったか」

「思い出すだけで頭が痛くなってまいりますわ」

 サタンの発言を受けて、アスモデウスが困ったような顔をした。そして、アザゼルが軽薄に笑って見せる。

「つまりだ。サタン様は幻魔ガチャを回していたというわけだ。しかも無料ガチャだからなのか、超希少ウルトラレアな悪魔を引き当てるのに、とんでもない試行回数が必要だったわけさ」

「ガチャ?」

「無料?」

 バアル・ゼブルとマモンは、アザゼルの説明の意味不明さに顔を見合わせた。アスモデウスが渋い顔をして、サタンに目配せをする。

 サタンは、玉座からアザゼルを一瞥いちべつし、アザゼルは苦笑とともに肩をすくめた。

「知っているだろう。ぼくは、人間を幻魔にする能力を持つ唯一無二の存在だ。マモン。きみが人間に施した改造手術は、ぼくの能力を技術的に再現しようとしたものだったね?」

「はい」

 マモンは、サタンの赤黒く輝く、そして全てを見透みすかすような眼差しから目を逸らすことができなかった。目を逸らせば、その瞬間、自分が自分でいることを許されなくなるのではないか、というような強迫観念きょうはくかんねんが渦を巻いている。

 気づけば、サタンの玉座の背後に浮かぶ黒い太陽が強く輝いていた。黒い光がその強さを増せば、サタンの影は深く、重くなる。逆光がサタンの姿を飲み込み、双眸の紅い輝きだけが闇の中でその存在感を発揮する。

 サタンの影が、玉座の先へ、マモンとバアル・ゼブルの手前へと至った。

「ぼくの影は、取り込んだ人間を殺し、強制的に魔力を吐き出させることができる。そしてその魔力を幻魔の苗床なえどことすることもまた、この影の大いなる力というわけだ」

「そこから誕生したのが、おれであり、アーリマンであり、アスモデウスなんだよ」

「でも、苗床から誕生する幻魔を指定することなんてできなくて、大半は、妖級以下の幻魔が誕生することになるのよねえ」

「だから、この十年余り、わざわざ人間を襲っては、ガチャを回し続けてきたのが、サタン様というわけさ」

「さて……きみたちはどうだった?」

 サタンの説明とアザゼル、アスモデウスの発言によって、マモンもバアル・ゼブルも、ようやく、自分たちがなぜ半端者はんぱものと呼ばれていたのかを理解した。

「そうか。だから、ぼくたちは半端者……だったんだね?」

「なるほどな。おれ様たちゃ、最初から幻魔だった。しかも鬼級幻魔だったものな」

「あまりにも悪魔が誕生しないことに業を煮やしたサタン様が目を付けたのが、きみだったというわけだよ、バアル・ゼブル」

「そして、サタン様の実験は上手くいったわ。なんたって、鬼級幻魔を悪魔化することに成功したんだもの」

「でも、完璧とはいえなかった。なにもかもが半端なバアル・ゼブルが誕生してしまった」

非道ひどいい言い様だな……」

 バアル・ゼブルは、がっくりと肩を落としたものの、サタンの意見であるが故に反論のしようがなかった。

「とはいっても、悪魔は悪魔だ。〈七悪〉の象徴たる黒環を持った、ぼくの大切な悪魔たち。きみたちを失うわけにはいかないんだよ」

 サタンは、バアル・ゼブルとマモンを見つめると、光輪を元の状態に戻し、影を潜ませた。

「だから、お仕置き程度で済ませたというわけさ」

 そして、サタンは、告げるのだ。

「全ては、大いなる計画のために」

 そして、悪魔たちは、サタンの言葉を復唱した。



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