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第六百六十話 天使と悪魔(二)

 マモンは、黒い太陽を見つめながら、なぜ、自分の意識が存在し、肉体が存在しているのかという疑問が沸き上がってくるのを抑えられなかった。

 疑問が好奇心を刺激し、好奇心が解を求める。

 疑問には解が必要だ。

 それでこそ、マモンという悪魔の存在意義なのだから、しょうがない。

 だが、しかし、黒い太陽に問いかけるというわけにはいかなかった。

 口をつぐみ、自分の手を見下ろす。確かにそれは、彼の視界に飛び込んできていた。小さな手だ。相変わらず、十代前半の人間の少年のような手。元々、機械と生体が融合したような肉体だったが、機械化がさらに進行しているように見える。

 少なくとも、マモンの目にはそう映った。体積の半分が機械化しているのではないか。

 普通の幻魔ならば発狂するのではないかというような肉体の有り様も、マモンにはむしろ喜ばしい限りだった。

 機械には、疑問を持つ必要がない。

 生体とは違い、機械には、最適なかいがある。

 生命の謎は未だ完全に解明されてはいないが、機械は、そうではない。機械とは、人工物だ。人間が作り出したものであり、故に、絶対の答えがある。

 何故動いているのか、という疑問に対する完璧な回答。

 ことわりがあるのだ。

 だから、彼は、全身が完璧に機械化することこそ望みだったし、半身が機械化した現状には、満足感すら覚えるのだ。特に指や腕の関節が機械的になっているのが、彼には嬉しかった。

 なぜ、そうなったのかについての疑問は沸き上がるのだが。

 その機械化が進行した体の上に白衣を纏っているのだが、白衣もまた、機械と融合しており、白衣そのものが彼の肉体であることを主張している。

 手首の黒環こくかんは、相変わらず歯車のような形状をしているが、以前よりも複雑化しているように見えた。

「ようやく目覚めたかよ」

 聞き覚えのある悪態あくたいは、しかし、以前聞いたときよりも随分と明瞭めいりょうかつ高音に響いた。

 右隣を見れば、灰色の少年が居心地悪そうに座り込んでいる。外見年齢は、人間に換算して十代半ばから後半くらいだろうか。少なくともマモンよりは年上に見える。

 ただし、それは外見だけの話であり、それも人間規準で考えた場合だ。

 人間でさえ外見から年齢を当てるのが困難になっている時代だが、幻魔ならばなおさら外見と実年齢の乖離かいりがあったとしてもおかしくなかった。

「えーと……だれ?」

「見りゃわかんだろ、おれ様だよ、おれ様」

 全身灰色の少年は、その小さくなった体に不満そうな表情を隠そうともせず、マモンを睨み付けてきた。

 その一人称を聞かずとも、マモンが彼が何者なのかわかっていた。

 バアル・ゼブルだ。

 以前のバアル・ゼブルは、灰色一色なのは変わらないにせよ、マモンよりもずっと高身長だったし、人間でいえば大人の男のような外見をしていた。

 しかし、いま、マモンの隣に胡座あぐらをかいて座っているのは、十代の少年の姿をしたバアル・ゼブルである。灰色の髪に灰色の肌、目は鋭く、虹彩こうさいは赤黒い。

 その点は、以前と同じだ。

 異なるのは、身長と体格であり、以前とは比較にならないほどに小さく細くなっている。その上で異形感が増しているように見えた。

 バアル・ゼブルは、元々四つの目を持っていた。つまり、顔にある二つの目と、頭上の空間に穿たれた赤黒い亀裂のことだ。

 いま見ているバアル・ゼブルの頭上の亀裂が、さらに二つ増えていのだ。当然、その亀裂も赤黒く、血走った目のように見えるし、目として機能するのは疑いようもない。

 彼の六つの目が、マモンを睨み付けている。

 頭上の黒環は、以前見たときよりもまともな形になっているが、それがなにを意味するのかは、マモンにはわからない。

 それもまた、答えの出ない疑問の一つだ。

 そして、背中から生えたはねには、人間の頭蓋骨のような禍々しい紋様がその存在を強く主張していた。

「なんか、小さくなった?」

「おうよ。おまえは変わんないのにな」

「変わってるけど……」

「どこがだよ」

「見てよ、この関節。かっこよくなってるでしょ?」

 マモンは、無神経としか言いようのないバアル・ゼブルの発言に対し、多少の憤りすら感じながら、白衣の袖から覗く右腕の関節を見せつけた。複雑な機構が織り成す関節部は、マモンからすれば目が眩むほどの輝きを放っている。

 が、バアル・ゼブルは、憮然ぶぜんとするだけだ。

「それが?」

「なにその反応……」

「んなもん、自慢げに見せられても困るんだよ。腹の足しにもなりゃしねえ」

「食べることしか考えてないからでしょ……」

 マモンは、バアル・ゼブルの反応にこそ、不服げな顔をした。

 だが、バアル・ゼブルには、マモンの美学が理解できないし、マモンには、バアル・ゼブルの価値観が理解できないのが常だった。以前からそこばかりは変わりようがなかったし、議論を交わせば平行線になることがわかりきっている。

 だから、マモンもバアル・ゼブルも、議論を戦わせるような愚かな真似はしないのだ。

「生まれ変わったばかりで腹が減るとは、相変わらずだねえ」

「機械仕掛けの体が好きなのも、なにも変わっていないようで安心したわ」

 聞き慣れた二大悪魔の声が聞こえてきて、マモンとバアル・ゼブルは顔を見合わせた。きょろきょろと周囲を見回すと、闇の中からにじみ出してくるようにして、二人がその姿を現す。

 アザゼルとアスモデウスである。

「もう一度死んだ気分は、どうだった? バアル・ゼブル」

 アザゼルは、相変わらずの軽薄けいはくさでもって、バアル・ゼブルに質問を投げかける。全身が暗紅色に塗り潰されたような悪魔の目は、その目元を覆い隠す黒環のせいでわからないが、きっと悪辣あくらつな眼差しをしているのだろう。

 故にバアル・ゼブルは、アザゼルを睨み付けるのだ。

「ひと様を殺そうとしておいて、なんて言い様だ」

「サタン様の御命令なんだから、仕方がないだろう? 本当はあんなことやりたくなかったんだ」

「本心は?」

「楽しかったよ」

「くそが」

 バアル・ゼブルは、吐き捨てるようにいって、同時にどうして自分が生きているのかとも考えなければならなかった。

 確かに、死んだはずだ。

 アザゼルに追い詰められた結果、サタンに殺された。抵抗することもできないまま、瞬殺されたのだ。

 なのに、生きている。

 理由がわからない。

 以前にも似たようなことがあった気がする。

 アザゼルが冗談めかしくいったことは、本当のことではないか。

(もう一度……)

 つまり、二度、自分は死んだのではないか。

 バアル・ゼブルは、そこまで考えて、かぶりを振った。なにかを考えるというのは、自分らしくなかったし、考えれば考えるだけ腹が減るだけのことだとも想ったのだ。

 ただでさえ腹が減っているというのに、これ以上空腹感が増すのは耐えられなかった。

 一方、マモンは、アスモデウスを見ていた。マモンにとって、アスモデウスは、母そのものといっても過言ではなかったし、だからこそ、その情け深い眼差しを見つめ返して、感じ入るのだ。

「アスモデウス……ぼくは死んだんだよね……?」

「そうよ……サタン様の御命令を無視したから、殺されてしまったわ」

「そうだよね……。でも、だったらどうして、ぼくもバアルも生きてるの……?」

 マモンは、アスモデウスに確認したことで納得したものの、同時に沸き上がってくる疑問を言葉にせずにはいられなかった。

 これは、マモンだけでなく、バアル・ゼブルの疑問でもあるだろう。

 なぜ、サタンの命令を無視した自分たちが生きていられるのか。

「せっかくの〈七悪〉を、たった一度の過ちで消し滅ぼすのはあまりにも勿体もったいないだろう。ただ、それだけのことだよ」

 サタンの声が響き渡ると、黒い太陽がその姿を変えた。

 暗黒空間の中心に竜骨りゅうこつの玉座が出現し、そこに紅い瞳の皆代幸多みなしろこうたが現れたのだ。


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