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第六百五十八話 あるいは全ての始まりの――(三)

 ノルン・システムを用いることで魔素質量を観測かんそくできるようになってからというもの、これほどまでの星神力せいしんりょくが観測されたことは、ほとんどなかった。

 ノルン・システムが戦団本部に警告を発するほどの魔素質量だった。

 それがなにを意味するのかといえば、鬼級幻魔を遥かに凌駕するということにほかならない。

 そして、その中心にこそ、虹色の光の根源があり、砂部愛理いさべあいりがいたのだ。

 彼女が力を制御しようとして藻掻もがき、苦しんでいることは、その表情からもはっきりと伝わってきたし、そのとき、彼女を見ている幸多こうたがなにを思ったのか、わかるような気がした。

 幸多と愛理の間にどれほどの繋がりがあるのかは、イリアは、詳しくは知らない。

 しかし、愛理が尊敬する導士に真っ先に上げるのが幸多だということは知っていたし、愛理を苦悩から救ったのが幸多だということも把握している。

 そんな幸多が、助けを求める愛理に対し、為す術もなく立ち尽くす様というのは、無常としか言い様がなかった。

 そして、イリアは、冷静に端末を操作するのだ。

「このとき、この一点にどこからともなく魔素質量が出現していることがわかります」

「どこからともなく……?」

「これらの魔素質量は、砂部愛理本人の固有波形と一致しています」

「つまり、砂部愛理自身の魔力、星神力ということだろう?」

 だったら、なんの不思議もないのではないか、と、考えるのが普通だ。

 実際、その現象だけに注目するのであれば、なんの疑問も持ちようがなかった。砂部愛理から放出された星神力の反射とでもいうような現象かもしれないのだ。

 時空に干渉する星神力である。

 なにが起きてもおかしくはない。

(そう、なにが起きても)

 イリアは、操作盤を操り、解析結果を調査班各員に送信すると、同時に幻板げんばんに複数の映像を表示した。

「これは……」

「これらは、これまで葦原市各地で観測された、ある魔素質量に関連する記録映像です」

 そういってイリアが提示した映像に映っているのは、法器ほうきに跨がる少女の姿であったり、魔法訓練中の少女の姿であったりした。

 いずれも、砂部愛理の姿が映り込んでいる。

「この際に観測された魔素質量は、極めて膨大ではあるものの、瞬時に消滅したため、特に問題にならなかったものばかりです。そしてこれらの固有波形は、砂部愛理のものです」

「つまり?」

「わたしはこう推測しました。過去、何度となく観測され消滅した魔素質量は、実際には消滅したわけではなかったのではないか、未来のある一点に向かって飛ばされていたのではないか、と」

「それが〈時の檻〉だと?」

「そう考えれば、辻褄つじつまが合うという話です」

 イリアは、淡々と告げながら、解析結果を見つめた。これまで何度となく観測され、記録されながらも重要視されなかった魔素質量たち。なぜ重要視されなかったかといえば、砂部愛理が万能症候群だという記録があったからだ。

 万能症候群を患い、魔法の制御に失敗することが多発するようになった少女が、それ故に膨大な魔素質量を発散したとしても、不思議でもなんでもない。

 故にノルン・システムも、情報局も、魔法局も、技術局すらも、問題にしなかった。

 よくあることだ。

 誰もが魔法士たるこの魔法社会ならば、その程度の出来事は、日常茶飯事なのだ。

 その程度のことを問題にしていれば、切りがない。

 誰もが完璧に魔法を制御できるわけではない。 

 導士ならざる一般市民ならば、尚更だ。

 そして、それ故に、砂部愛理が発散させた魔素質量が大気中に解けて消えるのではなく、跡形もなく消滅したという事実に着目してこなかったのだ。

「わたしが着目したのは、これらの魔素質量が周囲に一切の影響を与えず消滅したという点です。調べてみれば、空間歪曲波くうかんわいきょくはも観測されていました。それもあまりに微量であるが故に、ノルン・システムも問題にしませんでした」

「確かに……微量だな」

 測定された数値を見て、諱は、渋い表情になった。わずかばかりの変化だ。これを空間歪曲波と定義するのであれば、あらゆる戦場で観測されかねないし、検出されかねない。

 それほどに微妙で、微量な変化。

「ですが、空間歪曲波は空間歪曲波です」

 そして、空間歪曲波とは、空間転移魔法など、空間に多大な影響を及ぼす魔法を発動した際に観測されるものであり、それが砂部愛理の魔素質量の消滅に関連しているのもまた、確かなのだ。

「砂部愛理が発散させた魔素質量は、空間転移を行った。もしかすると、時間転移すら引き起こしたのではないか――きみは、そう考えるのだな?」

「そして、〈時の檻〉の終点に到達した、と」

「はい。〈時の檻〉の終点……マモンがそう呼称する時点に砂部愛理の膨大な魔素質量が収束し、事態はさらに進展した。わたしは、そのような結論に至りました」

 そして、砂部愛理は、暴走する星神力を抑えきれなくなり、時間転移を引き起こした。〈時の檻〉の始点への回帰を、何度となく繰り返したのだ。

 何度も、数え切れないくらい何度も。

 最終的には、〈時の檻〉の始点への回帰ではない、別の転移を起こしたようだが。

「つまり、砂部愛理が時間転移を引き起こすのは、決まっていた出来事だったということか?」

「それは……」

「おそらくは、そうでしょう」

 諱の疑問に対し、そう断言したのは、王塚おうつかカイリである。第一開発室長である彼は、幻板に注ぐ眼差しに力を込めていた。

 まるで今まで探し求めていたものにようやく出逢えたとでも言いたげな、歓喜に満ちた表情だった。

「彼女は、砂部愛理は、時間に干渉する魔法の使い手だった。伊佐那軍団長以上に強力かつ絶対的な、時間の支配者。それが彼女だった。彼女は、幾度となく時間転移を引き起こし、そのたびに時間転移の力を高めていったに違いありません」

「なぜ、そうと言いきれる?」

「見てください、この魔素質量の増大を……!」

 興奮気味に身を乗り出したカイリは、手前の幻板を指し示した。

 そして彼は、調査班の全員が彼が送信した情報を閲覧し始めるのを待ち、続ける。

「時間転移が繰り返されるたび、砂部愛理に収束する魔素質量が、星神力が膨大化しているのがわかるでしょう! つまり、彼女の〈時の檻〉は、無限に繰り返されるものではなかったということです!」

「ええと……まあ、そうですね」

 カイリの興奮ぶりによって、むしろ冷静にならざる得なくなりながら、イリアは、彼の意見を肯定した。

 確かに彼の言うとおりだろう。

 つまるところ、〈時の檻〉は、幸多がいなくとも解決した、ということになる。

 ただし、その場合、戦団は多大な犠牲を払うことになっただろうし、マモンがどうなったのかはわからない。

 ただ砂部愛理が時間転移とともに膨張し続ける星神力を暴走させただけであれば、サタンが介入してくる余地があったのか、どうか。

 砂部愛理の転移と〈時の檻〉の消失に伴い、その場に放り出されたマモンは、どうしたのか。

 さらなる被害がもたらされた可能性を考慮すれば、やはり、幸多の存在は大きかったことに疑いを持つことはあるまい。

 カイリは、ただ、幸多がいようがいまいが、〈時の檻〉が永久無限に存在し続けたわけではない、という事実を述べているに過ぎない。

 そして、その事実こそが、カイリを興奮させているのだ。

「そして、彼女は、転移現象を引き起こした。それは空間転移でも時間転移でもなく、時空転移というべきものではないでしょうか。空間歪曲波の大きさを考えるに、とてつもない範囲の転移だということは想像に難くありません」

「そうだな……」

 諱は、カイリが興奮の余りに目をギラギラと輝かせる様を見て、多少、気圧された。第一開発室長とは長い付き合いだが、彼がこれほどまでに昂揚している様を見たことがなかったのだ。

 それだけの情報が、皆代幸多の記憶に詰まっているということなのは、諱にもわかることではあるのだが。

 そして、カイリは、とんでもないことを言い始めた。

「――あるいは全ての始まりなのかもしれない……!」

 カイリの発言は、調査班を騒然とさせたのは、いうまでもない。

 全ての始まり。

 その言葉がなにを意味するのか、わからないはずがなかったからだ。


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