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第六百四十六話 彼について(二)

 幸多こうたが運び込まれたのは、復旧されたばかりの医療棟三階の個室である。

 深層区画でのノルン・システムを用いた超精密検査によって、幸多が全身にとんでもない深手ふかでを負っている状態だということが判明し、緊急手術を受けたという話を聞き、美由理みゆりは、気が気でなかった。

 星将せいしょうである。

 いつ何時なんどき、どんな状況であろうとも、常に冷静でいなければならないのだが、今回ばかりはそういうわけにはいかなかったのだ。

 幸多の命に関わることかもしれない。

 幸多は、直接マモンとやり合っただけでなく、サタンとも交戦している。その際に受けた傷の治りが遅いのだという。

 さらに彼の肉体の特性が砂部愛理いさべあいりの時間転移の影響を受けなかったことも、彼の心身に多大な負担をかけたことは疑うまでもない。

 肉体も、精神も、消耗しょうもうし尽くした。

 それ故に幸多は、全てが終わった直後、立ったまま意識を失っていたのだろう。

 そんな彼の容態ようだいが気になるのは、師として、直属の上司として当然のことだ。

 だから、美由理は、彼が個室に運び込まれると、会議を終え次第、すぐさま医療棟に駆け込んだのだ。

 そして、美由理が幸多の運び込まれた病室に辿り着くと、面会謝絶めんかいしゃぜつの立体映像が浮かび上がっていたが、彼女は当然のように無視した。

 医務局長から許可を取っているからだが。

 音を立てないように慎重に扉を開いた美由理の視界に飛び込んできたのは、風に揺れる真っ白なカーテンと、その向こう側を見遣みやる少年の横顔だった。

 幸多が、窓際に設置された寝台で上体じょうたいを起こしていて、窓の外の風景を眺めていたのだ。窓の外には、当然のように夜の闇が横たわっているのだが、戦団本部内の照明灯が常に敷地の内外を照らしているということもあり、闇はその勢力を弱めている。

 室内も、明るい。

 天井照明の光が、穏やかに降り注いでいるのは、彼が起きたからだが。

 美由理は、想わず、そんな彼の横顔に見取れてしまった。死線を潜り抜けた精悍せいかんな戦士の顔などではなく、あどけない少年の横顔に過ぎなかったというのもあるだろうが。

「気がついたのか?」

「……あ――」

 幸多は、美由理に顔を向けると、しばらく当惑とうわくしたような反応を見せた。美由理は、そんな彼の反応に違和感を覚えるのだが。

「師匠?」

「うん?」

 美由理は、幸多が確認するように問いかけてきたことに小首を傾げながら、後ろ手に扉を閉めた。彼の元へと歩み寄ると、夜風が心地よく感じられた。先程までの焦燥感しょうそうかんが、少しずつ薄れていくのがわかる。

 彼の無事を確認できたからにほかならない。

「あー……いえ、はい、いま、目が覚めました。どれくらい眠ってたんでしょう?」

「半日も眠っていないはずだ」

「半日も……?」

「きみのことだから、数日は眠り続けるものだと想っていた。それだけのことだ」

 美由理は、皮肉ではなく、本心からそう想っていた。

 幸多は、事あるごとに気を失って、周囲を騒がせるのだ。これまでそのような事が何度もあって、だから慣れたものだと想いつつも、心配してしまうのは致し方のないことだろう。

 幸多が無茶をするのは、そうしなければならないからだ。

「毎回それだと心配かけますから」

「それはそうだが……まるで意識不明の状態を制御しているようにいうな、きみは」

「もちろん、冗談ですよ」

「わかっている。だが、笑えない冗談だ」

「はい。すみません。今後は、気をつけます」

「そうしたまえ。わたしはともかく、冗談を受け付けない人間も少なくない。特にこのような状況ではな」

「はい……」

 幸多は、困ったような顔をしたまま、窓の外に視線を戻した。彼の言動の一つ一つが、普段とは違うように感じるのは、状況のせいなのかもしれない。

「戦団本部でも、なにかあったんですね」

禍御雷まがみかづちと名乗る改造人間と、大量の機械型が襲来した。そして、医療棟や技術局棟、本部棟が大打撃を受けたんだ。重軽傷者多数、死者も出ている」

「なるほど。それは……確かに」

 軽はずみなことを言ってしまった、と、彼は、い改めるような表情を見せた。

 窓の外の景色は、いつもの夜の戦団本部と大した違いはないように思える。だが、敷地内を出歩いている導士の数が普段よりも多いようにも見えた。

 医療棟が機能しているところを見れば、敷地内の復旧作業は終わっているようだが、なにかしら作業を行っているのだとしてもおかしくはない。

「きみは、本当に大丈夫なのか?」

「少なくとも、体は大丈夫だと思います」

めぐみ……医務局長からは、しばらくは安静あんせいにするようにという話だったが……」

『その点に関しては、大丈夫そうだね』

 不意に通信機越しに聞こえてきたのは、まさにいま話題に出したばかりの人物の声であり、美由理は、渋い顔になった。

「愛?」

『はあい、あなたのめがみちゃんだよ』

「……そのあだ名、嫌いじゃなかったのか」

『嫌いだけど?』

「……ふう」

 愛の乗りについていけず、美由理は、深く息を吐いた。

『なんだい、その乗りの悪さは。めがみちゃん、傷ついちゃうなあ』

「そういうキャラじゃないだろ」

『最近、イリアとばっかり話してるからそのせいかもね』

「とんだとばっちりだな、イリアも」

「あの……?」

 幸多が困り果てたような顔をしてきたものだから、美由理は、この場にいないはずの愛の姿を探したくなった。愛の変な乗りのせいで、自分まで幸多に変に見られるのではないかと思うと、腹立たしささえ覚える。

「あー……幸多が大丈夫というのは、どういうことだ?」

『幸多くんの体の状態に関しては、彼がその部屋に運び込まれてからずっと注視していたんだよ。そりゃそうさね。彼の全身の細胞という細胞が重傷を負ってたんだ。経過観察けいかかんさつは必要不可欠だろ? 手術もしたしね』

 愛の言い分は、もっともだ。

 幸多の体の状態に関して、現在、もっとも詳しいのが愛だ。

 愛がノルン・システムを利用して精密検査を行い、必要な処置を行ったのだ。その際には、技術局の最新技術が用いられたということだが、それがどういうものなのか、美由理には知らされていない。

『幸多くんは、完全無能者。魔素まそを一切内包していない肉体の持ち主だからね。魔法で治すなんてことはできないから、彼自身のとてつもない回復力に頼るしかない――なんてことはなくてね』

「うん?」

『今回、第四開発局が幸多くんのために開発した最新医療技術を用いることにしたんだよ』

「幸多のため?」

「ぼくのための医療技術?」

『まあ、厳密にいうと、完全無能者用の医療技術さね。とはいっても、昔から存在する技術だったんだけどさ。魔法医療の発展に伴って過去の遺物いぶつと成り果て、もはや使われなくなっていた技術を掘り起こし、最先端の技術でもって洗練したということのようだよ』

「そんな技術があったのか」

『魔法の発明は、あらゆる技術を過去のものにしてしまったからね。魔法技術の発展にともなって、様々な分野の技術も大幅に進化したけれど、結局、魔法で十分ということになってしまえば、そうもなるさ』

「ふむ……」

「それで、その新技術ってなんなんです?」

 幸多が、美由理に向かって身を乗り出しているのは、愛の声を少しでも正確に聞き取るつもりだからだ。幸多が身につけている病衣びょういには、通信機が装着されていない。

分子機械ぶんしきかいというものだよ、幸多くん』

「分子機械……」

「ナノマシンというやつか」

『しかも医療用の分子機械でね。きみの体内に大量に投入されたそれは、傷ついた細胞の修復を自動的に行うのさ。きみ自身の回復力自体とんでもないものなんだけど、それだけじゃあ不安が残るから、イリアたち第四開発室が総力を結集して研究、開発していたそうだよ』

「イリアさんが……」

「イリアのやつ、なにも教えてくれなかったな」

『そりゃあ、イリアは完璧主義者だからね。不完全で不安定な代物でもって完成品だなんていいっこないし、期待を煽るだけ煽ってできませんでした、なんていいたくないだろうからね』

「完成するまでは黙っておいた、と」

『そゆこと』

「じゃ、じゃあ、いま、ぼくの体には大量の分子機械が入り込んでるってことですか?」

『そうだよ。でも、本当にとんでもなく小さな機械だから、きみがなにかを感じるなんてことはないはずだよ。そして、役目を終えた分子機械は、老廃物ろうはいぶつなんかと一緒に体外に排出されるから、なんの心配も要らないってわけさ』

「はあ……」

 幸多は、自分の両手を見つめながら、愛の説明に生返事なまへんじを浮かべた。

 そんな彼の反応が、美由理には、不思議に思えてならなかった。

 分子機械の投入そのものに困っているとでもいうような、そんな反応。

 少なくとも、幸多らしくはない。


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