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第六百三十九話 特異点(四十三)

「来たか」

 美由理みゆりは、戦団本部にって、北方を見遣みやっていた。

 出雲市が戦団本部がある葦原あしはら市の北方に位置しているからである。

 出雲市には、つい先程まで雷光の柱が二本、そびえ立っていた。

 本来ならば、央都四市には全部で八本の雷光の柱が聳え立っていなければならなかったのだが、つい先程まで七本しか存在しなかった。

 葦原市に三本、大和やまと市に一本、水穂みずほ市に一本、出雲市に二本の七本である。

 出雲市に本来在るべきはずの三本目がなかったのだ。

 なにかがおかしい――そう考えている間に、違和感を覚えた。

 何度となく生じた違和感は、なにものかによる時間への干渉が行われた結果だろうと推測されたが、本当のところはわからない。

 美由理以外の誰一人として、彼女と同様の違和感を覚えていないのだ。

 美由理だけが、違和感を抱いた。

 それがつまり、時間への干渉の証左しょうさではないか。

 美由理の星象現界せいしょうげんかいは、時間を静止する能力を持つ。

 だから、だろう。

 時間に干渉する魔法の発動を感知することができたのだ。

 そして、それによってなにかしら状況が大きく動いたのだということも、察知する。

『あなたの言うとおりにね。八本目の雷の柱よ』

南雲なぐも矢井田やいだ両杖長りょうじょうちょうが撃破した天燎鏡磨てんりょうきょうまから立ち上ったものだろうな』

「間違いなく」

 美由理は、麒麟きりん神威かむいからの通信に小さく頷くと、雷光の柱が極大の光芒こうぼうとなって青空を駆け抜けてくる様を見ていた。

 大和市からは一本、水穂市からも一本、そして出雲市からは三本の雷光の帯が、この戦団本部上空へと向かってきており、通信機越しに情報官や導士の声が錯綜さくそうしていた。

 戦団本部内でも、大きなどよめきが生じている。

 本部内で立ち上っていた三本の雷の柱が、本部上空で一本化し、巨大な雷球を生み出したのだ。戦団本部上空を埋め尽くすほどに巨大であり、強大極まりない力の結晶であることは疑うまでもない。

 そこへ、各地から飛来した雷光が合流すると、さらに大きく膨張していった。

 超特大魔素質量の出現である。

 美由理の全身が総毛立つほどのものではあったが、鬼級幻魔おにきゅうげんまほどのものではなかった。

『上位妖級幻魔以上、鬼級幻魔未満というところね』

 冷静極まりないイリアの声が、美由理のたかぶりつつあった精神状態を急激に冷ましていく。

 落ち着いて、冷静に。

 そう言われているような気がしたが、気のせいだろう。

 通信機越しのイリアが美由理の精神状態を見抜けるわけもない。なにより、この状況に興奮するなど、想像もつくまい。

『あなたなら、どうとでもなるわよね? 伊佐那いざな美由理軍団長』

「いわれるまでもない」

 美由理は、イリアに言い返しながら、雷球に起きる異変を見ていた。

 まるで卵の内側から割られるようにして雷球に亀裂が走り、砕け散ったかと思えば、鋭利な五本の指が亀裂の縁にかかったのだ。そして、亀裂を大きく広げると、腕が伸びてきた。異形の腕は、常に雷光を帯びている。いや、雷光そのものが腕の形を取っているというべきか。

 雷球から伸びてくるのは、腕だけではない。両腕が雷球を押し広げるようにすると、悪鬼のような形相の頭が出現し、首が天を衝くかのように伸びた。胴体が現れ、腰や足が構築されていく。

 そして、ついには二本の足が地面を踏みしだいた。

 異形の巨人。

 それも、全身から凄まじい雷光を発する巨人が誕生し、産声を上げた。

 それはさながら雷鳴そのものであり、頭上に暗雲が立ち込め、稲光がその巨躯の周囲を彩った。

 地上数百メートルはあろうかという巨躯は、その足だけで戦団本部に致命的な一撃を叩き込みかねないほどのものだった。実際、わずかでも暴れ回るようなことがあれば、それだけで戦団本部のみならず、周囲一体に壊滅的な被害が撒き散らされるに違いない。

「あれが……あれこそが、禍御雷まがみかづちの真意なのでしょうか?」

「かもね」

 万里彩まりあ九乃一くのいちが本部防衛のため、部下たちに指示を飛ばしつつ、自分たちも動こうとしていたが、そのときには、既に美由理が準備を終えていることに気づいた。

「はやっ」

「さすがは美由理軍団長ですわ」

 九乃一と万里彩が感嘆かんたんの声を上げたのは、雷光の巨人が戦団本部に覆い被さるようにしたとき、その前方に超高密度の律像りつぞうが浮かんでいたからだ。

 律像の中心には、美由理がいた。長い黒髪と導衣のマントを風圧に揺らめかせながらも平然と空中に浮かんでいる様は、魔女そのものだ。

千陸百壱式せんろっぴゃくいちしき月黄泉つくよみ

 美由理が真言しんごんを発し、星象現界を発動した瞬間だった。

 星神力を帯びた律像が全周囲に拡散し、美由理の背後に白銀の満月が出現した。

 そして、全ての存在の時間が静止する。

 本部を攻撃しようとする雷光の巨人も、迎撃に動いていた戦団の導士たちも、避難を急ぐ葦原市の市民たちも、誰も彼も、一人残らず、その時を凍らされてしまったのだ。

 美由理を除く、誰一人として、この時間静止を拒むことはできない。

 いや。

 美由理以外にも、たった一人だけ、この静止した時間の中で動けるものがいる。

 美由理のただ一人の弟子、皆代幸多みなしろこうただ。

 幸多だけは、いま、この瞬間、世界中の、宇宙中の時間が止まっていることを肌で感じているだろう。

 だから、というわけではないが、美由理は、強い覚悟をもって、異形の巨人と対峙するのだ。

 巨人は、全長数百メートルはあるだろう巨躯を誇っている。その巨体に詰め込まれた圧倒的魔素質量が雷光となって周囲四方に飛び散っており、遥か遠方からでもその威容を見ることができるに違いない。

 出雲遊園地の園内からでも、だ。

 きっと、幸多は、感じたはずだ。時間の静止を。美由理が月黄泉を発動したのだと、理解したはずなのだ。

 そして、注目するに違いない。

 美由理がなぜ時間を止めたのか。時を止めてまで、なにを為そうというのか。

 であらば、美由理ができることは一つだけだ。

 師として、弟子にしてあげられるただ一つのこと。

「見ていたまえ、幸多。我が弟子よ。これが星将せいしょうの、わたしのやり方だ」

 時が凍った世界で、美由理は、全身全霊の力を発揮した。想像を巡らせ、律像を形成する。無数にして膨大極まりない魔法の設計図が、雷光の巨人を瞬く間に覆い尽くしていくのだ。

 禍御雷八体分以上の魔素質量が、雷の巨人にはあった。

 それは上位妖級幻魔を遥かに凌駕する力といっていい。

 だが、鬼級幻魔とは比べるべくもない。

 八人の改造人間を生けにえに捧げただけで鬼級幻魔相当の力が得られるのであれば、どれほど簡単なことか。

 実際には、そんなことはありえない。

 魔法時代の始まりから現代に至るまで、生命倫理を蹂躙じゅうりんするような様々な研究が行われてきたはずだが、人類の手によって、鬼級幻魔に匹敵する存在が生み出されたという記録はなかった。

 だからこそ、サタン率いる〈七悪しちあく〉は、鬼級幻魔を生み出すために様々な方法を模索し、この央都を、人類生存圏を実験場として利用しているのではないか。

 イリアの仮説は、あながち間違いではないのかもしれない。

 上位妖級幻魔を陵駕する力を持つ巨人を見据えながら、美由理は、考える。

 この巨人は、戦団本部に致命的な一撃を叩き込み、多数の導士を死に至らしめることを目的にしたものに違いない。

 魔法士の死は、幻魔の苗床となる可能性がある。優秀な魔法士である導士ならば、妖級以上の幻魔が発生する可能性も高くなるはずだ。

 星将ならば尚更だ。

 無論、可能性だけの話であり、星将の死が即ち鬼級幻魔の誕生に繋がるわけでもなければ、優れた魔法士の死によって誕生したのが霊級幻魔の大群だったという記録も多数、残されている。

 それでも、なにもしないよりはいい、という判断がマモンにあったのか、どうか。

(どうでもいいことだな)

 美由理は、雷光の巨人の髑髏どくろそのもののような顔面を見据えながら、時間静止を解除した。瞬間凄まじいうなり声が響き渡り、耳朶じだを貫くかのようだったが、そのときには、美由理の攻撃も完了している。

陸百捌式改ろっぴゃくはちしきかい真絶零しんぜつれい

 雷光の巨人の数百メートルを超える巨躯が、一瞬にして氷の檻に閉じ込められたかと思うと、全周囲から無数の氷柱が叩きつけられ、爆砕に次ぐ爆砕が連鎖的に巻き起こった。氷柱による爆撃の連打である。それは、魔法発動までの予備動作すらなければ、瞬時に無数に叩き込まれたこともあり、巨人には防ぎようがなかったはずだ。

 氷塊と化した雷の巨人は、その巨躯をあっという間に粉微塵に打ち砕かれ、跡形もなく消し飛んでしまった。

 天地を震撼しんかんさせた咆哮も、葦原市上空を覆った稲光も、そのことごとくが、一瞬にして、何事もなかったかのように消えて失せる。

 そして、膨大な冷気が、夏の暑さを忘れさせるように降り注ぐ。

 美由理は、巨人が確かに存在した痕跡を本部敷地内に残った巨大な足跡に見出すと、速やかに遥か北を見遣った。

 幸多に、届いただろうか。



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