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第六百三十一話 特異点(三十五)

 遊園地は、異形いぎょうの塔が立ち並ぶ空間へと変わり果てたかと思えば、虹色の光が乱舞する度にその形を変えていく。

 過去と現在、そして未来が交錯こうさくし、一定の形を保っていられないのだろう。

 だから、光に触れてはならなかった。

 虹色の光に触れた瞬間、魔素を内包する存在は、この〈時の檻〉から消滅してしまいかねない。

 中でも特に注意しなければならないのが、火水ひすいだった。光に触れた瞬間、星象現界せいしょうげんかいが解除されてしまうからだ。

 いや、人体そのものが形を保っていられなくなる可能性も高い。

 光の直撃を受けた幸多こうたの場合、左前腕と右目の生体義肢せいたいぎしが原子レベルにまで分解されてしまったのだ。

 一方、幸多自身が無事だったのは、彼が完全無能者だからだ。

 つまり、あの虹色の光に耐性を持っているのは、幸多だけなのだ。

 鬼級幻魔マモンですら、虹色の光には抗えない。

 火水は、禍津軍まがついくさの排除とマモンへの攻撃を行いつつも、愛理あいりへの注意を怠らなかった。だからこそマモンに集中できないという事情もあるのだが。

「ってことは、わたしの攻撃は通じない……か」

「そういうことになる」

「じゃあ、あなたに頼るしかないのかしら、幻魔の天使さん」

「いや……どうだろうな」

「はあ?」

 火水が頓狂とんきょうな声を上げたくなるのもわからなくはなかったし、幸多も同じような心持ちだった。

 悪魔を名乗る幻魔が天使の攻撃でしかたおせないというのであれば、現状、ドミニオンを頼るしかない。

 しかし、ドミニオンは、どうにも頼りなさげだ。

「わたしはドミニオンだ。数多いるドミニオンの一体に過ぎない。個体名を持たない妖級幻魔と同じなのだ。そしてこの世に神は居らず、我らが主も神ではない。奇跡は起きない」

「なんだか絶望的なことばかりいわれているような気がするんだけど」

「天使の姿をしただけの幻魔だ。共闘しているこの状況そのものが異常だということに気づけ」

 と、吐き捨てるようにいってきたのは、風土かざとである。彼の苛立たしげな反応は、火水にも実感として理解できるものだった。

 幻魔と共闘など、考えたこともなければ、いまでも受け入れがたいものがある。

 だが、現状を打開するには、ドミニオンと協力するしかなさそうなのだ。

 それこそ、絶望的だった。

「わかってるわよ。でも、仕方ないでしょ。マモンをどうにかしないと、愛理ちゃんの暴走を止めることだって出来そうにないもの」

「そのためならば、幻魔をも利用するか」

「利用できるものはなんだって利用する。それが人類復興のためなら、なおさらでしょ」

「確かにな」

 風土は、火水の言い分に同意しつつも、ドミニオンへの警戒を隠さなかったし、ドミニオンも、そうした反応を受け入れた上で、口を開いた。

「奇跡は起きないが、この状況を打開する方法はある。そのためにわたしはここにつかわされた。わたしは天使。天の遣いであり、人類の守護者だ」

 ドミニオンは、そのように告げ、左腕を掲げた。白銀の装甲に覆われたそれは、膨大な魔素質量の塊そのものであり、そこには彼の全身から感じられる魔素質量とも比較にならないほどの密度があった。周囲を圧倒するほどの、莫大極まりない魔力。

 彼の左前腕だけが、鬼級幻魔に等しい力を秘めている。

 そのようなことがありえるのかという疑問は、現実に目の前で起きている以上、成立しない。

 ドミニオンは、確かに鬼級幻魔に匹敵する力を持っている。

 ただし、左前腕だけだが。

「その左腕が、マモンを打ち倒す?」

「そうではないが……まあ、似たようなものだろう」

「はあ?」

 火水は、なんだか回答をはぐらかされたような気がして、苦い顔で天使を見た。元より、幻魔と共闘しているこの状況そのものが苦々しくて堪らなかったし、神経を逆撫さかなでにされ続けているような感覚があるのだが、しかし、飲み下さなければならないことでもあった。

 火水と風土、そして導士たちの力だけでマモンを打破できるのであれば、ドミニオンなど黙殺すればいいのだが、そういうわけにはいかないことは火を見るより明らかだ。

 マモンの力は、強大無比だった。

 並大抵の鬼級幻魔をも陵駕りょうがする力を持っているのは疑いようがなく、無数の触手を自在に操り、それらを武器にするだけでなく、擬態ぎたいを生み出したり、禍津軍を創り出したりとやりたい放題だ。

 その結果、火水も風土も消耗している。

 長時間に渡る星象現界の運用によって、もはや精も根も尽き果てようとしていた。

 このわずかに残された力でできることなど、たかが知れている。

 マモンを打破するには、あまりにも物足りない。

 だから、情けないことに、ドミニオンを頼らざるを得ない。

 信用できなくとも、その左前腕の力にけるしかない。

 馬鹿げた話だったし、普通ならば乗らない賭けだ。だが、いまこの状況は、普通ではない。

 異常だ。

 なにもかもが狂っている。

 散乱する虹色の光が、過去と現在、未来をでたらめに掻き混ぜ、見たこともないいような光景を作り出している。

 部下たちの狼狽ろうばいぶり、混乱ぶりが通信機から伝わってくる。悲鳴や怒号が飛び交っているのだ。

 虹色の光に飲まれかけたものもいるようだったし、法機ほうき導衣どういが光の中に溶けて消えてしまったという報告もあった。通信機から見知らぬ人物の声が聞こえてきたという話もある。時空が入り乱れている。

 一刻も早く愛理の暴走を食い止めなければならない。

 そのためにこそ、マモンを打倒するのだ。

 それには、やはり、ドミニオンの協力が必要なのだ。

血路けつろを開く」

「血路?」

「後は、きみが頼りだ。皆代みなしろ幸多」

「ぼくが?」

「きみは、特異点だ――」

 ドミニオンは、それだけを言って、地を蹴るようにして飛び出した。光の翼が羽撃はばき、まばゆいばかりの羽根を舞い散らせる。一瞬にして上空へと至った天使が、左手を振り下ろせば、手の先に収束した魔力が白銀の光となった。

 極大きょくだいなる白銀の光芒こうぼうが天から降り注ぎ、地上を掃射そうしゃしていく。

 マモンが生み出した禍津軍の大群が、無数の触手もろともに光に飲まれ、破壊され尽くしていく。

 圧倒的としか言いようのない光景だった。

 だが、マモンは、意に介していないといわんばかりの余裕に満ちた表情で、天を仰ぎ、つぎに幸多たちを見た。

 幸多たちも、動いている。

 ドミニオンの攻撃によって、地上の敵はマモン一体だけになったのだ。

 まさに血路だ。

 吹き荒ぶ白銀の光は、マモンが次々と生み出す触手を尽く粉砕しており、幸多たちがマモンへと至るための道筋を作っていた。

 幸多たちがマモンに到達したとして、一体なにができるというのか。

 幸多にはわからないが、それがドミニオンの作戦ならば、乗るしかない。

 幸多が吹き荒れる光の中へと飛び込むと、眼前に禍津軍の巨躯きょくが出現した。機械的な咆哮が響き渡る。紅蓮一閃、炎の槍が鉄巨人を両断する。残骸を吹き飛ばす暴風が、幸多の背を押した。

「行って、幸多くん!」

「行け! 皆代幸多!」

 火水にも風土にも、なぜ、ここで幸多なのかはわからなかった。だが、ドミニオンが名指しした以上、彼に任せるしかないのだろうと結論づけるしかなかった。

 何度となく繰り返されてきたという〈時の檻〉、運命の輪の中でたった一人戦い抜いてきた幸多ならば、事態を終息に導くことができるとでもいうのだろうか。

 特異点。

 火水と風土の脳裏のうりに同時に過った言葉は、ドミニオンが発したものであり、かつて悪魔が発したものでもあった。

 その言葉の意味するところは、正直、わかっていない。

 だが、幸多がその体の特性故に時間転移の影響を受けなかったからこそ、自分たちがいままさに生きているのだということは理解している。

 幸多が、火水たちを、導士たちを生き残らせた。

 ならば、全ての運命を彼に託すのも一興かもしれない。

 賭けだ。

 だが、そのために賭けるのは、自分たちの命であって、幸多の命ではない。二人の杖長は、幸多の壁となって禍津軍の前に立ちはだかった。

 そして、幸多は、マモンを目の前に捉えることができたのだ。

「いったい、きみになにができるのかな?」

 マモンは、冷ややかに笑った。右手に束ねた触手を金属製の剣に作り替え、幸多に向かって振り下ろせば、幸多が斬魔ざんまで対抗する。

 剣と剣がぶつかり合い、火花が散った。

「幸多くん」

「マモン!」

 幸多は叫び、剣をひるがえしてマモンの斬撃をさばく。まともに武器を使ったこともない相手に接近戦で負けるとは思わなかったし、実際、剣の扱いでは、幸多が圧倒した。

 ただし、それは剣の扱いに関してのみだ。

 身体能力においては、マモンのほうが圧倒的に上だった。凄まじい膂力りょりょくが触手の剣を支えており、幸多の巧みな剣術も容易く弾かれてしまう。さらに、マモンの背後から伸びてきた触手が、幸多を死角から襲いかかり、全身を貫いた。

「ほらね、なんの意味もない」

「いや、それでいい」

 ドミニオンの声が、頭上から降ってきた。


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