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第六百三十話 特異点(三十四)

「ぼくは、大丈夫。大丈夫だから、愛理ちゃん。安心して見ていてよ」

「お兄ちゃん……でもっ!」

 愛理あいりには、幸多こうたの言葉が強がりに聞こえてならなかった。どう考えても無事には見えなかったし、安心などできるはずもない。満身創痍の上、血反吐ちへどを吐いているのだ。大丈夫などというのは言葉ばかりで、本当は無理をしているのではないか。

 幸多には、そういうところがあるということを愛理は知っている。

 だから、幸多のことがいつだって心配で心配で仕方がなかったし、幸多のことを考えると、自分のことなどどうでも良くなっていた。

 体中が燃えるように熱い。

 全身に満ちた魔力が制御できず、暴発を続けている。どれだけ意識を集中しようとしても、精神を研ぎ澄まそうとしても、掌握できない。

 自分の身になにかが起きているということはわかるのだが、それを解決する方法がわからない。

 なにもできない。

 幸多のことを考えることしかできないし、そうすると、心配ばかりしてしまう。

 幸多を信用していないわけではない。

 幸多ほど信じられる相手など、そういるものではないのだ。

 だが、だからといって、傷だらけの幸多を心配せずにいられるわけもない。

 悪循環。

 手を伸ばしても、届かない。

 地上に降りることもできない。

 そんな愛理を見つめる幸多の目は、いつになく優しく、柔らかい。

「大丈夫。ぼくは、皆代みなしろ幸多だ。こんなことでへこたれるような人間じゃないよ」

「じゃあ、どうすればへこたれてくれるのかな?」

 会話に割り込んできたマモンに対し、幸多は、睨みつけることで最初の返事とした。

「おまえをたおして、それから考えるよ」

「ぼくを斃す? 冗談にしては笑えないな」

「冗談じゃないからな」

 幸多は、マモンの目を真っ直ぐに見つめたまま、地を蹴った。虹色の光が乱舞する戦場にあって、視ているものは当てにならない。地形が変化し、突如として建物が出現することもあれば、その建物が山林に変貌することすらあるからだ。

 この〈時の檻〉の中の時空が歪み、過去から現在、あるいは未来に至るまでの景色が呼び出されているのではないか。

「きみはまず、自分の身を弁えることを覚えるべきだね」

 マモンが突如として出現した巨大な鉄塔の上からいってきたが、幸多は、黙殺した。頭上から降り注ぐのは、無数の触手だ。

 しかし、それらの触手は、幸多に到達することはできなかった。白銀の光が射貫いぬいたのだ。

 ドミニオンだ。

「マモンを斃すのは、簡単なことではないぞ」

「わかってるよ、そんなこと」

 併走してきたドミニオンの警告に反応しながら、幸多は、鉄塔が崩壊する様を見た。地上に降ってきたマモンが、周囲の触手を集め、鋼鉄の巨人を作り出す。その威容には、見覚えがあった。

「イクサか」

禍津軍まがついくさと呼んでくれるかな」

「どうでもいいさ。転身てんしん武神ぶしん

 幸多は、即座に召喚言語を唱えると、転身機てんしんきの光に包まれた。愛理の光を浴びてぼろぼろになっていた闘衣を着替えると同時に鎧套がいとう・武神を纏い、さらに武器を召喚する。

断魔だんま

 二十二式大斧にじゅうにしきだいふ・断魔の柄を右手に握り締めたときには、禍津軍がその両腕そのものたる機銃を乱射してきたのだが、幸多の前方には魔法壁が張り巡らされていた。ドミニオンではない。導士の誰かだろう。

 幸多は、導士の援護に感謝しながら、銃弾が乱れ飛ぶ真っ只中へと突入し、眼前に飛び込んできた禍津軍に断魔を叩きつけた。凄まじい金属音が鳴り響き、火花が散った。超周波振動が、禍津軍の装甲を溶断するように切り裂き、胴体を真っ二つに断ち切る。

 そのときには、もう一体の禍津軍の巨躯も崩壊している。

 炎の槍が貫いていた。

 火水ひすいだ。

「再び参上、四天火水風土してんひすいかざと!」

 炎の槍と水の羽衣はごろ、金剛石の盾と烈風の輪を纏う火水は、それだけで心強かった。が、火水は、幸多に不満げな顔を見せる。

杖長じょうちょうを無視して飛び出さない!」

「すみません! それどころじゃなくて!」

「わかってるけど!」

 火水は、炎の槍を閃かせ、次々と出現する禍津軍を蹴散らしながら、進路を切り開いていく。

 マモンは、直接手を出してこようとはせず、禍津軍の手配に力を注いでいるようだった。

 理由は、幸多には即座に理解できた。

 時間を稼いでいるのだ。

 愛理の力が暴走しているということはつまり、〈時の檻〉の終点が間近まで迫っているということにほかならない。

 であれば、愛理に手を出す必要も、幸多たちと正面から戦う必要もないのだ。

 なぶり、いたぶり、時間を稼ぐだけで、彼の目的は達成できる――そう考えていたとしても、なんら不思議ではなかった。

 だが、そんなマモンの目論見もくろみを粉砕するかのようにして、火水が猛進もうしんする。爆炎をき出す槍が、多数の禍津軍を吹き飛ばし、双頭の大蛇だいじゃと化した水の羽衣が触手の群れを飲み込んでいく。

 血路が開けば、そこを白銀の光芒こうぼうが貫いていく。

 マモンが金属製の盾を展開しながら飛び退いた先へと、幸多が至る。

「無駄だよ」

 マモンは嘲笑あざわらい、幸多が叩きつけようとした大斧を右手人差し指で受け止め、消し飛ばして見せた。幸多を蹴りつけ、吹き飛ばす。

 その直後、武神の装甲が消し飛んだのは、愛理の光の直撃を受けたからだが。

 地に落ちた幸多に寄り添うようにして、ドミニオンが降り立ち、触手の群れを白銀の光で薙ぎ払った。

「やはり、無茶だな」

「わかってる。でも……!」

「どう足掻あがいても、いまのきみでは無理だ。マモンは、〈七悪〉。悪魔だ。悪魔は、通常の手段ではたおすことができない。たとえきみが鬼級幻魔を斃すだけの力を持っていたとしても、だ」

「それは……どういう?」

「はあ!? どゆこと!?」

 幸多の疑問も、火水の反応も、当然のものだった。

 マモンが触手を展開し、次々と禍津軍を生み出していくのを見て、火水がそれらを圧倒する様をドミニオンは見ていた。

 禍津軍は、所詮、触手の集合体に過ぎないのだが、しかし、数だけは多い。マモンが時間稼ぎに利用するだけの代物なのだ。

 それらを一蹴する火水の攻撃力たるや、物凄まじいとしか言い様がなかったし、そのままマモンに肉迫し、暴風の渦でもって攻撃した際には、思わず息を呑んだ。

 生憎、マモンは、軽々と回避してしまったが、火水の戦闘速度たるや星将せいしょうに匹敵するのは間違いなかった。

「悪魔を殺せるのは、同じ性質を持った悪魔か、天使だけだ。それ以外の何者にも、悪魔も天使も殺せない。そういう約束なのだ」

「約束……」

「誰との!」

 火水が怒りを込めて炎の槍を振るえば、穂部ほぶから噴き出した猛火が禍津軍の群れを飲み込み、き尽くしていく。

 直後、地形が激変し、見たこともないアトラクションが出現すれば、異様な音色が響き渡った。

 時空が歪み続けている。

 それも、加速度的に、だ。

 この戦いを終わらせない限り、愛理を安心させない限り、〈時の檻〉は終点へと至り、再び始点へと戻ってしまう。

 それだけは、阻止しなければならない。

 ここまで全て順調に来たのだ。

 またやり直すことになれば、今度は、こちらが裏を掻かれることになりかねない。

 マモンには、もう同じ手は通用しないだろう。

 幸多は、愛理を一瞥いちべつし、その全身から放たれる虹色の光がより強大なものになっていることを確認した。

 そして、風景が激変していることも。

 出雲遊園地全体が、異様な形に変わっていた。

 異形の塔が乱立する領域。

 それは、鬼級幻魔の主宰する〈クリファ〉のようだった。

 出雲市がその土台とした〈殻〉。

 かつて鬼級幻魔タロスが君臨していた〈殻〉であり、その人間にとって吐き気を催すような異物感に満ちた異様な光景は、誰もが学び、知っている景色でもあった。

 しかし、数十年前の景色である。

 時間が回帰するにしても、戻りすぎではないか。

 もはや始点も終点も関係なくなりつつあるのではないか。

 幸多は、愛理の力の暴走が、マモンすら想像だにしない状況を生み出している可能性に思い至ったものの、だからといって、どうすることもできない事実に歯痒はがゆさを覚えた。

 マモンを斃せなければ、状況は好転しようがない。

 そして、マモンを斃すことができるのは、天使か悪魔だけだという。

 幸多は、ドミニオンを見た。

 ドミニオンの青白く輝く目は、天使型幻魔特有の目だった。幻魔は、赤黒い目を持つ。しかし、天使型幻魔の目は、どういうわけか、青く白い。

 従来型の幻魔や悪魔型の幻魔と相反するかのように。

 そして、事実、そうであることをドミニオンは、その存在そのもので証明しようとしていた。


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