第六十二話 ケイオスヘイヴン
『ついに始まった最終種目、幻闘ですが、今大会の決戦場は、かのケイオスヘイヴンを元にしているようですよ!』
『中心に聳える魔人城、そして周囲を取り囲む死徒十二星宮に、この複雑に入り組んだ地形は、各校の戦術に多大な影響を与えること間違いないでしょうね』
『確かに! これでは戦術の立て直しが必要かも知れませんね!』
『しかし、立て直している暇はなさそうです』
ネットテレビ局から流れてくる実況と解説のおかげもあって、天燎鏡磨は、幻闘と呼ばれる競技のなんたるかを理解できていた。
幻闘が、とてつもない逆転要素を孕んでいるということも存分に知れた。
過去の大会において、幻闘での大勝利によって優勝を掴み取った学校が少なくないという事実は、彼が天燎の優勝に一縷の望みを繋ぐ理由ともなっている。
「ケイオスヘイヴンか」
鏡磨も、さすがにそれは知っていた。
始祖魔導師御昴直次と六天星率いる魔法士軍団は、魔人御昴直久と死徒十二星率いる魔人軍団との間で、魔法時代の幕開け以来、十年もの長きに渡る戦いを続けた。
それは、魔法という人類史上における最大最高の発明を世界中に教え広めるものであり、そして、魔法の凶悪さ、恐ろしさをも知らしめるものだった。
その戦いをして、源流戦争と呼ぶ。
そして、ケイオスヘイヴンは、魔人御昴直久の居城として彼が魔法で作り上げた人工島であり、源流戦争の最終決戦が行われた地として、歴史に名を刻んでいる。
源流戦争に勝利したのは、始祖魔導師たちであり、その結果が現代へと続く歴史の始まりといっていい。
もし魔人が勝利していれば、まったく違った歴史になっていただろう。
魔人は、破壊的で衝動的な魔法の担い手であり、彼が教え広めた魔法は、社会秩序を根底から覆し、打ち砕き、混沌とした時代の始まりを告げようとしていたからだ。
そうしたことを覚えているのは、学生時代に学んだからだし、子供の頃から何度となく教わったことでもあるからに違いない。
央都市民は、始祖魔導師御昴直次を奉じ、魔人御昴直久を忌み嫌う。
教育の賜物だろう。
「我が校は……」
「南端、ですね」
川上元長は、幻闘の戦場の全体図を見ながら、いった。
幻闘は、広大な戦場を舞台とすることが多いが、特に対抗戦決勝大会はそういう傾向が強かった。故に、戦場を俯瞰で見下ろした全体図がいつでも見られるように配慮されているのだ。それ以外にも様々な画角で戦場を捉えており、各学校専属のカメラも用意されていた。
幻闘が行われているのは、現実空間ではなく、幻想空間である。
どのような角度、どのような場所からでも映像を捉えることができた。
ただし、それを今回のように無数に中継するのは、一般的な幻創機では不可能だろう。処理しきれなくなって不具合を起こすかもしれない。
対抗戦は戦団が運営に加わっているということもあり、最新鋭の幻創機を使用できており、故にこそ、あらゆる場面、あらゆる角度で切り抜かれた映像が数多に中継されていても、なんの問題もなさそうだった。
全体図では、天燎、星桜、天神、叢雲、御影の五校が、それぞれ異なる場所に転送されたのがわかった。
空中から投げ出された面々がなんの問題もなく地面に着地できたのは、やはり幻想空間だからだ。
「南端といえば、獅王宮の辺りか」
鏡磨は、全体図を一瞥した。
ケイオスヘイヴンは、過去に実在した戦場を元にした幻想空間であり、高空から俯瞰した映像は、複雑な地形をした人工島であることを伝えてくる。そして、人工島の中には、いくつもの建造物があった。
その中でも特筆するべきは中心に聳え立つ禍々しい城、魔人城だろう。魔人御昴直久の牙城であり、世界中の悪徳を集めて作り上げたとされる。
その魔人城を取り囲むように配置されているのが、死徒十二星宮である。魔人の十二人の高弟、死徒十二星がそれぞれ担当する宮殿であり、魔人城の真北から螺旋を描くようにして島内に配置されている。
最南端には、死徒十二星の一人、獅王星天堂奉魔が守っていた獅王宮があり、その辺りに天燎高校対抗戦部の六人が降り立っていた。
星桜高校は、島内東部、双魔星リュシファーが守っていたという双魔宮の近辺に着地している。全五名。
天神高校は、島内西部、法秤星エリクス・エリクシアが守護した法秤宮の辺りに到着している。全五名。
御影高校は、島内北部、光羊星・神高河によって守られていたという光羊宮の屋根の上に降り立った。全五名。
そして、叢雲高校だが、草薙真率いる五名は、島の中心、魔人城に降り立っていた。
「我が校以外は五名だが、これにはなんの意図があるのかね」
「おそらく、他校の撃破点を増やしたくないということかと」
「一名程度でそこまで変わるものかね。わたしならば、全員で参加して、一人でも多く生き残らせようとするが……」
鏡磨の考えは、そういう意味では、天燎高校対抗戦部と同じだっただろう。鏡磨には、生徒たちの作戦は想像もつかないが、全員で参加したということは、生存点を少しでも取りたいという意志の現れに違いなかった。
天燎高校対抗戦部は、広大な戦場、その南端に降り立ち、状況を確認するようにして周囲を見回している。
広大な戦場は起伏に富み、様々な環境が入り乱れている。山があり、谷があり、森があり、滝があり、大河があり、沼地があり、平原もあれば、高原もある。とにかく、変化に富んだ戦場なのだ。
そんな変化の激しい戦場にあって、獅王宮周辺は、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれた場所だった。
『幻闘の競技規則は至って簡単です! 決勝大会出場全校による総力戦! 制限時間六十分の間にどれだけ多くの相手を撃破し、どれだけ多く生存できるか!
それがすべて!』
『ただ生き残るだけならば難しくないかも知れませんが、それでは意味がありません。撃破点と生存点を掛け合わせた数値が、総合得点に反映されるわけですから、一人でも撃破できなければ、全員が生き残っても得点にならないのです』
『そうなんですよね! そこが対抗戦最終種目、幻闘の見所でもあります!』
『一人でも多く生き残らせたい、が、一人でも多く撃破したい。そうした感情の鬩ぎ合いが、この幻闘の面白いところですね』
実況と解説のおさらいを聞きながら、鏡磨は、わずかに身を乗り出した。
各校、まだ動いていない。
戦場に放り出されただけで、試合開始の合図がまだだからだ。
それまでは、自分たちの置かれている状況を知り、戦場に関する情報収集を行うことしかできない。無論、外部との連絡は取れない。全て、自分たちだけで対処するしかない。
天燎高校は、一カ所に固まり、なにやら話し込んでいる様子であり、そうした様子は他校にも見られた。
試合開始の合図を待ちながら、話し合っている。
これが最後の作戦会議となる可能性は、決して低くない。
じれったさがあるが、こればかりは致し方がない。運営が全ての状況を確認し、なんの問題がないことを把握した上で、ようやく試合開始となる。
それまでは、しばらくの間があった。
そして、その間こそ、緊張の極致といえた。
だれもが固唾を呑んで、幻板に映し出された戦場の光景を見ていた。
応援する高校の、戦場の全体図の、様々な映像を食い入るように見つめている。
鏡磨も、手に汗握るような感覚で、待った。
そして、試合開始の合図が、幻想空間上にけたたましく鳴り響いた。
叢雲を除く全ての高校が、同時に動いた。
天燎は、皆代幸多、米田圭悟、魚住亨梧、北浜怜治の四人が獅王宮に入り込み、黒木法子と我孫子雷智が宮殿の屋根の上に登った。
そこから戦場を一望しようというのだろうが、あまりにも広大な戦場は、その全貌を見るには、もっと空高く飛び上がるしかあるまい。
だが、そんなことをすれば、他校の標的にされかねない。故に、法子と雷智の二人は、屋根上から見られる範囲だけを確認したようだった。
そうした動きは、天燎だけではない。
他校の多くも、転送地点である宮殿を拠点として、周囲の確認を行っていた。
制限時間は六十分。
その六十分間で敵を探し出し、撃破しなければ得点にならない。
生き延びるのは決して難しいことではない、という解説の言葉の意味が、なんとはなしにわかった。これだけ広大で起伏に富んだ戦場ならば、隠れ続けることは、必ずしも困難ではなさそうだ。
そう、鏡磨が思ったときだった。
爆発的な光が、戦場を包み込んだ。
それは、ケイオスヘイヴンの中心、魔人城の辺りから放たれたものであり、一瞬にして戦場全体を包み込み、幻板を白く塗り潰した。




