第六百二十三話 特異点(二十七)
火水は、一種の合性魔法ともいえる星象現界の使い方をしてみせており、新たな可能性がいままさに花開いた瞬間を目の当たりにしたような気分だった。
しかもだ。
マモンに通用した。
鬼級幻魔、中でも〈七悪〉と自称する超凶悪な幻魔たち。
その一体であり、〈強欲〉を司るという悪魔に、火水の一撃が届いたのだ。
天燎鏡磨の星象現界とやらに一蹴された星象現界が、だ。
それもこれも、マモンの戦い方を見ている時間を得られたということが大きい。
「効いた! 効いたよっ……!」
『ああ、効いたな』
通信機越しに聞こえてきた風土の声も、少なからず興奮しているのがわかる。
相手は、鬼級幻魔だ。
鬼級幻魔といえば、最低でも三人の星将で対応するべき案件だった。
星象現界が使えるからというだけの煌光級導士二名では、荷が勝ちすぎる相手なのだ。
それをどうにかしなければならない、というのが、幸多から課せられた命題だった。
同時に、難題でもあった。
難題も難題だ。
鬼級幻魔マモンを相手に、杖長二名と二十名の導士たちでどうにかしろというのは、土台無理な話なのだ。
そんなことは、幸多にもわかっていたはずだ。
それでも、火水たちを頼るしかない。
幸多だけで出来ることなど、もっと少ない。
彼には魔法が使えず、白式武器や撃式武器では決定打を与えられないことがわかりきっているからだ。
彼は、この時間を何度となく経験した、という。
そのたびにマモンの圧倒的な力に蹂躙され、満身創痍の重傷を負ってきたのだ、と。
だから、なんとしてでも火水たちを生かすことを考えた。自分一人ではどうにもできないなら、皆で力を合わせて状況を打開するしかない。
打開できるかどうかはともかく、力を結集しなければ、立ち向かうこともままならない。
無論、火水も風土も、当初は、幸多が言い出した時間転移に関して、信じていなかった。時間に干渉する魔法の存在自体希少極まるというのに、過去に遡る魔法が存在するなど、信じようがない。
しかし、幸多の言動は、彼が未来を視てきたことを確信させるものであり、彼の言葉を信用させるには十分だった。
彼が未来を体験してきたからこそ、皆、生きている。
故に火水と風土は、この場にいる第八軍団の導士全員に指示を与えた。
その策は、幸多が練った。
幸多は、繰り返される時間の中で、マモンを出し抜く方法を考え続けていたのだろう。何度も繰り返される同じ時間、同じ状況、同じ結果。それらにわずかな変化を加えながら、どうすればマモンを出し抜くことができるのか、どうすれば状況を打開することができるのか、彼は、そのことだけを考えてきたのだ。
その中で火水たちの協力が必要不可欠だと判断したのだろうが、当たり前だろう。
そして、火水たちは、待つこととなった。
出雲遊園地から機械型幻魔を掃討してから、マモンが登場するまでの間、導士たちは息を潜めていた。
すると、幸多の言ったとおり、砂部愛理を抱き抱えた少年が姿を見せた。
それがマモンだということは、すぐにわかった。出回っているマモンの顔と、少年の顔が全く同じだったからだ。背格好もそうだ。異なるのは、身につけている衣服と、人間そのものの姿態だろう。
マモンは、人間に擬態しており、それによって砂部愛理に近づいた、ということも、幸多から聞かされていた。
そして、愛理こそが、マモンの目的だったということも、だ。
マモンは、鬼級幻魔である。
いくら魔力を練らずに隠れているとはいえ、すぐに感知されるのではないかと思ったりもしたが、風土の想定通り、マモンは、火水たちがどこに潜んでいるのか、全く見つけられないようだった。
魔素が、乱れている。
この遊園地の内外を隔絶する虹色の結界が、内部に満ちた膨大な魔素を掻き乱しているようだった。
そのおかげで、いまやただの魔素の塊に過ぎない火水たちがマモンから身を隠すことができたのであり、推移を見守ることができたのだ。
幸多とマモンの戦闘は、幸多の思惑通りに運んでいったのだが、火水は、すぐにでも飛び出したい衝動に駆られて仕方がなかった。
鬼級幻魔を目の当たりにして、幸多だけに全ての負担を押しつけるのは、杖長として余りにも情けない状況だった。
自分たちに役割があるとはいっても、だ。
幸多の奮闘ぶりを見せつけられれば、火水たちの心に火が点くというものだろう。
そして、幸多の言ったとおり、天使型幻魔が舞い降りてきて、悪魔と対峙した。
これまで何度となく目撃されてきた天使型幻魔ドミニオンは、どうやら悪魔の敵であり、人間の味方であるらしい。
幻魔を信用し、幻魔と共闘するなど、通常ならば考えられないことだったし、ありえないことなのだが、状況が状況だった。
幻魔の手でも借りなければ、鬼級幻魔と戦うことなどできるわけもない。
鬼級幻魔の相手は、星将がするものと決まっている。
星将ならざる導士が鬼級幻魔と遭遇したのであれば、即座に撤退してもなんら問題なかったし、最良の判断と賞賛されることだってあるほどだった。
それほどまでの相手だ。
なのに、戦わなくてはならない。
理不尽極まりないとは、このことだ。
「わたしたちは星将じゃないんだけど」
「それでも、彼はおれたちに期待してくれているぞ」
「うん、わかってる。幸多くんの期待には応えないとね」
そして、火水は、つい先日思いついたばかりの戦術を披露することとした。
それこそ、星象現界による合性魔法とでもいうべき代物であり、彼女はそれを合星現界・四天火水風土と名付けた。
火水本来の星象現界・双天火水は、彼女が得意とする二つの属性・火と水の星装を纏うというものだ。
一方、風土の星象現界・風神金剛は、風属性の星霊と地属性の星霊を具現するものである。
双天火水は高火力、一点突破型の星象現界であり、風神金剛は攻防一体、補助をもこなす万能型の星象現界だ。
火水は、それらを一つに纏めることで、より強力な星象現界になるのではないか、と、思いついた。
そのきっかけとなったのは、皆代統魔の星象現界である。
統魔の星象現界・万神殿は三種統合型と呼ばれる稀有極まりない代物だが、中でも注目するべきは、彼の星霊の使い方だった。
統魔は、自身の星霊を星装として他者に貸し与えることができたのだ。
星霊をそのように使ったものはこれまで一人としていなかったし、再現できるものでもなかった。
風土の風神金剛も、複数の星霊を扱うという点では規格外というべき代物だが、しかし、星装化など試したこともなかった。
実際、四天火水風土は、双天火水に風神金剛を強引に付随させた形態であり、統魔のそれのように完全に星装化し、一体化しているわけではないのだ。
だが、それでも、効果はあった。
マモンの攻撃を撥ね除けながら、痛撃を叩き込むことに成功したのだ。
火水は、炎の槍の切っ先から噴き出す猛火が、風神が巻き起こす颶風によってさらに苛烈さを増す様を見た。マモンの肉体を切り裂いて燃え上がらせ、そこへ金剛石の礫が殺到させる。
マモンは、笑っている。
炎の中、体を真っ二つに両断されてなお、笑顔を浮かべているのだ。
それは強がりなどではない。
痛くもかゆくもない、というわけではないだろうが、致命的な、決定的な一撃ではないということも確かだ。
火水は、槍からさらに炎を吐き出させ、業火を渦巻かせた。星神力の炎が凄まじい熱気でもって螺旋を描く。
マモンの肉体が、燃え盛る火柱の中でぼろぼろと崩れ落ちていった。