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第六百二十話 特異点(二十四)

「また、った……か」

 ドミニオンは、マモンの赤黒く輝く双眸そうぼう見据みすえながら、ゆっくりと起き上がった。

 結界を突破するために、全身に多大な負荷がかかっている。全身を巡る魔素という魔素が深刻な状態になっていて、回復するまでに多少の時間を要した。だが、そのような時間は存在しないことも知っている。

 相手は、悪魔だ。

 サタン率いる〈七悪しちあく〉の一体。

 〈強欲〉のマモン。

 ドミニオン程度で相手になるものではない。

「きみとも、また、遭ったということになるのだろうな、皆代幸多みなしろこうた

「はい、そうなります。ドミニオンさんは、状況を理解しているんですか?」

 幸多は、もはやドミニオンを敵視していなかった。幻魔である以上警戒する必要はあるのだが、これまでの経験が、そのようなことすら不要だと断言している。

 ドミニオンは、徹頭徹尾てっとうてつび、幸多の味方だった。

 だから、幸多も彼を信じることにした。

 幻魔は、人類の天敵だ。天使の姿をしていようと、女神のような姿をしていようと、妖精のような姿をしていようと、人間と見れば襲いかかり、殺戮さつりくするのが幻魔の常なのだ。本能といっていい。

 しかし、例外が存在するのだとしても、おかしくはないのではないか、と、幸多は考えるのだ。

 多量の幻魔成分を内包する正体不明の少女、本荘ほんじょうルナという存在がいる。人間とは異なる彼女は、しかし、人類の味方として、戦団の一員として受け入れられた。

 幻魔の中にも、もしかすると、人類に対し友好的な存在がいるのではないか。

 いたとしても、不自然ではない。

 統魔とうまにそんなことをいえば激怒するに違いないが、幸多は、そんな彼よりも多少は柔軟な思考の持ち主だということを自認している。

 ドミニオンからは幻魔特有の神経を逆なでにするような嫌悪感を覚えないという事実に気づいたことも、大きい。

 なにより、これまでに繰り返されてきた時間が最も強烈だった。

 彼は常に幸多の味方で有り続けてくれたのだ。

 であれば、信用するべきだ。

「わたしには皆目見当かいもくけんとうもつかないが、天使も一人ではない。時空の歪みを観測できる天使がいるのだ」

「時空の歪みを観測……」

「メタトロンかな。それとも、ルシフェル?」

「奴の言葉には耳を貸さなくていい」

「はい」

 幸多は、ドミニオンの言葉に素直に頷いた。

非道ひどいなあ。せっかく幸多くんにもわかってもらえるように話しているのにさ」

「その割りには、殺意全開だな」

「当たり前だろう」

 マモンは、なにをいうのか、と、いわんばかりに酷薄こくはくな笑みを浮かべた。無数の触手がドミニオンと幸多を包囲している。何百、何千もの触手である。それらはマモンの背中から伸びて地中に潜り、幸多たちを中心とする広範囲に配置されていたものだ。

 マモンには、幸多がなにを狙っているのか、理解していた。

 きっと、ドミニオンの到来を待ち侘びていたのだ。

 幸多と導士たちだけでは状況を打開できないという事実を理解しているからこそ、第三者たるドミニオンの介入を待ち望んだ。

 だが、そんなもので状況が好転するわけもない。

 マモンは、告げる。

「ぼくは悪魔で、きみは天使だ。相対すれば、殺し合うのが道理というもの」

「それは否定しないが……貴様を殺すのは、わたしではないよ」

「そりゃそうだ。きみなんかに殺されるほど、ぼくも落ちぶれちゃいないさ。いくら半端者でもね」

 マモンは、触手による一斉砲撃を行った。触手の先端が蛇の頭のようになっており、それらが一斉に口を開き、禍々しい光線を放ったのだ。

 四方八方から一点へと集中する破壊光線は、しかし、ドミニオンが全周囲に光の翼を展開し、魔法壁を張り巡らせたことで対応する。爆発に次ぐ爆発が、幸多の鼓膜こまくを突き破らんとするかのようだった。

 それほどまでの大爆発を経て、幸多は、空中にいた。

 気づくと、ドミニオンの背に乗せられている。

「結論からいおう。わたしでは、奴をたおせない」

「はい」

「わたしは、きみたち戦団が定義する上位妖級幻魔と鬼級幻魔のちょうど間くらいの力しか持っていないからだ。拮抗きっこう状態にすら持って行けない。それが摂理せつりだ」

「摂理……」

「幻魔の力は、きみたちの定めた等級以上に絶対的だ。下位の幻魔が上位の幻魔を上回ることなど、ありえない。獣級が妖級を斃すことも、妖級が鬼級が斃すことも、万に一つもありえないのだ」

 ドミニオンの発言の一つ一つが、幸多が想像していた状況を否定していくが、それでも幸多は諦めようなどとは思わなかった。

 諦められるわけもない。

 諦めるということはつまり、この時の牢獄から抜け出せないということだ。

 永遠に繰り返される時間の中で、誰一人死ぬことはないのだとしても、それは、生きているといえるのか。

(いえるわけがない……!)

 そもそも、愛理を解放できていない。

 マモンから愛理を奪還しなければならない。

 砲台と化した触手が、上空のドミニオンに向かって砲撃を行うが、これも、魔法壁を展開することで対処する。

「本来ならば、これらの砲撃にも対応できまい。対応できているのは、きみがいるからだ」

「……ぼくが?」

「マモンはきみを殺せない。わたしを滅ぼすための攻撃の巻き添えできみが死んでしまっては、全てが水の泡だ」

「それは、一体、どういうことなんです?」

「きみが特異点だからだ」

 そういって、ドミニオンは、話を打ち切った。

 遥か上空から眼下を見下ろせば、出雲いずも遊園地の廃墟同然の全景を見渡すことができる。あらゆる建造物が徹底的に破壊されているのは、天燎鏡磨てんりょうきょうまと機械型幻魔のせいだが、それらと交戦した導士たちの魔法のせいでもある。そればかりは致し方のないことだし、戦闘が終わり次第修復すればいいのだから、なんの問題もないのだろうが。

 ドミニオンの目は、マモンとその無数の触手、そして触手の玉座を捉えていた。玉座に寝かされた少女の姿を見遣みやる。

「あの少女か」

「はい。愛理あいりちゃんが、この繰り返される時間の源です」

「つまり、彼女を奪還しなければ、これから先、永遠に繰り返されるというわけだな」

「おそらく」

 とはいったものの、それも簡単なことではないだろうという確信もあった。

 それはつまり、マモンをどうにかするということだ。

 マモンは、鬼級幻魔だ。

 鬼級幻魔を相手取るには、星将せいしょうを三名以上投入する必要がある、と、規定されている。

 でなければ、相手にならない。

 まともに戦うことすらままならず、一方的に殺されてしまうのだ。

 幸多が生き残っているのは、マモンが本気を出していないからにほかならなかったし、遊ばれているからに違いなかった。

 その理由は、マモンのこれまでの言葉やドミニオンの発言によって、裏打ちされる。

 マモンは、幸多を殺せない。

 瀕死の重傷を負わせるくらいはできても、それ以上のことはできない。

 だから、マモンは幸多とやり合うときも本気ではなかった。

 本気ならば、一瞬で片が付いたはずだ。

 幸多もそうしたマモン側の事情を頭の片隅に入れていたからこそ、あのような大胆な行動に出ることが出来たわけだが。

「ならば、やるしかあるまい」

「はい」

 どうやって、などと聞いている場合ではない。

 やるしかないのだ。

 相手がどれほど強力無比で凶悪極まりない怪物であったとしても、愛理を助け出す以外に道はないのだから、前に進むしかない。

 幸多は、とっくに覚悟を決めている。

 愛理を助けるためならば、この命を燃やし尽くしたって構わない。

 そのためにこそ、導士になったのだ。

 今日を生きる誰かのために命を燃やす。

 それこそ、戦団導士の本懐なのだから。

 幸多に否やはなかった。

 そのとき、砲撃が止んだ。

 ドミニオンが光の翼を羽撃はばたかせ、一気に急降下し、爆煙の真っ只中を貫いていった。


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