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第六十一話 混沌の戦場

 幻闘げんとうは、幻想空間上と行う競技だ。

 異種総合格闘技、魔法闘技、幻想闘技、様々な呼び名があるが、いまや幻闘という呼称が一般的に使われている。

 海上総合運動競技場には、幻闘のための機材や設備が完備されている。幻闘は対抗戦の種目であり、対抗戦決勝大会の会場なのだから、当然だ。

 幸多こうたたちは、場内音声案内と運営員の誘導に従い、控え室から幻闘の待機所へと移動していた。

 待機所の真ん中には、見慣れない形の幻創機げんそうきが待機所の天地を支える柱のように立ち尽くしていた。複雑で精密な機械の塊であるそれを制御するのは、幸多たちを案内した運営員ではなく、待機所内で待ち構えていた技術士のようだ。

「これってもしかして……」

 らんが、見たこともない形の幻創機を前にして、目を輝かせた。情報通の蘭のことだ。幸多たちが知らないことを知っていたとしても、なんら不思議ではない。

神影しんえいじゃないですか!?」

 蘭は、声を上ずらせると、技術士の女性の制止を振り切るようにして、幻創機の眼前まで近づいた。ただし、触れない。そこらへんを弁えているのが、いかにも彼らしかった。

「しんえい?」

「なにそれ?」

 幸多たちがきょとんとしていると、蘭は、勢いよくまくし立ててきた。

「知らないの? 戦団せんだんがいま使用している、最新鋭の幻創機だよ! 戦団が戦団のためだけに開発し、独占している、あの最新式の幻創機! 性能はざっと雷影らいえいの十倍以上! 百人以上を同時に幻想空間上に投影可能!  あらゆる機能が充実していて、全てにおいて雷影を過去の遺物にしてしまった最新鋭機! まさかこんなところでお目にかかれるだなんて、ぼくはなんて幸運なんだ! ありがとう、皆代みなしろくん!」

 いつの間にか幸多の目の前に戻ってきた蘭は、幸多の両肩をがっしりと掴んだ。

 幸多は、困惑するしかない。

「なんでぼくに」

「だってきみが参加するなんて言い出さなかったら、ぼくが関わることなんてなかったし、ということは、この感動を味わうこともできなかったというわけで!」

「感動も昂奮もいいが、うるせえ」

「あ、ああ、ごめんごめん、つい、昂奮してしまって……」

 蘭は、圭悟けいごに睨み付けられるも、悪びれることもなく、ただ照れたように脇に退いた。

 室内には、十台の寝台が並べられており、それぞれ、親機である幻創機と繋がった子機が設置されている。子機とは別に頭用装具が置かれていて、それぞれ子機と繋がっている。

 頭用装具を装着することで神経接続を行い、幻想空間上に意識を飛ばすというのは、幸多たちがこれまで散々使ってきた幻創機・雷影となんら変わらない。

「……では、幻闘に参加する選手の方々は、それぞれ寝台に付き、頭用装具を身につけてください」

 女性技士に指示されるまま、幸多たちは、それぞれ寝台に向かった。

 参加するのは、幸多、圭悟、法子ほうこ雷智らいち怜治れいじ亨梧きょうごの、天燎高校対抗戦部の六人だ。

 蘭、真弥まや紗江子さえこは部員だが、大会の出場選手としての登録をしていないため、どう足掻いても参加することは出来ない。そもそも、練習にも参加していないのだから、選手として参加させたところで、敵の得点にされるのが落ちだ。

「皆、頑張って!」

「健闘を祈っています」

「皆なら勝てるよ!」

 真弥、紗江子、蘭がそれぞれに応援すれば、小沢星奈おざわせいなも自分なりに考え抜いた言葉を紡いだ。

「ここまで来た以上は、優勝を狙いましょう。皆さんならきっとできます」

「はっ、センセが一番やる気じゃねえか」

「そ、それは……ですね」

 星奈は、圭悟の悪い笑顔を見つめながら、その頼もしさに心底安堵した。

 圭悟は、一見すると厳つい顔つきの、いかにも不良そうな、悪そうな学生に見えるのだが、その実、成績は優秀、素行にも問題がない、天燎高校生徒の模範ともいえる人物だった。

 口が悪く、悪乗りをしがちだが、学生と考えた場合、可愛いものだ。

 そして彼には、なによりも牽引力という特筆するべき才能があった。

 それは、誰しもが持つものではない。

 どれだけ能力があり、実力があろうとも、牽引力を持たない人間には、人はついてこない。しかし、彼には、人を引きつける力があり、引っ張っていく能力もあった。

 だから、彼の回りにはこれだけの仲間が集まったに違いなかったし、天燎高校対抗戦部という即席の集団を纏め上げることができたのだ。

 星奈は、圭悟に尊敬の念すら抱いていた。

 だからこそ、彼には、彼が率いる対抗戦部の皆には、ぜひとも優勝を手にして欲しいと思うのだ。

「よっしゃ、行くか、夢の世界へ」

「幻想空間ね」

「夢がねえだろ、その言い方」

「夢なんていらないよ」

「現実主義者め」

 幸多と圭悟は軽口を交わしながら、頭用装具を身につけた。幻創機の子機と繋がった輪っかのような器具で、その輪の中に頭を通すことにより、神経接続が行われる。

 それにより、装着者の五感は、幻想空間上に作り上げられた仮初めの体、幻想体と一体化することができるのだ。

 そして、気がつくと、幸多たちの意識は、幻想空間へと飛んでいた。


 幸多の意識が飛ばされた先に広がっていたのは、灰色の空間だった。

 それも極めて広大な空間だ。どこまでも灰色一色だが、無数の縦横の線が等間隔に走っていることから、距離感が掴めないということはなさそうだった。

 空間内には、幸多だけでなく、圭悟たち天燎高校の部員が勢揃いしている。いずれの幻想体も、待機所に入ったときのままだ。

 ここは、決戦の場所ではない。

『まずは、御自身の感覚と幻想体の動きに誤差や違和感がないかを確認してください』

 頭上から聞こえてきたのは、女性技士の声だ。

「そういやそうだったな」

 圭悟が思い出したようにいう。

 幻想空間上での活動は、幻想体を通して行う。超高性能な神経接続技術によって、使用者の脳と幻想体の同調率は極めて高く、雷影ですら違和感を覚えることはほとんどなかった。が、だからといってこうした確認作業を怠れば、本番で予期せぬ事態に陥らないとも限らない。

 大会ならばなおさらだ。取り返しがつかないことだってありうるのだ。

 だから、対抗戦の幻闘では、試合開始前にしっかりとした確認時間が設けられている。

 そのおかげもあって、過去の幻闘でそうした問題は起きていない。

 幸多たちは、入念に体を動かし、違和感の有無を確認した。

「ぼくは問題ないな」

「魔法が使えたりは?」

「しないね」

「残念」

「なんで」

「秘密兵器になり得たのに」

「あのね」

 幸多は、圭悟の軽口に付き合いきれないと頭を振った。 

 幸多の幻想体は、幸多の肉体を完璧に再現していた。つまり、魔素を一切内包せず、魔素を生産する能力も持たない、完全無能者の肉体だ。

 幻想体は、その姿形だけでなく、魔法士まほうしとしての能力も自由に設定し、変更することができる。たとえば、幸多を魔法士と同じにすることだってできるのだ。

 幻想空間上ならば、魔法不能者だって魔法士になれる、というわけだ。

 普通に幻想空間で遊ぶ場合であればそれもいいかもしれないが、いまは大会である。

 対抗戦運営委員会に申請した情報書類との差違は、問題に発展しかねない。

「わたしも問題はないな」

「わたしもよぉ」

「胸がいつも以上に大きくないか?」

「そんなことないわよぉ」

「どれどれ」

「ああん」

 なにやら戯れている法子と雷智を横目に見て、準備運動中の亨梧と怜治に目を向ける。見る限り、二人も違和感一つなさそうだった。

『問題はなさそうですね。それでは、会場の準備が整い次第転送しますので、もうしばらくお待ちください』

 女性技士の穏やかな声が天から降ってきて、幸多は、多少緊張感が増すのを認めた。

 開戦目前となれば、緊張感がいや増すのは当然のことだ。

 緊張のしすぎは良くないが、かといって一切緊張しないのもよくはない。弛緩しきった感覚では、魔法士の高速戦闘についていけるはずもないからだ。

 適度に体を動かし、緊張を解く。

「作戦通りにやりゃあ、勝てるさ」

「うん、わかってる」

 圭悟の声は、いつも通り頼もしく、力になった。

 やがて、灰色の空間に刻まれた縦横の線から光が漏れ出した。地面が揺れ、壁が震え、天井がいまにも崩れ落ちてきそうだった。

「な、なんだよ、急に!?」

「これが転送!?」

 亨梧と怜治が悲鳴を上げる中、法子は雷智に飛び乗り、抱き抱えられていた。

「は、愉快だねえ」

 圭悟が苦笑するとともに、足下の地面が崩壊した。

 突如として足場がなくなったことによって、浮遊感が幸多の全身を包み込んだ。無数の灰色の立方体が、四方八方に飛び散っていく。

 等間隔に走っていた縦横の線は、灰色の空間が無数の立方体によって構成されていたのだろう。

 大量の立方体が空中に霧散していく中、幸多は、遥か眼下に黒々と聳え立つ大地を認識した。

 超高高度からの自由落下。

 全身を分厚い大気の層が包み込み、物凄い風の音が耳元で騒ぎ立てる。誰かが悲鳴を上げ、別の誰かが歓声を上げているようだが、幸多には聞き分けられなかった。

 それほどまでの風の音は、戦場へと誘う音色でもあった。

 広大な戦場へと降下しているのは、幸多たちだけではない。

 見れば、遥か遠方を天神てんじん高校の面々が自由落下に身を任せる光景があったし、別の方向には叢雲むらくも高校の生徒たちの姿もあった。当然、星桜高校と御影高校もどこかにいるはずだ。

 戦場は、遥か眼下。

 暗澹あんたんたる漆黒の大地。

 それはさながら、幻魔げんまに支配された地上の有り様にも見えなくはなかったが、しかし、それ以上に見覚えの在る光景だった。

(ケイオスヘイヴン)

 幸多は、ついこの間小沢星奈の歴史の授業で覚え直した地名を思い浮かべた。

 その名を知らぬものは、央都おうと市民の中に一人としていまい。

 歴史を学び始めた小学生だって知っている言葉だ。

 かつて、魔法時代黎明期、魔人まじん始祖魔導師しそまどうしの間で繰り広げられた源流戦争、その最後の決戦が繰り広げられたのが、ケイオスヘイヴンなのだ。

 本当の意味で魔法時代の幕開けを告げることとなった決戦の地は、対抗戦最終種目の戦場として持って来いだった。

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