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第六百十三話 特異点(十七)

裂魔れつま

 召喚言語を口にした瞬間、幸多こうた転身機てんしんきが作動し、光とともに大太刀おおたちが出現する。

 虹色の結界のせいなのか、外部との連絡は取れなくなってしまっているが、転身機は相変わらず機能していた。

 だから、幸多は武器を呼び出し、手にした。裂魔の柄を握り締め、誰が反応するよりもはやく、行動に移す。

 拍動はくどうが聞こえ、うめきが聞こえた。

 火水ひすいに潰されたはずの鏡磨きょうまの心臓が、どういうわけか再び動き始めたのだ。

 その手が動き、雷光の帯を掴もうとするのを見て、幸多は走る。

 どうすれば、あの惨劇さんげきを防ぐことができるのか。

 考えるまでもないことだった。

 極めて簡潔かんけつかつ単純な方法。

 鏡磨を復活させなければいい。

 ただ、それだけのことだ。

 幸多は、鏡磨の双眸そうぼうが見開き、眼孔がんこうに赤黒い光が灯るのを目撃した。だが、彼の口が動き、なにかを発しようとしたそのそきには、裂魔を振り下ろしている。

 斬魔の切っ先が胸を貫き、超周波振動が幻魔細胞そのものとなっていた心臓に致命的な一撃を叩き込む。構造崩壊である。

 鏡磨が、自分自身から立ち上っていた雷光の柱を掴むべく持ち上げたはずの手が虚空こくうただよい、力なく崩れ落ちたのは、再び絶命したからだ。

 彼は最期さいご、幸多を一瞥いちべつし、なにかをいおうとした。

 だが、幸多にはなにも聞こえなかったし、彼の最期を見届けようともしなかった。

 原理もわからないまま再生した心臓は、裂魔の一撃によって粉砕され、鏡磨は、二度目の死を迎えた。

 二度目の死。

 これでもう復活することはない――はずだ。

 確信が持てないのは、鏡磨が、ことわりを無視して復活してきた存在だからだ。

 死者蘇生の魔法など存在しない世界で、それでも彼だけは、どういうわけか死の絶対性を覆してしまった。

 それは彼が禍御雷まがみかづちとして改造されたものの力なのか。禍御雷の死後発する雷光の柱の影響なのか、どうか。

 だとすれば、各所で撃破されたはずの禍御雷も再起動している可能性があるが、そのことについては深く考えることも、心配する必要もなかった。

 禍御雷には、星将せいしょうが対応した。

 星将ならば、たとえ禍御雷たちが再起動し、天燎鏡磨のように星象現界せいしょうげんかいを発動したのだとしても、負けるはずがないからだ。

「ふう……」

 幸多は、依然いぜん、猛然と立ち上り続ける雷光の禍々《まがまが》しさとまばゆさから目を背け、その視線の先に鏡磨の死に顔があったことになんともいえない気分になった。

 鏡磨の復活は阻止した。

 運命は、変わった。

 何度も、何十回も繰り返されてきた時間が、ようやく大きな変化を迎えたのだ。

 鏡磨に皆殺しにされた導士全員が生き残っている。

 星象現界の使い手たる杖長じょうちょう二名と、二十名以上の導士たち。

 戦力は、大幅に増大した。

 機械型も大量に残っているが、それらの殲滅せんめつは時間の問題だろう。

「な、なにをしたの? 幸多くん……」

「きみは……まるでなにが起こるのかわかっていたかのようだが……」

 火水と風土かざとが困惑を隠せないといわんばかりの表情で幸多に話しかけたのは、当然だっただろう。

 突如として起きた異常事態に対し、なんの迷いもなく飛び出した幸多が、鏡磨の死体に刀を差し込んだのだ。

 死んだはずの鏡磨の体がどういうわけか動き出していたことは、火水も風土も瞬時に理解していたし、何かとんでもないことが起ころうとしていることも把握していた。

 それがなんであるかについては全く想像もつかなかったし、どのような対処を取るのが正しいのかは不明なまま、それでもどうにか反応しようとしていたのだ。

 その矢先、幸多が動き、鏡磨の心臓に刀を突っ込んだ。すると、鏡磨の体が動きを止めた。

 わけがわからない。

 幸多がなにかを知っていたとしか思えなかったし、考えようがなかった。

「ええと……いまはとにかく、機械型をどうにかしたほうがいいかと」

「そ、そうね。そうよね」

「うむ。雷光あれも気になるが……いまは、きみの言うとおりにするべきだな」

 火水と風土は顔を見合わせると、鏡磨の死体を幸多に任せ、空を舞った。

 雷光の柱は、消えない。

 そびえ立ったまま、その禍々しい存在感を主張し続けている。だが、それによって三度鏡磨の心臓が動き出すようなことはなかった。

 幸多が完全に破壊したからだろう。

 幸多は、雷光の柱を見上げた。

 それは遥か頭上で虹色の結界に衝突し、そこで止まっている。

 本来ならば、結界の外にまで伸び、天高く聳え立つはずだったのではないか。

 つまり、この状況そのものがマモンにとっての想定外なのかもしれなかった。

(マモンは……あいつは……)

 鏡磨の復活が想定通りの、計画通りのものではないとでもいわんばかりの言動を行っていた。そして、マモンにとっては、鏡磨の存在そのものが鬱陶うっとうしかったようであり、だからなのか、瞬時に殺してしまった。

 その瞬間、幸多は、鏡磨が不死身の存在などではないということを理解したのだ。

 だから、心臓さえ潰せばいいのではないかと考え、実行に移した。

 そして、その通りになった。

 鏡磨の死に顔は、無念そのものというべきものであり、怒りや絶望が顔面に刻まれていた。それはマモンに対するものだけでなく、幸多に対するものでもあったのだろう。

 おそらく、だが。

 幸多は、呼吸を整えると、鏡磨の元を離れた。

 雷光の柱をどうにかする方法は思いつかなかったし、これがなんであるのかなど、想像すらできない。

 マモンが用意したのであろう禍御雷の本来の機能なのだとして、それがなにを意味し、なにをするのか、幸多に思いつくわけもない。

 マモンの目的は、愛理あいりだ。

 愛理と接触し、彼女の特異点としての力を解明することにこそ、マモンの真意がある。

 だとすれば、この雷光の柱には大した意味があるようには思えなかった。

 なにせ、雷光の柱があろうがなかろうが、マモンは愛理を掌中に収めることに成功していたのだから。

 幸多は、再び召喚言語を口にした。

護将ごしょう

 瞬間、転身機が膨大な光を発し、幸多の全身を包み込むと、体中を重装甲が覆っていく。

 護将は、戦術拡張外装せんじゅつかくちょうがいそうこと鎧套がいとうの一種である。

 近接戦闘特化の武神ぶしん、遠距離戦闘特化の銃王じゅうおうに対し、護将は、防衛戦特化の鎧套という位置づけだ。

 つまり、武神と銃王は、攻撃的かつ能動的な鎧套だが、護将は防御的かつ受動的な鎧套だということになる。

 闘衣の上から幸多の全身を覆い隠すように包み込んだ重装甲は、これまでの鎧套よりもさらに分厚く、防御面に関しては比較にならないほど強化されているのがわかる。

 同時に、重量感もたっぷりだったし、動きにくさも感じる。

 とはいえ、闘衣も鎧套も幸多の身体能力を底上げする代物であり、幸多の戦闘能力は、これらの装備によって飛躍的に向上していることは疑うまでもない。

 護将は多層構造の重装甲であり、故に他の鎧套以上の重量を持ち、行動にも制限が出てしまう。が、脚部装甲には、全地形適応型滑走機構ぜんちけいてきおうがたかっそうきこう縮地しゅくちが内蔵されている。

 縮地を展開すると、どのような地形であっても、自由自在に滑走することが出来るのだ。

 それによって重装甲故の低機動力を補っており、幸多は、早速、縮地を起動した。脚部装甲から滑走機構が展開する模様は、足の裏側で行われているため、幸多の目には見えない。が、足裏から伝わってくる感覚で、なんとはなしに理解する。

 そして、そのまま滑走を始めれば、あっという間に加速し、戦場へと到達する。

 機械型幻魔マキナ・タイプが暴れ回り、導士たちが激戦を繰り広げている最中へと飛び込み、手にしたままの裂魔をフェンリル・マキナの機械仕掛けの首に斬りつければ、魔氷狼の咆哮を聞いた。

「おいおいおいおい、おれらの獲物を横取りか?」

「その鎧套、見たことないんだけど!?」

「なんか要塞みたいだな!」

「いいなあ、自分専用の装備って」

 ハイパーソニック小隊の面々がフェンリル・マキナ三体を同時に相手取って戦っている最中であったらしく、幸多が突っ込んできたことに対し、口々に様々なことをいった。

 幸多は、そんな彼らの声を聞いて、なんだか嬉しくて堪らなかった。

 何度も繰り返されてきた彼らの死が、なかったことになった。

 運命は、変わった。


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